夜の焚き火と無自覚な優しさ。気弱な青年の温もりに、社畜OLの心が揺れる夜
夜の焚き火と無自覚な優しさ。気弱な青年の温もりに、社畜OLの心が揺れる夜
クロエの圧倒的な論破によってガルドス男爵の部隊を追い返した日の夜。
ポポロ村の広場では、ちょっとした祝勝会が開かれ、村人たちが月見大根の煮込みおでんとイモッカ(芋酒)を片手に喜びの声を上げていた。
しかし、私は一人、広場の少し外れにある焚き火の前に座り、魔導端末(光るパネル)を開いて自警団の備品リストと睨み合っていた。
(……ガルドス男爵は、エドワード殿下と同じタイプ。プライドだけは無駄に高く、自分の失敗を絶対に認めない『無能な働き者』だわ)
前世の社畜時代にも、今世の王城でも、そういう人間を腐るほど見てきた。
論破されて引き下がるような聞き分けのいい相手なら、最初から国際条約違反など犯さない。恥をかかされたことで逆上し、さらに強硬な手段(実力行使)に出てくる可能性は十分にあった。
「……はぁ。やっぱり、念のために魔導地雷の配置をもう一段階厚くしておいた方がいいわね」
パチパチと爆ぜる焚き火を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
冬の始まりを告げる夜風は冷たく、前世での終わりの見えない深夜残業や、王城での孤独な日々を思い出させる。どれだけ頑張っても、誰も私を守ってはくれない。私がしっかりしなければ、皆が路頭に迷う。
無意識のうちに、ギュッと自分の両腕を抱きしめ、身震いした。
――その時だった。
ふわりと、温かで少し厚手な布の感触が、私の華奢な肩を包み込んだ。
「……え?」
驚いて振り返ると、ユリウスが自分の着ていた厚手の防寒上着(カーディガンのような魔導具)を、私の肩にそっと掛けていたところだった。
月明かりと焚き火のオレンジ色の光に照らされた彼の横顔は、ハッとするほど彫刻のように整っていて――距離が、近い。彼から微かに香る、清潔な陽薬草の匂いに、私の心臓がトクンと大きく跳ねた。
「あの、夜風が冷えてきたので。レティシアさん、ずっと村のために無理して働いてるから、風邪ひいちゃいますよ」
さらりと言ってのける。
下心など微塵もない、ただ純粋な気遣い。
社畜時代、誰からも「休め」と心配されず、ただ搾取されるだけだった私にとって、その見返りを求めない優しさは、どんな魔法よりも強烈に胸を締め付けた。
顔に一気に熱が集まるのがわかる。
至近距離での不意打ちに、私が言葉を失って固まっていると――ユリウスの整った顔に、サッと焦りの色が浮かんだ。
「あ、えと……ご、ごめんなさい! 勝手に……男の上着なんて、嫌でしたか……?」
シュン、と。
目に見えない犬の耳と尻尾を下げるように、途端にオロオロし始めるユリウス。
ついさっきまでのスマートさはどこへやら、どうすればいいか分からず両手をわたわたと彷徨わせている。昼間にガルドス男爵の前に立ち塞がった時の勇気すら霧散して、すっかりいつもの気弱な彼に戻っていた。
(――ずるい。無自覚にこんなことしておいて、そんな顔しないでよ……っ!)
