壱ノ其
加賀と共に消えた正義が見つかったのは、コインデック側の敗北から数時間後の事だった。
新宿御苑駐車場で倒れていた所を職員が見つけ治療室へと運ばれたのだが、正義自身が神化した事やその後の事が一切記憶になかった為、歪界域消滅後に何が起こったのか知る由もなかった。
翌日、彼の体調を確認した後に会議室で大和を筆頭に正義、茜、千葉、石川、姫城と集まり今後についての話し合いの場が設けられた。しかし、開口一番斬ってかかったのは他ならぬ石川であった。
「単刀直入にお訊きします。残された“鍵”は後何本隠されているんですか?」
内心触れてはいけない問題だろうと誰しもが思っていただけに、その質問は全員の度肝を抜くには一発だった。
「それを聞いてどうするつもりだい?」
大和の返しに、石川は怯むことなく「GM、GPを用いて防衛戦線を張ります」と言い切った。
加賀はあの時「大和の分を含めて三本」と言っていた。つまり、自分達の与り知らぬ所で二本の鍵を入手していた事になる。そうなると、これから先はどちらかと言えば防衛戦に回る事になるだろうと彼は踏んでいた。
「石川君、君は“鍵”をどう思っている?」
「そのままです。強いて言えば移動要塞の動力キーとでもいいましょうか」
「移動要塞だって?」
彼の発言に千葉が驚いた声をあげる。それは他の者達も同じで、思ってもみなかった言葉が飛び交った事でその場が軽い混乱に陥った。
「素頓狂な戯言に聞こえるかもしれませんが、その移動要塞も凡そ想定がついています」
皆の混乱を他所に、石川は更に言葉を続ける。唯一混乱する事無く彼の言葉を聞いている大和だけが、静かな口調で「言ってみたまえ」と返した。
そうくると踏んでいた石川は、ゆっくりと深呼吸をすると、
「高天原、ではないでしょうか」
「その根拠は?」
加賀が茜に出したクイズがずっと引っ掛かっていた。
それに辿り着くにはどうしても“鍵の存在”が重要なワードとなるだろうと考えていた中、加賀の神化──アマテラス化を見て一瞬にしてその解答が判った。
加賀が、というよりアマテラスが欲するものは何だと思い立った先に見えたのは高天原の存在だった。
高天原はその名の通り神々が住む天空地といえる場所で、古事記から推測するには海上の雲の中ではあるが一説によれば伊勢神宮の遥か頭上に存在するとも、富士山・白山・立山の日本三霊山の上空に隠れそびえているとも言われていた。
つまりは、飛空艇よろしく移動が可能な大地だったのではないかとも推測出来る。
「恐らく、東京湾の入り組みに関しては飽く迄憶測の域でしかありませんが高天原が現時点で沈んでいる場所、といいますか、何らかの形で高天原が沈んだからこそ今の東京湾の様な形になったのではないでしょうか」
それを監視する為に帝を京都から東京へと移し、又、突然の再起動を阻止する為に鍵を抜いてそれぞれで保管したのではないか。
それに気付いた加賀は、エソラム達を使役し鍵集めに奔走した。その結果が昨日の我々の敗北につながってしまう。
「独自でそこ迄解答を見出すとはね。古澤君が君をアーキアラジーに迎え入れたいと言っていただけの事はある」
「では」
「残念ながら、ここから先は私からは何も言えないんだよ」
言えない、というより知り様がない、というのが大和の口から発せられた回答だった。
大和が預かった一枚の鍵以外は、先人達が何処ぞへと隠し仕舞いその存在は明かされる事はなかった。その理由は明らかではないが、恐らくは『天人』側に奪還されるのを阻止する為の事だろうというのが大和なりの判断だった。
「私としても、まさか既に二本も奪われていたとは思わなかった」
「それでは、残りは」
大和は大きな溜息を吐くと「一本だよ」と静かに答えた。
「私が持っていたのは朱雀門と呼ばれていた鍵だったよ。他は四神の名の通り玄武、白虎、青龍と各門が存在した。あの男が何を入手したか、何処で入手したのかも判らない以上、私からは何の情報も与えられない…すまない」
大和が皆に頭を下げた事で、今後全てが後手に回るだろう事がまざまざと伝わってきた。
先手を打つ方法が見当たらない以上、悔しいが黙って指を咥えながら加賀の動きを待つしかない。
「私が、あの時オモイカネを止め損ねてしまったせいで…司令、皆さん、本当に申し訳ありません」
茜も皆に頭を下げるが、誰一人彼女を責め様がなかった。むしろ、自分達が枷になったせいで動きが制限されていたのではないかとさえ思えてしまう。
そんな中、一人首を捻っている男がいた。
「草薙さん、何かありました?」
石川の問い掛けに、正義は「あ、いや」と慌てて返した。
「神化のコントロール方法を考えていたんですよ。どうすれば、俺も上手く神化出来るかなって」
「まぁ、戦力増強にはそれが一番だわな」
千葉がうんうん頷く横で、正義は逆に首を横に振った。
「違うんすよ。神化出来たら歪界域も操作出来るんすよね?」
その一言に、皆が一斉に彼を見た。
確かに、歪界域の独自操作が可能になればこちら側も後手に回るが少なくなる所か、先手を打つ事も可能になるかもしれない。
「何とか神化を自分なりにコントロールしたいんだけど、そもそも俺自身がそれの体感を掴んでいないから──」
「それだ! 今すぐコントロールする方法を生み出せ! 今すぐに!」
千葉に肩をがっしりと掴まれ叫ばれるも、会議室に呼ばれる迄に何度もやったのに無理だったのだから今すぐになんて出来やしないと正義は返した。
しかし、これで何かしらの打開策が見つかった気がしたのは事実で、皆の視線は正義と茜の二人に向けられた。
「…」
正義と千葉が騒ぐ中、茜だけは無表情に近い面立ちで周囲を見ていた。
「曲木さん、大丈夫? 少し疲れてるみたいだけど」
異変に気付いた姫城がそっと小声で茜に問うが、首を横に振ると「大丈夫です」とだけ返した。
本当は大丈夫なんかじゃない。
自分だけまだ神化そのものを知らず、その上敗北を喫する状況に持ち込んでしまった事への無念さ。それと同時に、正義への能力的な物事に対する嫉妬心──それらが入り混じり、正直今すぐ大声をあげたいくらいだった。
「司令、申し訳ありませんが席を外していいでしょうか。少しばかりトレーニングしようと思っていますので」
茜の言葉に大和は一瞬戸惑いはしたものの許可し、それに倣って茜は会議室を後にした。
「…何だアイツ、一度くらいの失敗で大袈裟だな」
そんな茜を見た千葉は、彼女の真意を知らないまま鈍い言葉を発した。




