ポポロ村の成金病。働き者とニートたちの終わらない対立
ポポロ村の成金病。働き者とニートたちの終わらない対立
空の彼方へと消えていったロップ前村長のことなど、誰も気にする者はいなかった。
翌日、ルナキン・ポポロ支店の執務室にて。私と、月兎族の姫君キャルルは、村の今後の統治についてテーブルを挟んで向かい合っていた。
「なるほど。つまり、レティシア様がこの村の経営権や財政を握る『社長』であり、私が行政や防衛の現場を取りまとめる『村長』として共同統治する、ということでよろしいですね?」
キャルルが、出された紅茶を一口飲み、優雅な所作でカップを置いた。
彼女はショートパンツにパーカーというラフな格好ながら、その言葉遣いや姿勢には、王族としての高い教養と政治力が滲み出ている。
昨日のようなヤンデレ気質の暴走さえなければ、まさに完璧な『星の王子様』のような清廉さだ。
「ええ。前村長が持ち逃げした公金の穴埋めをして、この村のインフラを整えたのは私よ。だから経営権は譲れない。でも、村人たちの細かい行政手続きや、独自の風習まで私が全て管理するのは限界があったの。……あなたが村長として現場を見てくれるなら、すごく助かるわ」
「ふふっ。こちらこそ、光栄です」
キャルルは満面の笑みで頷いた。
交渉は驚くほどスムーズに進んだ。お互いの強みを活かす、完璧な『政経分離』の共同統治体制の確立である。
「よし、これで決まりね。これからよろしく、キャルル村長」
「はいっ! よろしくお願いします、レティシア社長!」
私たちが握手を交わそうとした、その時。
「レティシアさん、キャルルさん。お茶のお代わり、いかがですか?」
執務室のドアが開き、パリッとしたエプロン姿のユリウスが、お盆を持って入ってきた。
その瞬間。
キャルルの銀色の瞳が、キラァン!と不自然なほど明るい光を放った。
「ああっ、ユリウスさん! わざわざありがとうございますぅ! ユリウスさんの淹れてくれたお茶、すっごく美味しいですっ♡」
キャルルは立ち上がり、ユリウスの手からお盆を受け取ろうとするフリをして、彼のごつく大きな手に自分の小さな手をスリスリと擦り付けた。
「わっ、キャルルさん、危ないですよ。火傷したら大変ですから、僕がやりますね」
ユリウスは全く下心に気づかず、誰にでも向けるような、裏表のない純度100%の優しい笑顔で対応する。
その、誰に対しても隔てなく優しいヒーロー気質。
私や村人たちはその本質を知っているからこそ彼を信頼しているのだが……昨日彼と出会ったばかりのキャルルは、自分だけに向けられた特別な優しさだと盛大に勘違い(あるいは意図的に暴走)しているようだった。
「ユリウスさんって、本当に優しくて素敵ですね……♡ あの、私、お裁縫が得意なんですけど、今度ユリウスさんのエプロンに、可愛い人参の刺繍を入れてもいいですか?」
「えっ? 刺繍ですか? それは嬉しいです。ありがとうございます」
キャルルが上目遣いでグイグイと距離を詰める。
その光景を見て、私の胸の奥で、モヤモヤとした名前のない感情――いや、はっきり言えば『ヤキモチ』が、チリチリと音を立てて燃え上がり始めた。
(……ちょっと、何さっきから至近距離でイチャイチャしてるのよ)
私は、咳払いを一つして、わざとらしく立ち上がった。
「ユリウス。お茶出しはもういいわ。タローマートの裏にある倉庫に、新しい肥料のストックが届いているはずだから、検品をお願いできる?」
「あっ、はい! 分かりました、すぐに行ってきます!」
ユリウスは犬耳(幻覚)をピンと立てて、元気よく執務室を出て行った。
彼が出て行った途端、キャルルはフンッと鼻を鳴らし、私に向かって挑戦的な視線を送ってきた。
「……レティシア社長って、人使いが荒いんですね。あんなに素敵な騎士様を、ただの雑用係みたいに扱うなんて」
「あら。彼が率先して手伝ってくれているのよ。それに、仕事は仕事だわ」
バチバチッ!と、私たち二人の間に見えない火花が散る。
経営トップの社長と、現場トップの村長。
仕事上のパートナーとしては完璧だが、最強騎士を巡る『恋のライバル』としては、お互いに一歩も譲る気はなかった。
* * *
「おい! いい加減にしろお前ら!!」
私たちがルナキンから外に出ると、広場の方から物凄い怒鳴り声が聞こえてきた。
急いで駆けつけると、タローマート(スーパー)の前のベンチで、信じられない光景が広がっていた。
「あ〜? なんだべ源蔵。うるせえだなぁ。今、最高に気分がええところだべ」
村の農民の一部――若い者から中年の者まで十数人が、真昼間から顔を真っ赤にして、名物の『芋酒』のジョッキを片手に宴会騒ぎを繰り広げていたのだ。
彼らの足元には、タローソン(コンビニ)で買い占めた高級なツマミの空き箱が散乱している。
「何がええところだ! 今は月見大根の間引きの時期だべ! 畑仕事もせずに、昼間から酒食らってどうするつもりだ!」
怒鳴り声を上げていたのは、村のベテラン農家である泥沼源蔵(50歳)だった。
泥沼不倫騒動で妻の恵と冷戦状態にある彼だが、農業に対する情熱と真面目さだけは本物だ。
「畑仕事ぉ? アホくさい。俺達はもう金持ちだべ。もう汗水垂らして働かなくて、ええべ」
