土を耕す最強騎士。汗を流すことの本当の尊さと、泥まみれの誇り
土を耕す最強騎士。汗を流すことの本当の尊さと、泥まみれの誇り
夜明け前の、まだ薄暗いポポロ村。
冷たい朝露が草木を濡らす中、ドン吉たち十数人の農民は、重い足取りで自分たちの畑へと向かっていた。
「……腹減っただ」
「ああ。昨日の夜から、水しか飲んでねぇべ」
彼らの腹の虫が、情けない音を立てて鳴っている。
レティシア社長による『福利厚生の完全停止』と『特別レート(百倍価格)』という容赦のない兵糧攻めにより、彼らの手持ちの資金は完全に底をついていた。
いくら特別ボーナスで大金を手にしたとはいえ、働かずにボッタクリ価格の弁当ばかり買っていれば、破産するのは火を見るより明らかだった。
「俺たち、どうしてあんなに偉そうにしちまったんだべ」
ドン吉が、力なく呟いた。
お金があれば何でもできると思い込んでいた。ルナミスの貴族のように、他人に労働を押し付けて一生遊んで暮らせると本気で信じていたのだ。
だが、現実は違った。金があっても、現場で汗を流して食べ物を作ってくれる人間がいなければ、人はたった数日で飢えてしまう。
「……俺たちの畑、完全に枯れちまってるだべか」
数日間放置してしまった自分たちの畑。
あそこには、手塩にかけて育ててきた『月見大根』や『太陽芋』の苗が植わっていたはずだ。今から水をやっても、もう手遅れかもしれない。
それでも、彼らは自分たちの過ちを直視するために、重い足を引きずって畑へと向かった。
しかし。
畑に近づくにつれて、彼らの耳に奇妙な音が聞こえてきた。
――ザクッ、ザクッ、ザクッ。
それは、重いクワが硬い土を的確に捉え、深く掘り返す音だった。
「……なんだべ? 源蔵の親父さんが、俺たちの畑まで面倒見てくれてるだか?」
ドン吉たちが驚いて駆け足を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
東の空から、朝日がゆっくりと昇り始める。
その柔らかな光に照らされた畑の中で、泥まみれになりながら、黙々とクワを振るっている大柄な男の背中があった。
銀色の髪を汗で濡らし、パリッとしていたはずのエプロンを土で真っ黒に汚しながら、男は一つ一つの苗の周りの土を、まるで我が子を慈しむように丁寧にほぐしていく。
「ゆ、ユリウスの兄ちゃん……!?」
ドン吉が素っ頓狂な声を上げると、男――ユリウスはクワを止め、見えない犬耳をピンと立てて振り返った。
「あっ、ドン吉さん! 皆さん、おはようございます! 朝早くからお散歩ですか?」
ユリウスは、額に浮かんだ大粒の汗を腕で拭いながら、一点の曇りもない無邪気な笑顔を向けた。
「な、なんで……なんでユリウスの兄ちゃんが、俺たちの畑を耕してるだ!? 兄ちゃんは、村を守る最強の騎士様だべ!?」
ドン吉たちは混乱していた。
ユリウスの実力は、村の誰もが知っている。特A級の魔獣を一撃で氷漬けにし、神の権威を盾にした偽勇者を瞬殺した、バケモノじみた強さを持つ男だ。
そんな雲の上の存在である彼が、なぜ自分たちの代わりに、こんな泥臭い農作業をしているのか。
「お安い御用ですよ。朝の鍛錬の代わりにもなりますから」
ユリウスは、土のついた大きな手で頭を掻きながら、ふにゃりと笑った。
「ここ数日、皆さんが畑に来ていなかったので、土が少し硬くなっていたんです。月見大根は、土に空気を含ませてあげないと、甘くて美味しい大根に育ってくれませんからね」
「っ……」
その言葉に、ドン吉たちの胸がギュッと締め付けられた。
「レティシアさんが、皆さんに厳しいルールを作ったこと、怒っていますか?」
ユリウスが、少しだけ真剣な瞳になって問いかける。
ドン吉たちは、首を横に振ることもできず、ただ俯いた。
「レティシアさんは、皆さんに意地悪をしたくてあんなルールを作ったんじゃないんです。……お金は便利ですけど、お金そのものは『ご飯』にはなってくれません。誰かが土を耕して、種を撒いて、汗を流して育ててくれないと、僕たちは美味しいご飯を食べることができないんです」
ユリウスは、自分の足元にある黒い土を、優しくポンポンと叩いた。
「僕は、この村の皆で作るご飯が大好きです。源蔵さんや皆さんが、泥まみれになって一生懸命育ててくれた野菜だから、あんなに温かくて美味しいんです。……だから、皆さんの畑が枯れちゃうのは、すごく悲しいなって思って」
説教ではない。
ただ純粋に、「皆の作った美味しいご飯が食べたい」「皆に美味しいご飯を食べてほしい」という、底抜けの博愛主義。
見返りなど一切求めず、自分が泥を被ることを少しも厭わない、彼自身の気高い生き様がそこにあった。
「……うぅっ」
ドン吉の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
情けなかった。恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。
