無自覚な優しさと陽薬草の紅茶。社畜OL、初めての「見返りを求めない気遣い」に触れる
無自覚な優しさと陽薬草の紅茶。社畜OL、初めての「見返りを求めない気遣い」に触れる
大寒波の到来に備え、ポポロ村はかつてないほどの活気に満ちていた。
私が【経費精算】スキルでドンガン地下帝国から取り寄せた大量の『魔導保温シート』や『陽光のポーション』を、村人たちが総出で畑に設置していく。
自警団の面々も、新調された魔導ヒーター付き防寒着に身を包み、士気高く村の防衛と作業のサポートにあたっていた。
「よし、第三区画のポーション散布完了! 次、第四区画の魔導シートの結界起動をお願いします!」
「レティシア様、次はこの資材をどこへ運べばよろしいでしょうか!」
「あ、それは倉庫のBブロックに……ちょっと待って、在庫の帳簿と数が合わないわね。私が直接確認にいきます!」
私は役場前の広場に仮設デスクを置き、膨大な資材の在庫管理と人員配置の指示を一人でこなしていた。
前世で培った社畜特有のマルチタスク能力と、エドワード殿下の元で国政の裏方を全て担っていた実務経験が、ここ辺境の村でフル稼働している。
(……ふぅ。これで一旦、午前中のタスクは消化できたかしら)
手元の帳簿にチェックを入れ、小さく息を吐き出す。
カチカチに強張った肩を回そうとした、その時だった。
「あ、あのぅ……レティシアさん」
背後から、ひどく遠慮がちな声がかけられた。
振り返ると、そこにはお盆を両手でしっかりと持ったユリウスが立っていた。
相変わらず大型犬がご主人様の顔色を窺うような、少しオドオドとした態度のまま、彼はそっと私のデスクにお盆を置いた。
「ずっと、休憩もとらずに指揮を出されていましたよね。……その、少し休んでいただかないと、お身体に障るかと思いまして」
お盆の上には、湯気を立てる二つのティーカップと、小皿に乗せられたクッキーが用意されていた。
カップから立ち上る香りは、ポポロ村の特産品である『陽薬草』のものだ。青々とした爽やかな香りに、ほんのりと甘い匂いが混ざっている。
「ユリウス……これ、あなたが淹れてくれたの?」
「は、はい……。陽薬草をベースにして、少しだけ『ハニーかぼちゃ』の蜜をブレンドしてみました。甘いものの方が、疲れた脳にはいいと聞いたので……。あ、お口に合わなかったらすぐ淹れ直しますから!」
ビクッと肩をすくめるユリウス。
私は「ううん、すごく嬉しいわ」と微笑み、カップを両手で包み込んだ。
温かな陶器の感触が、冷え始めていた指先にじんわりと伝わってくる。
一口、口に含む。
――美味しい。
ただの薬草茶ではない。絶妙な温度で抽出されたハーブの香りと、ハニーかぼちゃのくどくない自然な甘みが、完璧なバランスで調和している。
それに、微弱なリジェネ(自動回復)効果を持つ陽薬草のおかげで、こわばっていた肩の筋肉が嘘のように解れていくのが分かった。
「……すごく、美味しいわ。香りも良くて、体がポカポカしてくる。ユリウスはお茶を淹れるのが上手なのね」
「ほ、本当ですか? よかったぁ……」
私の感想を聞いた瞬間、ユリウスは目に見えない犬の耳と尻尾をパァッと垂れ下げ、心底ホッとしたように相好を崩した。
「僕、剣の才能はからっきしなんですけど、父さんが『騎士たる者、礼儀作法と野営での自活くらいは完璧にこなせ』ってすごく厳しくて。こういう雑用だけは、なぜか昔から得意なんです」
「雑用だなんて言わないで。こんなに美味しい紅茶、王都の一流サロンでもなかなか飲めないわよ」
私は素直な称賛を送った。
ふと、ティーカップを持つユリウスの手に視線が落ちる。
以前クロエも指摘していたが、彼の手のひらには、分厚く硬い剣ダコが刻まれている。幼い頃から血の滲むような過酷な修練を積まなければ、決してあんな手にはならない。
それだけの努力をしておきながら、本人は「才能はからっきし」「震えちゃうだけの臆病者」だと本気で思い込んでいるのだ。
「……ねえ、ユリウス。どうして私に、こんな風に気遣ってくれるの?」
気がつけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
「えっ? どうしてって……」
「私、今までこんな風に、見返りもなしに『休んで』って言われたことがなかったから」
ぽつり、と。
自分でも驚くほど、素直な声が出た。
前世のブラック企業では、私が徹夜で資料を作っても、上司は「お疲れ、じゃあ次はこの案件な」と新しい仕事を積み上げてくるだけだった。
缶コーヒーの一本を差し入れられたとしても、それは「もっと働け」という無言の圧力でしかなかった。
転生してからも同じだ。