「そうだそうだ! 社長様が、天界の企業からたんまり金をふんだくってくれただ! 俺たちの口座にも、特別ボーナスがいっぱい振り込まれてるだ!」
宴会をしている農民の一人が、ヘラヘラと笑いながらジョッキを煽る。
「これだけ金がありゃ、一生遊んで暮らせるべ。畑仕事なんて、貧乏人に働かせればいいべよ。俺たちはもう、ルナミスの貴族と同じセレブだべ!」
「ぎゃはははっ! 違いねえだ!」
その言葉を聞いて、源蔵の顔が怒りで真っ赤に染まった。
「馬鹿野郎!! 幾ら金があっても、誰かが作らなきゃ食べ物は手に入らねぇだろ! 金が腹を膨らませてくれるわけじゃねえんだぞ!!」
「うるせぇな! 金があれば、王都から美味いもんをなんぼでも取り寄せられるべ! 時代遅れのジジイは黙って畑耕してろだ!」
「なんだと貴様ら……っ!!」
源蔵がクワを振り上げ、ニート化した農民たちが立ち上がって酒瓶を握りしめる。
一触即発の事態に、私は慌てて二人の間に割って入った。
「やめなさい!! 村人同士で喧嘩なんて、絶対に許さないわよ!」
私の大声に、農民たちはピクリと動きを止めた。
しかし、彼らの目には明らかな敵対心が燻っている。
「……なんてこと。完全に『成金病』ね」
後からやってきたクロエが、扇子で口元を覆いながら呆れたように呟いた。
莫大な利益を村人に還元し、皆を幸せにする。
それは私が目指す『ホワイト領地』の基本方針だった。しかし、今まで質素な生活をしていた者たちに、突然大金を与えた結果がこれだ。
一部の村人たちが、金を手にしたことで労働意欲を完全に失い、傲慢なニートと化してしまったのだ。
「レティシア社長。これは行政のトップである私の仕事ですね」
キャルルが、静かに一歩前に出た。
彼女の銀色の瞳が、鋭く冷たい光を放つ。
先ほどまでの恋する乙女の顔は消え失せ、そこにあるのは戦場を駆け抜ける武闘派の『王族』の顔だった。
「金を手にして堕落する……代表的な人間の弱さです。自助努力を忘れた者に、与えられる権利などありません」
キャルルは、自分の足元――特注の鉄板入り安全靴を地面にコツン、と鳴らした。
「私が、彼らのその腐った性根を、特注の安全靴で一人残らず『物理的に(回し蹴りで)』叩き直しましょうか。顎を砕けば、少しは目が覚めるはずです」
「ひっ……!?」
キャルルから放たれる凄まじい闘気と殺意に、ニート農民たちが酒気を飛ばして震え上がる。
「ちょっと待ちなさい、キャルル! ダメよ!」
私は慌ててキャルルを止めた。
「む、武力で強制労働させるなんて、それじゃ私が前世で嫌っていたブラック企業(奴隷制度)に逆戻りじゃない! 恐怖で支配しても、本当の解決にはならないわ!」
「では、どうするのですか? このまま放置すれば、真面目に働いている源蔵さんたちが割を食うだけですよ?」
キャルルの正論に、私はぐっと言葉を詰まらせた。
彼女の言う通りだ。真面目な働き者が損をし、怠け者が得をするような組織は、あっという間に崩壊する。
金を取り上げることもできない。暴力で従わせることもしたくない。
(……なら、どうする?)
私は、前世の社畜時代に培った『人事・労務管理』の知識を総動員した。
金を手にして傲慢になった人間を、自らの意志で再び立ち上がらせるには。
「……分かったわ。社長の私が、直接『社内改革』を行うわよ」
私は、ニート農民たちと、キャルルを交互に見据えた。
金という魔力に溺れた彼らに、労働の本当の価値を教え込む。有能社長による、情け容赦のない『兵糧攻め』の計画が、私の頭の中で静かに組み上がろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第5章の第2話、いかがでしたでしょうか。
レティシアとキャルルの「政経分離」による共同統治が決定! 仕事のパートナーとしては完璧な二人ですが、ユリウスを巡るラブコメ大戦争ではバチバチと火花を散らしています(笑)。
裏表なく誰にでも優しいユリウスの態度は、キャルルをさらに勘違い(ヤンデレ化)させてしまうようです。
そして、ポポロ村に新たな大問題が発生!
莫大な特別ボーナスを手にしたことで、一部の農民たちが「もう一生遊んで暮らせる」「貧乏人に働かせればいい」と堕落し、完全なニート(成金病)と化してしまいました。
真面目な泥沼源蔵との間で、村が真っ二つに割れる大喧嘩に!
「安全靴(回し蹴り)で顎を砕いて強制労働させましょうか」と極端なブラック提案をする武闘派・キャルルに対し、レティシアは「それじゃダメよ!」とストップをかけます。
恐怖による支配ではなく、経営者としての知恵で解決する。レティシアの「社内改革」の計画とは!?
次回、第3話!
ニート問題に頭を抱えるレティシアの前に、ポンコツ女神リリスがアホな発言で火に油を注ぎます!
「パンがなければお菓子を食えばいいんですぅ」
そして、レティシアのえげつない『兵糧攻め』がスタート!
「成金ニートあるある」「キャルル過激すぎる(笑)」「レティシア社長、腕の見せどころ!」とワクワクしていただけましたら、
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