胸の奥で、甘い痛みが弾ける。
「い、嫌じゃないわよ! ……あったかい。ありがとう、ユリウス」
私が上着の胸元をギュッと握りしめて顔を逸らすと、ユリウスは「よかったぁ……」と心底安堵したように、ふにゃりと無防備な笑顔を向けた。
「レティシアさんに倒れられちゃったら、僕、どうしていいか分からなくなっちゃいますから。……あ、でも、クロエさんがいるから大丈夫か。えへへ」
「……馬鹿」
「えっ?」
「ううん、何でもないわ」
私は彼から借りた上着に顔を半分埋めながら、焚き火の温かさとは違う理由で火照る頬を必死に隠した。
いつも怯えているくせに、誰よりも優しいこの青年から、私はもう目を離せなくなっていた。
「……あらあら。うちの堅物OLちゃん、完全に胃袋ならぬ心臓を掴まれてるじゃない」
少し離れた酒場のテラス席。
イモッカのグラスを片手に、クロエはニヤニヤと笑いながら二人の様子を眺めていた。
「カッカッカ! あのお嬢ちゃん、王都じゃ『氷の鉄面皮』なんて呼ばれてたらしいが、今の顔はただの恋する乙女だぜ」
隣でポポロシガーを吹かしているネギオが、意地悪く口角を上げる。
「レティシアはね、前世でも今世でも、ずっと『便利で優秀な道具』として扱われてきたのよ。だから、あんな風に損得勘定抜きで自分を心配してくれる存在に弱いの。……しかも相手は、あんなに顔のいい天然タラシの大型犬。落ちないわけがないわ」
「違ぇねぇ。だが、あのビビりのワンコ、自分のやらかし(タラシ行動)に全く気づいてねぇぞ?」
「そこが良いのよ。焦れったくて、最高のお酒のつまみになるわ」
クロエはクスクスと笑いながら、グラスを傾けた。
だが、ふと彼女の瞳から笑みが消え、鋭い商人の目つきへと変わる。
「……ネギオ先生。マンミア率いる自警団に、夜間の警戒レベルを最高に引き上げるよう伝えてちょうだい」
「お? どうした」
「レティシアの懸念通りよ。ガルドス男爵のようなプライドの高い小物は、恥をかかされたまま引き下がったりしない。法もルールも関係なく、必ず『実力行使』という名の闇討ちを仕掛けてくるわ」
クロエの冷ややかな視線の先、ポポロ村を囲む暗い森の奥に、不穏な空気が漂い始めていた。
その頃。
ポポロ村から数キロ離れた森の野営地で、ガルドス男爵は怒りで顔をドス黒く染め、安物のワイングラスを地面に叩きつけていた。
「ええいっ! クソッ、クソッ、クソがァッ!!」
ガシャァン!とガラスが砕け散る音が響く。
「あの没落貴族の小娘風情が……この私をコケにしおって! 国際法だ? ドンガン地下帝国だ? 闇金ギルドだァ!? ふざけるな!」
ガルドス男爵は頭を掻きむしりながら、血走った目で魔導戦車と部隊を見渡した。
このまま王都へ逃げ帰れば、エドワード殿下から『無能』の烙印を押され、爵位を剥奪されるのは目に見えている。それだけは絶対に避けなければならなかった。
「……おい、兵士共。聞け」
ガルドス男爵は、底知れぬ悪意を宿した声で命じた。
「これより、夜陰に乗じてポポロ村を強襲する。条約など知ったことか! 『所属不明の野盗』の仕業に見せかければ、他国も文句は言えまい。村の防衛網など、我が軍の魔導戦車の砲撃で一網打尽よ!」
「だ、男爵閣下……! しかし、それでは女子供まで犠牲に……っ」
「構わん! 逆らう者は皆殺しだ! レティシアとクロエだけは生け捕りにしろ。あの生意気な口が二度と利けないよう、たっぷりと教育してやる!」
脂ぎった顔に、残忍な笑みが浮かぶ。
理不尽という名の暴力が、ついに法の枷を外し、静かな村へと牙を剥こうとしていた。
嵐の前の静けさは終わりを告げた。
そして彼らはまだ知らない。その理不尽な暴挙が、怯える気弱な青年の中に眠る『絶対零度の化け物』を、完全に目覚めさせてしまう引き金になるということを――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第9話、夜の焚き火とカーディガンのシーンでした!
ユリウスの「無自覚イケメン行動からのオロオロ(犬耳パタパタ)」、ヒロインならずとも胸キュン必至の破壊力です。レティシアも完全に心を持っていかれていますね。
そして、それを見守る(酒のつまみにする)親友クロエとネギオ先生の保護者コンビの視点。
しかし、甘い時間はここまでです。
次なる第10話からは、ついにガルドス男爵の逆ギレ強襲が始まります。
法と理屈が通じない「絶対的な暴力」が襲い掛かる時、震える気弱な青年は、どう動くのか!?
「ユリウスの無自覚タラシ最高!」「レティシア可愛い!」「男爵、絶対に許さん……!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回、怒涛の戦闘展開へと突入します! お見逃しなく!




