壱ノ其
「そうか、そんな事があったのか」
メディカルルームのベッドに横たわる千葉に、石川はアーキアラジーでの出来事を報告し解明の助言を要していた。
「あれからいくつか調べたんですが、眉唾ものでしょうけど安房国(現千葉県南部)と伊豆国(現静岡県伊豆市)迄が直線で繋がっていた説もあったので、東京湾に何らかの謎がありそうな気がしてならないんですが」
「謎は兎も角としてだ、古事記の段階で浦賀水道の存在はあった訳だし直線説には無理があるだろうよ」
確かに、古くは古事記や日本書紀の段階で馳水海(現神奈川県横須賀市走水近隣海域)の存在は描かれていた。そうなると、西暦700年代の段階では少なくとも神奈川付近には海の存在があったとなり直線説は適応しない。
「とはいえ、お前は遷都と直接的か間接的かは置いといても繋がりがあると思ってるんだな?」
千葉の質問に、石川は「はい」とだけ答える。それに対して、千葉はサイドボードに置いてある老眼鏡を取ると石川が纏めた資料を改めて深々と読んだ。
いい感じに纏まった資料ではあるものの、詰めが甘いというべきか今一つ何かに欠けている面が否めなかった。それを突き詰めない限り、加賀の投げ掛けたクイズとやらの真意が見出せないと千葉は考える。
「仮に浦賀水道から奥は陸地だったとして、あんな湾岸が出来るとしたら隕石が落ちるとかくらいじゃねぇとな」
「それも調べましたが、江戸界隈に巨大隕石が落ちたという記述はないんですよね」
もしかしたら大和達上層部でしか閲覧出来ない特秘事項があるのかもしれないが、それを見せてほしいといった所で理由が「加賀の言っていた事を解明したいから」では到底見せてもらえる訳がない。それ所か「排除対象の意見に耳を貸すのか?」と一蹴されてしまうのが目に見えている。
それだから、石川も大和には気付かれない様に行動しているのだろうと千葉は察した。
「…そういや、姫城には質問したのか?」
「姫城さんにですか? いいえ、司令と密に繋がっているので避けた方がいいかと思っていましたが?」
やはり姫城は避けていたか、と千葉は納得した。確かに、姫城は大和の直属部下である以上何事においても報告義務が発生するだろう。そこに加賀の一件をぶつけたら一発か。
「何故、姫城さんに?」
「いやな、かなり昔だが姫城がコインデックの在り方について鍵がどうこう言ってたなと思い出してな」
「鍵、ですか…?」
手がかりがない以上、冗談でも何でもなく姫城のいっていた“鍵”という単語が唯一のキーワードになりそうだと千葉は感じた。しかし、彼女にアタックするのはそのまま大和にアタックしてしまうも同じだ。そうなると結局は堂々巡りで終わってしまう。
「鍵というのは何かの揶揄とかって訳ではなさそうなんですか?」
しかし、珍しく石川が食い気味に訊いてくる。どうしたというのだろうか、と千葉は思いながらも、
「いや、俺も詳しく聞いた訳じゃないからその辺は何とも判らん」
その言葉に石川は腕を組んでしばらく悩む様子を見せた。
「…そうですね、どの道司令には聞き出さなくてはならない話なんだろうから、まずは姫城さんを口説いてみますか」
しばしの沈黙の後思いがけない言葉を発した石川に、まさかそうくるとは思わず千葉は目を白黒させてしまう。
「やれるのか?」
「どうなるかは判りませんけどね。下剋上と迄はいかなくとも部下なりの嫌われ方を演じてやりたいとは思ってますよ」
石川は、どうしても大和の言う「部下に嫌われる事」というのが納得出来なかった。
部下に嫌われるのが上司の役目だというのであれば、逆に部下だって上司に歯向かって嫌われてやろうではないかとさえ思えてしまう。それが自分の今後にどう影響されるかなんて知ったこっちゃない、仲間の為に真実を掴めるなら首を括ってやろうじゃないかとさえ。
「兄さんの影響、だな?」
普段はどちらかといえば長いものに巻かれるタイプの石川が牙を剥き出した。
自分もそうだが、草薙正義という男がコインデックに現れてから色々と変化が起きている。加賀の件は別としても、各々が小気味いい影響を受けているのは確かだろうと千葉は思った。
石川自身も「ええ」と鼻を鳴らす勢いで千葉に向かうと、
「僕は彼の上官ですから、自分だけ遠くから指を咥えてぼへーっとなんてしてられませんしね」
そうやって笑う石川を見て、千葉は何となくではあったがもしかしたら全てが上手く行くのではないかと感じた。
万が一ミカガミを──加賀を失ってしまったとしても、自分達が望んだ結末を迎えられる。
兄さんや曲木は己が正義の為に拳を奮い、俺等がそれを全身全霊を懸けてサポートし、そして目指すべき一筋の光を掴み取る。それが可能になるんじゃないかと思えてきてしまう。
「よし、だったら俺もいい加減寝てもいられねぇな」
包帯だらけの上半身を起こそうとするが石川に慌てて止められそうになる。しかし、それを遮ると「俺も上官なんだぜ?」と苦痛に堪えながらも笑ってみせた。
「それに、俺はお前の上司でもあるんだから、部下にいい恰好ばかりさせる訳にはいかねぇよ」
千葉の覚悟を見て、石川は彼がベッドから起き上がるのを手伝った。そのまま近くにあるロッカーから千葉のワイシャツを取り出すと、傷口の負担にならない様にそっと着せる。
「昼行燈の千葉さんが自ら動こうなんて、地震でも起きなきゃいいんですけど」
「地震なんて生易しいかもよ? もしかしたらコインデック存亡の危機になったりしてな」
皮肉と軽口の応酬で笑いあう二人だったが、その直後部屋に設置されたスピーカーから「管制室より歪界域出現の波長をキャッチ。各自、発現に備え…」と姫城の声が聴こえてきた。
「やっぱり、千葉さんがその気になったらこれですよ」
「うるせぇよ、そんな事言うなら全部お前に任せてもいいんだぞ?」
「貴方のその気を削ぎたくないから遠慮しておきますよ」
軽口を叩き合う二人の目は、戦闘補佐官としての熱い炎が燃え広がっていた。




