陸ノ其
「屠った先、ねぇ…」
津久井はそう呟くと、ご自慢のスキンヘッドをぽりぽりと掻いた。
「お前さんは何て答えようとしたんだ?」
「そりゃ、平和とか──」
「漠然としとりゃせんかね、それは」
そう言われると何も反論出来ず、正義は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「お前さんが皆の平和を守ろうと遮二無二戦っているのは誰もが判ってる事じゃ。それだから、平和如きじゃスサノオも認めようとせんではないのかね」
追い打ちをかける様に津久井に言われ、正義は何も言い返せなかった。確かに、自分は皆の平和を求めて戦っている。しかし、それが答えとするならばスサノオは既に答えを得ている以上神化を拒絶しても致し方ないのか。
それでも、自分の信念は曲げられない。誰に何と言われようと皆の平和を守るのは自分自身の願望でもある。
「ふむ」
津久井は何か思い立ったか一言呟いた。同時に「なぁ、お前さんは平和の先に何を望むんじゃ?」と、正義に対して質問を投げかけた。
「…平和の先…?」
そう言われると何も出てこない。
確かに、屠った先のビジョンが平和だと認められないのであれば、更にその先を提示する必要がある。しかし、今の正義にとっては“平和”が結論であってその先の事等何にも思い浮かばなかった。
「平和に先なんてありますか?」
「それはお前さんにとっての宿題じゃ。平和で完結するのか、平和の先に何かを見付けるのかはお前さん次第というもんじゃて」
そう言うと、津久井は胸ポケットから煙草を取り出すと火を点け天井に向かって大きく煙を吐いた。
徐々に消えゆく煙を見て正義は、まるで今の自分の心境の様だと再び苦虫を嚙み潰した。
東京都台東区浅草──深夜。
影向堂を前にミツルギとツクヨミはエソラムを相手に奔走していた。そんな姿を加賀は影向堂の前で生身のまま胡坐をかきながら、ゆっくりと二人の戦いを見学している。
「戦う意思がないないなら、大人しく子分を連れて帰ればいいのに」
「だーって、ここもハズレだったんだもーん。だったら、お前らの戦い方でもマスターして実践に備えなきゃねー」
茜の嫌味に、加賀は逆に小馬鹿にして返す。しかし、実際の所加賀が調教し直したのか、目の前にいるエソラムは今迄のものと違って動きに俊敏さが加わっている。確かに、今迄の戦い方は通用しそうにもない。
それに反して正義は違っていた。。
いつもなら戦いに集中するのが彼のセオリーなのに、件の答えで頭が一杯なのかいつも通りの動きを見せず仕舞いでいた。上の空で戦っているせいで、いつもなら簡単にエソラムを捉えている所を外してばかりいる。
「草薙君? もっと集中して」
「え? …ああ、何やってんだ俺」
意識を敵に集中させ直し、ブレードを奮うもひょいとよけられつい怒りに駆られてしまう。いつもの様に戦えず苛立ちが抑えられずにいると、
「草薙君、今、滅茶苦茶焦ってるでしょ」と、茜が急に声をかけてきた。
「何で、そう思うんすか?」
「マスク越しでも、笑顔がないの判るもの」
痛い所を突かれたが、それでもはいそうですとは言えなかった正義は、
「そりゃ、戦闘中宇だから真剣に──」
「ううん、いつもの草薙君だったら逆境に立ってる時こそ逆に笑ってるもの。それがない今の草薙君は焦りに襲われてる」
「それは…」
図星だった。
敵が強ければ強い程戦いが楽しく感じていた彼にしてみれば、こんな雑魚相手では面白みがないのは事実だった。それだから、つい余計な考えが浮かんで戦いに集中出来ずにいたのも事実だ。
「私、草薙君の笑顔好きだよ。だから、焦らず敵に向かって行きましょ」
笑顔で行こう、か…笑顔──そうか!
