弐ノ其
会議室での出来事から四日。
その間、エソラムによる歪界域発生はあったものの、加賀が狙っている鍵がないと判明すると即時撤退をし、それが何度か続く事でコインデック側は完全に後手に回っている事が判明した。
正義のスサノオ化も思う様にはいかず、周囲から急かされはするも神化には到底辿り着かない現状だった。
そんな中、茜は毎日トレーニングルームで瞑想をするのが日課になっていた。
一度だけミタマの声が聴こえた気がしてから、戦闘の有無に関係なくトレーニングルームでミタマのタマハガネと意思を図ろうとしていた。
《汝…レヲ…ム…ノカ…》
途切れ途切れではあるがミタマの声は聴こえてくる様になった。後は、意識を更に集中させてミタマとのコンタクトが完全なものになる事だけだった。
その思いが通じたのだろうか、今度はしっかりと
《汝、我ヲ求ム者ナリカ?》
その声に、茜は興奮する訳でもなく「ええ」とだけ返す。今迄の茜であれば諸手を挙げて喜んだであろうが、今自分が置かれた状態では喜ぶには遅すぎた。
《汝ガ我ニ望ムモノハ何ゾ?》
「望むって…勿論、力に決まって──」
《我、力ヲ望マヌ者ナリ》
正義の話では、ミツルギでありスサノオであるタマハガネは力を要求したという。しかし、ミタマは違った。
「え…どういう事?」
《我ガ望ミシモノ安寧秩序ナリ》
思惑が外れた。
てっきり、ミタマも力を望みそれに応えるための自分なりの解答が必要であるだろうと思っていただけに、まさかミタマが望むものが力とはかけ離れたものだったと知って茜は大いに焦りを感じた。
「そんなっ! だって、今迄戦いの中で生まれたものがいくつもあって」
念動宝玉にしてもそうだし、勾玉連珠だってそうだ。戦う為に武器として扱い、何度も危機を乗り越えられた。
《其レハ汝等人間ガ勝手ニ生ミ出シタモノ、我ガ望ムモノトハ相違ナルモノナリ》
しかし、それはミタマにとっては無意味でしかなかったのか思いがけない答えが返ってきた。
「じゃぁ、私は今後も無意味な存在であるって事なの…」
このままでは、自分は単なるお荷物でしかなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
だが、その為にはミタマが力を欲する事を選ばなければならない。
《我ガ望ムモノト汝ガ望ムモノハ相違ナルモノ》
「…いえ、相違なんかじゃない。貴方にとっても力は必要よ」
選ばないのであれば選ばせる迄の事。
必要ないと思っているなら必要だと思わせる事。
それが出来なければ、ミタマは、否、自分はここにいる必要も資格もない。
《安寧秩序ニ力ハ不要》
「安寧秩序を乱すものに裁きを与える為の力は絶対に必要。平和を脅かす者を黙って放っておけとでも?」
《…》
ミタマが黙った。
このままごり押しで行けるのではと踏んだ茜は、畳みかける様に次々と言葉を発した。
「今の戦いを終わらせて平和な日常を築くのが私の役目。それが望めないのであれば、貴方の力は必要ない。私は戦いに終止符を打つ事、貴方は安寧秩序を求める事、利害が一致している訳ではなくて?」
《力ガ全テダト言ウノカ?》
「不必要な力は単なる暴力でしかない。私が求めているのは、皆を安心させる為の力。それを貴方が持っていると理解しているから、こうして語りかけている」
しばしの沈黙が流れる。
その後、ミタマの方から《理解シタ》と返ってきた。
《汝ノ言葉ヲ信ジタク》
「それじゃ」
《汝、更ナル力ヲ求メ祈ルガヨイ。我、ツクヨミの名ニオイテ汝ノ助ケトナラン》
月読命。
伊邪那岐の右目から産まれ出たとされる夜の神。
一説では生と死を司るとされる神が、本当は安寧を望んでいたとは誰一人想像もつかなかったであろう。それが茜の為の力となるというのだから、彼女は心からその力に喜びを隠せないでいた。
「神鎧装纏…神化!」
茜の胸元に飾られていたタマハガネがミタマとなり、更に神化する事で神々しい形状を見せる。
額の勾玉は陰陽合一輪となり、左右一対だった勾玉連珠は左右籠手から四連の数へと増えた。
「これが…ツクヨミの力…」
余りの神々しさに、茜は一瞬怯んだ。
しかし、この力を使いこなせない様では正義にも加賀にも勝てはしない。
「私は…私は、絶対に勝ってみせる!」
トレーニングルームの中で茜の叫びが響き渡った。




