陸ノ其
《汝、力ヲ求ム者ナリヤ?》
モニタールーム前の椅子に座り目を閉じていた加賀の脳裏に、その声は突如語りかけてきた。
自分以外誰もいない空間ではっきりと聞こえてくる他者の声。しかし、それはミカガミのものであろうと彼は瞬時に悟った。
聞こえたというより、その声を待っていたという方が正解だったのかもしれない。
《汝、力ヲ求ム者ナリヤ?》
「いや、力はすでに持っているから…いや、嘘だな」
彼は清澄でミツルギが形状を変えた事を思い浮かべた。
あの力は、いずれ更なる力を手にする筈だろう。そうなってしまっては、流石に現時点での力量差が埋まってしまうのも時間の問題だ。
《ナラバ、汝が求ムモノハ何ゾ?》
声は更なる言葉を加賀に投げ付けてくる。それにどう答えるべきか悩みに悩んだ彼は、
「…奴を超える、ミツルギを砕き散らせる程の力が欲しい所だな」
もう、格好なんてつけている場合ではない。今の素直な気持ちとしてはミツルギの、草薙正義という邪魔な存在の力を凌駕する力が必要だ。その為には、どんな手段であろうが使えるものは何でも使ってやろうではないか。
《汝、ソレハ魂ガ求ムモノナリヤ?》
「魂? そんなモン欲しいんだったらいくらでも持っていけ。その代わり、今以上の力を寄越すんだったらな」
その返しに、声はしばしの沈黙を持った。
静寂の空間が再び訪れ、しかし、加賀はそれに対して不安を一切感じてはいなかった。それは、何処となく次に返ってくるであろう言葉が判っていたからなのか。
《汝ノ魂カラノ叫ビ、相判ッタ》
沈黙を破った声が出した回答は、加賀が望んだそれそのものだった。
《ナラバ、力ヲ呼ビ起コスガヨイ》
その言葉を最後に、声は完全に沈黙した。それを確認すると、加賀は静かに己の全神経を研ぎ澄ませる。
勝機、快楽、嫌悪、醜悪、喜怒、敗北感、敵対心、恐怖──ありとあらゆる感情を集中させ、その中から自分が今一番必要としている感情と一番不要としている感情を探し当てる。
今、一番必要としている感情は“超越”。
今、一番不要としている感情は“恐怖”。
素直に認めよう、俺は草薙が怖い。奴がどんどんと自分に近付き、いずれは自分を超えるであろう感覚。
これは不安からくるものではない、確実にそれは起こりつつある事実だ。ならば、自分に今最も必要としているものはなんだ? …そう、他でもない自分自身を超越する力が必要なんだ。
草薙でもなく組織でもなく、自分自身に打ち勝つ力。それがなければ、決してあの男に勝てる訳がない。
本当に、声が力を寄越したというのであれば、今ここで自分を超越させなければ。
「神鎧装纏」
静かに呟く声に合わせるかの如く、ミカガミは静かにうねりを見せながら加賀に纏わりついた。そして、全身がミカガミで覆い尽くされると、彼は静かに長い深呼吸を始める。
超越と恐怖の二つに意識を集中させ、それを交互に思い浮かべる。
恐怖、超越、恐怖、超越、恐怖、超越、恐怖、超越…
その集中した意識に合わせてか、ミカガミの表面も再びうねりを見せ始めた。いくつもの部位が膨らんでは萎み、膨らんでは萎みを繰り返して、まるで蛹が成虫になる工程の様に幾度もうねっている。
恐怖、超越、恐怖、超越、恐怖、超越、恐怖、超越…させる!
閉じていた目をカッと見開くと、加賀の中から超越以外の感情が消え去った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
怒号に近いうめきで力を集中させると、今度はそれに合わせて今迄うねっていたミカガミは激しい金属音を立てながら各部位の形状を変えていく。
肩部は倍に大きく膨らみ、指先や爪先は鋭利に尖り、額の丸飾りはまるで太陽の様な形にと変貌を見せ、それは最早『天人』を通り越した『神』そのものと言わんばかりの姿形となっていった。
その姿は加賀の脳裏にしっかりと見え、鏡の様なもののないルーム内でも自分が神に一歩近付いた事をはっきりとさせる事が出来た。
否、まさに自分は新たな神になれた自覚があった。
それは、ミカガミの正式名称をいつからか疑問視していた過去を払拭させるには十分な情報量だったからだ。
[開発コード:GM-MKG-01 正式名称『光ヲ携エシ者:ヤタ』]
ミカガミに八咫鏡が名称使用されていた事に疑問があったのが一瞬にして理解出来てしまった。そう、ミカガミは三種の神器そのものであり、それは神器などではなく神そのものだったからだ。
今、この瞬間にまさに自分は神となれた。
ならば、ミカガミなんて、加賀未来なんて名前は捨て正式な名前を使わせてもらうとしよう。
──我が名は天照大神である、と。




