第5話 夜の亀裂と、死を賭した暗躍
夜襲が直前で中止された翌朝。
臨時キャンプの空気は、前日までの「無謀な作戦への恐怖」とはまた違った、じっとりとした首を絞められるような緊張感に包まれていた。
「……おい、聞いたか。昨夜の夜襲を中止した件で、本国から来た監査官が激怒してるらしいぞ」
「そりゃそうだろ。本国の命令を現場の判断で勝手に引っ込めたんだ。オズワルド少佐も、ただじゃ済まねえぞ……」
配給された泥水のように濁ったスープをすするふりをして、俺は周囲の兵士たちのひそひそ話を注意深く聞き耳に入れていた。
冷え切ったスープの味などしない。あるのは、じわじわと迫り来る死の予感だけだ。
(……やっぱりな。そうなると思った)
現場の指揮官が独断で上層部の命令を無視すれば、たとえそれが「部下の無駄死にを防ぐための正当な理由」であったとしても、組織のメンツの前にはただの「抗命罪」として切り捨てられる。
オズワルドは今頃、本国から派遣された冷酷な監査官に呼び出され、テントの中で激しい詰め腹を切らされている頃だろう。
(あいつが失脚したり、最悪の場合ここで更迭・処刑されたりしたら……この部隊は、別の冷酷な上官に引き継がれる。そうなったら、次の作戦で今度こそ全員まとめてミンチにされるぞ)
せっかく最初の死亡フラグを、命がけの偽造文書でへし折ったというのに。
オズワルドが死ねば、帝国軍の疲弊は加速し、やがて主人公レオンが絶望の淵に突き落とされる『破滅のバッドエンド』への歯車が、再び勢いよく回り始めてしまう。
(俺が生き残るためには、オズワルドにはこのまま大隊長の座をキープしてもらい、俺たちを無駄死にさせない盾になってもらわなければ困るんだ)
だが、ただの下っ端兵士である俺が、大隊長をかばって上層部に直訴できるわけがない。
そんなことをすれば、内通者か狂人扱いされて即座に首を刎ねられるのがオチだ。
表立って動けないなら、またしても裏からの「情報操作」で、上層部の理不尽な圧力を物理的に無力化するしかない。
俺は冷えかけたスープを喉に流し込みながら、削り取られそうになる恐怖に耐え、脳内のゲームデータを必死に引きずり出した。
オズワルドを追い詰めている本国の監査官、ガルド。
権威主義的で自分の保身しか頭にない男だが、同時に「ある重大なスキャンダル」の尻尾を、敵国である王国側の商人に握られているという致命的な弱みがあった。
(ガルドの弱み……。たしか、軍資金の横領と前線への物資着服の証拠が、あいつの私室テントの中に眠っているはずだ)
その汚職の証拠をオズワルドの手に渡るよう巧妙に仕込むか、あるいは上層部全体に見える形でバラまくことさえできれば。
自分のスキャンダルが露呈すれば、ガルドは自己保身で手一杯になり、オズワルドの抗命罪を追及している余裕など完全に吹き飛ぶはずだ。
理屈は簡単だ。
だが、現実に行うとなれば話は全く違う。
見つかれば、スパイ容疑で拷問の末に処刑される。
そして死ねば、あの『運命の栞』が発動し、また俺の頭の中から「何か大切な記憶」が焼け落ちるのだ。
自分が自分でなくなっていくあの恐怖を思い出すだけで、手足が氷のように冷たくなる。
「……やるしかない。ここで何もしなければ、結局殺されるのは俺だ」
空になった薄汚い飯ごうを握りしめ、俺は泥だらけの顔を上げた。
自分の首を繋ぐため、今日も今日とて、死と隣り合わせの泥臭い裏工作を始めるしかない。