エドワード殿下は私に「君の才能が必要だ」と甘い言葉を囁きながら、私が過労で倒れるギリギリまで国の借金処理や事務仕事を押し付けた。
私が有能であればあるほど、周囲は私を『便利な道具』として扱い、私自身も「期待に応えなければ価値がない」と自分をすり減らしてきた。
「だから……あなたが淹れてくれたお茶が、なんだか不思議で。私、あなたに何か利益になるようなことをしてあげられたかしらって」
少しだけ自嘲気味に笑った私に対し、ユリウスは目を丸くして――やがて、少しだけ困ったように眉尻を下げた。
「……レティシアさんは、不器用なんですね」
「えっ」
「だって、レティシアさんはこの村に着いてからずっと、自分のことより他人のことばかりじゃないですか」
ユリウスは、真っ直ぐな、けれどどこまでも優しい氷色の瞳で私を見つめた。
「身銭(経費)を切って村を救い、自警団のマンミアさんの疲れを癒やし、僕にまで温かいご飯や居場所をくれた。レティシアさんは『仕事だから』って言うかもしれないけど、僕から見れば、あなたは誰よりも優しくて、一生懸命で……ちょっと無理をしすぎる人です」
彼の言葉に、私の胸の奥でトクン、と小さな音が鳴った。
「誰かが頑張っているのを見たら、支えてあげたいと思うのは当然のことです。利益だとか見返りだとか、そんな難しいことは分かりません。ただ……僕が、レティシアさんに笑っていてほしいと思った。それだけじゃ、駄目ですか?」
――ズルイ。
そんなの、あまりにもズルイ。
下心なんて一切ない。ただ純粋な、100パーセントの善意。
損得勘定ばかりが渦巻く王城で生きてきた私の心に、彼のその見返りを求めない「普通の優しさ」は、どんな強力な治癒魔法よりも深く、甘く、強烈に染み込んでいく。
「……駄目じゃないわ。全然、駄目じゃない」
顔に熱が集まっていくのが分かった。
私は慌ててティーカップで口元を隠し、視線を逸らす。
「ありがとう、ユリウス。……おかげで、すごく元気が出たわ」
「本当ですか? えへへ、よかった。あ、クッキーも僕が焼いたんですよ! 太陽芋のパウダーを練り込んでるんです!」
私が顔を赤くしていることなど1ミリも気づいていない様子で、ユリウスは嬉しそうに尻尾を振る(幻覚が見える)ワンコのように笑っている。
これまでの私にとって、彼は「道中で拾った気弱な青年」であり、せいぜい「荷物持ちをしてくれる便利な同僚」程度の認識だった。
けれど今、私の心の中で、彼への評価がカチャリと音を立てて書き換えられていく。
彼は気弱かもしれないけれど、誰よりも他人の痛みに敏感で、温かい心を持った、かけがえのない『大切な人』なのだと。
(……やだ。私、柄にもなく、ドキドキしてる)
冷めかけていた心が、彼が淹れてくれた紅茶の温度と同じように、ポカポカと温かくなっていくのを感じていた。
「あらあら。見事に餌付けされてるわねぇ、うちの堅物OLちゃん」
「カッカッカ! 全くだ。だがまぁ、あのビビりの小僧、ただの気弱なワンコじゃねぇぞ。あの優しそうな面の皮の下にゃ、とんでもねぇ『化け物』が眠ってやがる」
少し離れた畑の陰から、イモッカのグラスを持ったクロエと、ポポロシガーを吹かすネギオが、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら私たちを観察していることなど、この時の私は知る由もなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第6話、ユリウスの「普通の優しさ」に触れるレティシアのお話でした。
ブラック環境で搾取され続けてきた彼女にとって、見返りを求めない純粋な気遣いは、何よりも心に刺さるクリティカルヒットです。
ヒロインの心のガードが下がり、少しずつユリウスという青年を「男」として意識し始めました。
しかし、当のユリウス本人は「レティシアさんが元気になってよかったー!(犬耳パタパタ)」と完全に無自覚です(笑)。
クロエとネギオの保護者コンビは、全てお見通しのようですね。
次回、第7話!
そんな少しずつ距離が縮まり始めた平和なポポロ村に、ついに「理不尽な悪意」が忍び寄ります。
あのブラック王太子(元婚約者)の息がかかった強欲貴族の登場です!
「ユリウスの淹れた紅茶飲みたい!」「レティシア、完全に絆されてる(笑)」「親友コンビのニヤニヤ視点最高!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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