参ノ其
東京都三鷹市井の頭──深夜。
三鷹市と武蔵野市とまたいで広がる井の頭恩賜公園の一角で、正義と茜は二手に分かれて戦闘を繰り広げていた。
未だ神化出来ていない正義は井の頭弁財天付近でエソラムの掃討に、神化した茜は白鳥デッキで『天人』との一騎打ちとなっていた。
鱗の様な鎧姿の『天人』は、その単眼で茜を捉えると右手を大きくかぶる。その動きに併せて池の水が掬い上げられる様に宙に舞うと大きな生物の如くうねりを見せる。そして、そのうねりは『天人』が茜を指すと同時に勢いよく襲いかかった。
だが、ツクヨミと化した茜にとってその水流は念動磁場で受け流す程度の小物でしかなかった。
『天人』が水流を生み出し繰り広げ、それを茜が受け流し次の攻撃に備える。それは、まるで戦いというよりは二つの舞を見ている様だった。
「くそっ、五柱神だとデータそのものがないから弱点も糞もあったもんじゃねぇ」
「憶測でいいなら恐らくアマツヒコネだとは思うんですが、だから何だって話なんですよね」
五柱神の中で一つ目の龍神とされる天津彦根命に形状が似ている事から、石川はそうではないかと予測を立てる。しかし、コインデックのデータベースに五柱神のデータがない以上推論でしかなかった。
「大丈夫です、相手がアマツヒコネであろうとそうでなかろうと敗ける気はしませんから」
神化出来た事が余程強みになったのだろうか、茜の口調がいつもと違って勝気になっている。それは口調だけではなく動きに顕著に表れ、どちらかといえば保守的だった動きを見せていた彼女は今は攻撃的な態度を見せていた。
「次の攻撃で出ます」
『天人』の水流を再び念動磁場で受け流すと、密かに残しておいたテレジェムを一気に解放させ『天人』を狙う。それは今迄と違い、宝玉の動きに独楽の様な回転が加わり今にも敵を切り刻まんとしている様にも見える。
「行って!」
茜の指示で念動宝玉は勢いよく『天人』に向かって飛びかかった。
その内、三基の宝玉は『天人』の水流攻撃で動きを封じられたが、残りはそのまま『天人』に直撃し動きを怯ませるに十分な動きを見せた。
それを見届けた茜は、そのまま一気に『天人』の懐に飛び込むと右腕のジェムウィップを全て『天人』に巻きつけその動きを拘束した。その右腕を開いて『天人』の動きを完全に止めると今度は左腕のウィップを全てその体躯に叩き込んだ。
「よし、このまま──」
「させる訳にはいかねぇんだよな」
頭上からエネルギー光が撃ち込まれ、寸での所で茜が避けるとその先にはアマテラスが宙に舞っていた。
「加賀君!」
「曲木も神化したか。てっきり、あの野郎が先に完成するかと思ったらそうじゃなかったのな」
『天人』の横に加賀が降り立つ事で一気に緊張感が走る。
「やっぱり、お前は敵にしておくには惜しい存在だわ」
「やめて。私はコインデックを裏切るつもりなんて毛頭ないから」
そう言うと、茜はテレジェムを全て放出して攻撃の態勢を取る。しかも、そのどれもが帯電しバチバチと鈍い破裂音を立てていた。
「…タケミカヅチ戦、か」
「ええ、あれを覚えるのにこっちも必死でね」
千葉でタケミカヅチの宝玉が雷を落とした手法を、同じ宝玉使いとして特訓の末体得した。本来ならいざという時に隠し玉として取っておきたかったのだが、相手がアマテラスで、しかも『天人』が並ぶニ対一の状況ではそうも言っていられなかった。
そんな茜を見ると、加賀は鼻で笑い「どうすっかな」と呟いた。
「本当だったらここにはもう用はないんだが、せっかくだし少し遊んでいくのも悪くないかもな」
「だったら、俺も混ぜてもらわないと面白くないんすけどね」
その声に茜が振り返ると、そこにはミツルギが立っていた。
「Es達が早々に撤退し始めたからサポートのつもりで来てみたら、ニ対一は卑怯でしょうよ」
そう言いながら茜の横に立つと、正義は全てのブレードを展開させて攻撃の態勢に入る。
「多分、ここも鍵がなかったんだと思います。でも、曲木さんの姿見て素直に撤退する気をなくしたんでしょうね」
「だったら、大人しく帰ってくれればいいのに」
茜が軽口を叩くと、二人は軽く鼻で笑い力強く身構えた。
「俺は、あの『天人』を叩きます。曲木さんはアマテラスを」
「了解。『天人』は水を武器にするから気を付けて」
正義は軽く左手を上げると、そのまま地面を蹴って『天人』に向かって突き進んだ。そのまま拳撃を叩き込もうとするも、寸での所で『天人』にかわされてしまうしまう。同時に、水流がミツルギに襲いかかるが正義も寸での所でそれをかわした。
「…さて」
正義達の戦闘を一瞥しながら、加賀は茜を見据える。
「これは、奴が御膳立てしてくれたって事でいいのかな?」
「さぁ、どうでしょう…ね!」
茜は語尾を荒げると、テレジェムを一斉にアマテラスに向けて放った。だが、加賀の反撃に備え直接攻撃はさせず周囲を展開させるに留め様子を伺った。
加賀との戦闘は上野公園以来だった。あの時から互いに神化して攻撃力も増し、状況がどう変化するのか未だ掴めずにいる。しかし、以前の茜と違うのは戦闘意欲が高まっている事だった。
「ったく、ふよふよと煩いカトンボ共だな」
宙に舞う宝玉を眺め加賀が呟くと、おもむろに光弾を一発放つ。それは簡単にかわされると判ると何度か頷き、今度は掌底に光を溜めると倍化した光弾を──ミツルギにぶつけた。
「がはっ!」
予想外の範囲からの攻撃をもろに受けてしまった正義は、攻撃の威力で一瞬仰け反るとそのまま地面に倒れ込んでしまう。
「草薙君!」
「お前等、馬鹿だろ。普通は雑魚から倒していくのが戦闘時におけるセオリーだろが」
確かに、現状ではミツルギが一番能力的に劣っていた。しかし、そこを突いてくるとは思わず茜も一瞬怯んでしまう。
「言っとくが、お前の宝玉なんざ墜とすのは簡単だ。それより…」
加賀は茜を無視すると、両手の掌底に光を溜め込みながら徐々にミツルギへと近付いていく。
「コイツが神化するのも面倒臭いから、早めに潰しておかなきゃな」
「そんな事させない!」
茜の指示で、一斉に宝玉から雷が放射される。しかし、左の掌底に溜めこんだ光熱を宙に放ちそれを相殺した。
「だから、お前の攻撃なんて無意味なんだって事を判れよ」
茜を見る事もなく言葉を投げつけた加賀は、そのままミツルギに右掌底の光弾を叩き込んだ。
だが、
《ソノ力、願ッテイタモノナリ》
光弾を直撃した筈のミツルギは、ダメージを受ける所かそれを吸収し再び体中から光を放った。
「チッ、神化に協力しちまったのかよ!」
光を帯びたまま立ち上がるミツルギは、徐々にスサノオへと変貌を遂げた。




