伍ノ其
ミタマがツクヨミと神化してから、コインデックでは歪界域発生のシステム解析に取り組んでいた。
実際、ツクヨミに歪界域を生み出させ移動実験を行おうとした事もあったが、それは未だ不明瞭の領域であってツクヨミの、茜の生命の危険性が高い以上無理矢理実行させられるものには至らなかった。
そんな中、ツクヨミの実験とは別に不満を顔に出していたのは他でもない正義だった。
加賀はミカガミからアマテラスへ、茜はミタマからツクヨミへと神化は成立している。なのに、自分だけはどうしても自分の力ではミツルギからスサノオへの神化が成立しない。
ミツルギ、否、スサノオに力を要求されておきながら、茜の話ではまだ力が足りないと言われたという。一体、奴は何を望んでいるのかさっぱり判らず、それが今後の戦闘での足の引っ張りになるやもしれないと感じると解せずにはいられなかった。
ツクヨミの実験姿を見ていると自分の力量不足が厭という程見せ付けられている感じがして、悔しさのあまり一人メカニックルームから飛び出した。そんな中、
「兄さん、相変わらず冴えない顔してるじゃないの」
背後から声をかけられ振り返ると、そこには咥え煙草でニヤリと笑う千葉が歩み寄ってきていた。
「自分だけ神化出来ない事がそんなに不服かい?」
「当たり前じゃないですか。このままじゃ、俺だけ戦力不足の足手纏いなんですから」
不機嫌な表情を前面に押し出す正義を見て、千葉は煙草に火を点けると静かに息を吐き出し、
「じゃぁさ、兄さん一回死んでみるか?」
「は?」
「いや、それは冗談だけど」
千葉の話では、戦闘の参考になりそうな作品をあれこれ観ている中で、とある主人公が特訓中死に直面した際明鏡止水の極意を掴んでそれを切り抜けた話があったという。それを観た千葉は、もしかしたら今の正義に足りないのはこういう心理状態なのかもしれないと感じたのだった。
「明鏡…?」
「明鏡止水な」
明鏡止水とは中国の諺で、明鏡は一点の曇りもない鏡の事を指し、止水は止まって静かにたたえている水の事を指す。すなわち、邪念が無く静かに落ち着いて澄みきった心の状態の事を表す言葉であり、
「今の俺にはそれが必要だと?」
腑に落ちない表情を見せる正義に、
「遮二無二力に拘らんで、一旦スサノオと向き合ってみるのも悪くないんじゃねぇかなと思ってな」
その一言に、確かに自分はスサノオの言葉に対して噛み付いてばかりで一度たりともスサノオ自身と対等に話をしようとしていなかった事に気付かされた。
「ま、もっとも俺だったらタマハガネ殴りつけて『今すぐスサノオになれやオラァッ!』とかやっちまうだろうけどな」
自分の放った言葉で笑った千葉は、正義の肩を叩くとそのまま歩き出し去っていった。
「スサノオと向き合う…か」
千葉の言葉を胸に、正義はタマハガネとなったミツルギをぎゅっと握り締める。
《汝、力ヲ求ム者ナリヤ?》
それに反応してか、タマハガネが正義に語りかけてきた。
「スサノオか」
《左様。我、スサノオヲ語ル者ナリ》
スサノオはタマハガネを通して直接正義の脳内に語りかけてきた。
「なぁ、スサノオ。何故、俺は神化出来ない?」
正義は至極静かに語りかけた。感情的になるのでは、今迄のやり取りと何ら変わらないからだ。それに対し、スサノオは毅然とした口調で、
《汝ガ求ム力ガ我ノ奮ウモノト違ガウカラニ過ギナイ》
と返してきた。
「でも、お前は依然俺が力を要求した時に了承したじゃないか」
タケミナカタ戦で腕の力が強化され、コインデック内では自意識を失ってしまったとはいえ神化した。それは、てっきりスサノオがある種の契約を結んだと思っていたのだが思い違いだったらしい。
《ナラバ敢エテ問ウ。汝が求ム力トハ何ゾ?》
「俺が求める力って…そりゃ、敵に打ち勝つ力に決まってる」
『天人』の様な強大な敵だけではなく、加賀のアマテラスという脅威に打ち勝つ為には今以上の力が必要だった。それ以外に何の解答があるというのだろう。
《敵ヲ屠ッタ先二在ルモノハ何ゾ?》
「えっ…?」
敵を屠る、つまり敵を倒した後に待っているものと訊かれ正義は一瞬躊躇してしまう。
敵を倒せば平和が待っている。それは当たり前の事で求めるものではない筈だ。しかし、スサノオは先の事を訊いてくる。一体、スサノオは何を望んでいるのか皆目見当がつかなくなってきた。
《我ガ望ムモノハ代償デハナイ》
その意思が自然と伝わってしまったのだろうか、スサノオがすかさず返してきた。
「だったら、何が望みなんだよ?」
その質問に、スサノオはしばらく押し黙った。
どれくらいの沈黙が流れたか判らない程の時間の後、スサノオの方から、
《力ノ果テニ何ヲ望ムカ。汝、マダソノ答エを見出シテオラズ》
再び、謎かけの様な言葉が投げつけられた。それは、正義を混乱させるには簡単な言葉だった。
「スサノオ、お前が何を求めてるかさっぱり判らねぇ」
《力ヲ求ム者ヨ。汝ガ答エヲ見付ケタ時コソ、我ハ汝ニコノ力貸サン》
そう残して、スサノオは沈黙した。
「敵を倒した後にあるものとか、力の果てに何を望むかとか、一体何を望んでるんだよ…」
スサノオの真意が掴めずに、正義はその場に腰を落としてうずくまってしまった。