こんなにも強くて優しい人が、自分たちのために泥まみれになって汗を流してくれているというのに。自分たちは小金を手に持っただけでふんぞり返り、労働をバカにして、村の皆に迷惑をかけていたのだ。
「俺たちが……馬鹿だっただ……!」
「ユリウスの兄ちゃん、ごめんだ……! 社長様にも、源蔵の親父さんにも、とんでもねえ迷惑をかけちまっただぁぁっ!」
ニート農民たちは、畑の土の上に崩れ落ち、声を上げて泣きじゃくった。
ユリウスは少し困ったように眉を下げると、クワを置いてドン吉の背中を優しく撫でた。
「謝らなくていいんですよ。……さあ、皆さんも一緒に耕しましょう! お腹が空いている時は、体を動かして、皆で食べるご飯が一番美味しいですからね!」
その言葉に、ドン吉たちは涙を拭い、力強く頷いた。
「おうっ!! 貸してくれ兄ちゃん、そこからは俺たちの仕事だべ!」
「見てろよ、俺たちの本気の農作業を! 村で一番美味い大根を育ててみせるだ!」
彼らは農具小屋からクワやシャベルを引っ張り出し、凄まじい勢いで畑に入っていった。
朝日が昇りきる頃には、荒れかけていた畑は綺麗に整地され、彼らの顔には泥と汗、そして、労働の喜びを取り戻した清々しい笑顔が輝いていたのだった。
* * *
「……完璧ね。さすがは私の自慢の騎士だわ」
少し離れたルナキン・ポポロ支店のテラス席。
私は、淹れたてのコーヒーを片手に、畑で泥まみれになって笑い合うユリウスと農民たちの姿を見つめていた。
私の『兵糧攻め』で彼らの驕りをへし折り、ユリウスの『無償の汗』で彼らの誇りを蘇らせる。
あのアホなニート農民たちを更生させるには、これ以上ない完璧な連携だった。
「ええ、完敗です」
私の隣で、キャルル村長が小さく息を吐いた。
彼女もまた、ユリウスの姿をじっと見つめている。
「私はてっきり、レティシア社長が彼に命令して、農民たちの手本になるように畑仕事を行わせているのだと思っていました。……ですが、違いますね。あの働きぶりは、誰かに言われてやっているものではない」
「当然よ。彼が自分の意志で、誰よりも早く起きてやってるのよ。……馬鹿みたいにお人好しでしょ?」
私がクスッと笑うと、キャルルは「ええ」と頷き、自分の胸元――心臓のあたりをギュッと押さえた。
「『天は自ら助くる者を助く』。……王族の誰よりも、彼こそが真のノブリス・オブリージュ(高貴なる義務)を体現しています。ああ、ダメです、ますます好きになってしまいました」
「ちょっと、まだ諦めてなかったの?」
「当たり前です! 仕事の手腕ではレティシア社長に一目置きますが、恋のレースはまだまだこれからですからね!」
キャルルが、銀色の瞳をキラキラと輝かせて私に宣言する。
「……ふん、望むところよ。私だって、あんな最高の優良物件、誰にも渡す気はないんだから」
私はコーヒーカップを置き、キャルルと真っ向から視線を交わした。
村の成金ニート問題は、これにて無事に解決。ポポロ村は再び、活気と労働の喜びに満ちた『ホワイトな日常』を取り戻した。
……だが。
私たちが平穏な朝の空気に包まれ、ユリウスたちの姿に目を細めていた、まさにその直後。
この平和な大地の下で、ドンガン地下帝国から這い上がってきた『最悪の厄災』が、静かに、そして凶暴に牙を研いでいることに、私たちはまだ気づいていなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第5章の第7話、いかがでしたでしょうか。
ついにニート農民たちの更生回です!
空腹を抱えて畑に向かったドン吉たちが見たのは、誰よりも早く起き、泥まみれになって土を耕す最強騎士ユリウスの姿でした。
「お金そのものはご飯になってくれません」
「皆さんが作ってくれる泥まみれの野菜だから、美味しいんです」
説教するわけでもなく、ただ純粋に「皆の美味しいご飯のため」に汗を流すユリウス。
その裏表のない気高き背中を見て、農民たちは自分たちの驕りを恥じ、涙を流してクワを握り直します。
レティシアの「知略(兵糧攻め)」でへし折り、ユリウスの「優しさ(無償の汗)」で救い上げる。この二人の連携こそが、ポポロ村を支える最強の柱ですね!
キャルルもユリウスのノブリス・オブリージュな姿にますます惚れ込み、レティシアとのラブコメバトルも継続中です(笑)。
さて、次回第8話!
平和を取り戻し、皆で畑を耕していたその時……突如として大地が割れ、ドンガン地下帝国から暴走した古代兵器『死甲虫機』が強襲してきます!
「ユリウスかっこよすぎ!」「農民たち、目が覚めてよかった!」「ラブコメバトルも熱い!」と感動&ニヤニヤしていただけましたら、
ぜひページ下部(または右上)の【★で称える(ポイント評価)】から、星3つ(★★★)での全力応援をよろしくお願いいたします!
皆様の【ブックマーク】と【星評価】が、毎日更新を続けるための最大の福利厚生です!
どうか、引き続きポポロ村の物語への応援をよろしくお願いいたします!