茜の言葉に、胸のつかえが取れた気がした。
「平和の先に何を望むんじゃ?」と津久井は言っていたが、そもそも笑顔がなければ平和は生まれない。敵を屠った先に平和があるなら、平和の先にあるのは笑顔に違いないと正義の中で一本の糸が繫がった。
彼は意を決してミツルギを解除すると、胸元でタマハガネを力強く握りしめる。その空気は周りに張り詰め、そのせいかその場にいる誰もが動けずにいた。
「スサノオ、よく聞け!」
《力求ム者ヨ、答エヲ見ツケタカ》
「ああ、敵を屠った先に俺は『笑顔』を見出す!」
《…笑顔トナ?》
「屠った先に平和があるのは当たり前だ。その先に、皆が笑顔でいられる世界、それを俺は望む! 例えそれがお前の望んでる答えでなかったとしても、俺は自分の信念で皆の笑顔を守る為に戦う!」
暫く無言の空間が広がった。
やがて、その空気にスサノオが折れたのか、
《力求ム者ヨ、ソノ信念賞賛に値イスルモノトミタ》
「それじゃ」
《我ガ名ヲ叫ブトヨイ。我、スサノオハ汝に力を貸サン》
遂に願いが叶った。
自分でも信じられない事だが、今迄散々苦虫を潰してきた分喜びが全身を覆いつくし鳥肌が立っているのが判る。
大きく息を吸うと、右手でタマハガネを握りしめぽつりと「神鎧装纏…」と呟いた。
次の瞬間、天を仰ぐと体の奥から絞り出す様に、
「スサノオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼」
その叫びに呼応するかの如く、正義の体は金色に包まれた。そして、それは徐々に鎧武者のそれへと姿を変え、金色の光が失われる頃には正義は完全にスサノオの姿へと変貌を遂げていた。
「やった…遂に俺も神化出来た」
「草薙君? 草薙君なの!? それともスサノオ?」
「曲木さん、俺っすよ。俺も神化出来ました!」
その言葉に、茜は目を大きくさせた。同時に、勝機を感じ取った。
彼は遂に自力で神化した。ならば、ここ戦いは勝てる。もしも、加賀君がアマテラスとなって邪魔をしたとしても、恐らく草薙君なら互角に渡り合えるだろう。
「やーめた」
しかし、これからの戦いに備えようとした二人を制したのは、他でもない加賀だった。
「曲木処か草薙迄神化しちまったんじゃ、この戦い無意味じゃん。こっちの駒出すつもりもないし、やめやめ」
余りにも突拍子もない発言に、二人は言葉を失った。
「加賀君、草薙君に恐れをなして逃げるというの?」
「どう思おうが別に知ったこっちゃねぇよ。鍵はねぇし草薙は神化しちまったしで、こっちにしてみりゃ何のメリットもないだけの話よ」
そういうと、加賀は指笛を鳴らし全てのエソラムを自分の周囲に集結させた。そして、全員が入れる程の歪界域を生成すると、
「今回だけは大人しく負けを認めてやるよ。ただ、二人共神化した以上次からはどうなるか楽しみにしておくんだな」
加賀にしては珍しく捨て台詞を吐くと、そのまま歪界域の中に消えていった。
影向堂に残された正義と茜の二人は、呆然としたまま立ち尽くすしかなかった。
「くそっ、遂に恐れていた事になっちまったか!」
高天原に戻った加賀は、焦りの余り管制システムに両手を思い切り叩き付けた。
出来る事ならミツルギの段階で草薙は葬るべきだった。だが、一向に神化しない姿を見てつい油断していた。結果、草薙はスサノオへと神化し皆の士気を高める事となるに違いないだろう。
何処で間違えた? 三宿の段階で仕留めておくべきだったか? それとも、上野の時に曲木の所になんていかないで草薙を仕留めに行くべきだったか?
「いや、そんな今更考えてももう遅い」
五柱神もオモイカネもまだ存在している。こっちには駒は十分過ぎる程ある。
それに、俺はアマテラスだ。何を恐れる事がある。
コインデックの指揮如きじゃ、俺に勝てない事を証明させればいいだけの事。何も恐れる必要なんてない。
「草薙、よく見ておけよ。俺が本気を出せばお前なんざ簡単にひれ伏す状態に陥る事を教えてやる」
加賀は右手を握り締めると、その手をじっと見つめながら体を震わせた。




