【絶頂カタルシス】「皆を傷つけることだけは許しません」
【絶頂カタルシス】「皆を傷つけることだけは許しません」
「……リリス!!」
広場を焦がす炎の熱波の中、私の鋭い号令が響き渡った。
「はいぃっ! エステティシャン・リリス、特大のフェイシャル(暴露)いきますぅ!!」
リリスが、エンジェルすまーとふぉんの画面を力強くタップし、最後の実行キー(エンター)をターンッ!と叩いた。
その瞬間、ゼロスの周囲を飛び回っていた数台の魔導ドローンのレンズが、一斉に不自然な赤い点滅を始めた。ゴッドチューブの全世界向け生配信の管理者権限が、完全に私たちの手へと渡った合図だった。
しかし、そんな裏側のシステム崩壊に、愚かな偽勇者は全く気づいていなかった。
ゼロスは、自分の完璧な『自作自演の救出劇』を邪魔されたことで、完全に頭に血が上り、私に向かって醜く顔を歪めていた。
「チッ……! 何をごちゃごちゃ抜かしてやがる! 魔王に洗脳された哀れな小娘が、俺の邪魔をするってんなら……ここでまとめて『成敗』してやるよ!」
ゼロスは、スポンサーからの【マネー(課金)】スキルで極限までブーストさせた(つもりの)身体能力で地面を蹴った。
彼の手にある白銀の聖剣が、燃え盛る炎の明かりを反射してギラリと光る。
「死ねぇ! 邪魔な女ァ!!」
狂気に満ちた叫びと共に、ゼロスの聖剣が私の脳天に向かって無慈悲に振り下ろされた。
私は、一歩も引かず、瞬きすら結ばなかった。
なぜなら、私には世界で一番頼りになる『盾』がついているのだから。
――カキンッ!!!
戦場の空気を劈くような、甲高く、澄み切った金属音が響き渡った。
「なっ……!?」
ゼロスが、驚愕に目を見開く。
私の鼻先、ほんの数ミリの空間。
私を両断しようとしたその聖剣は、青白い絶対零度の冷気を纏った『オリハルコン・ソード』によって、完璧に、そしていとも容易く受け止められていた。
「皆を傷つける者は……許しません!」
静かで、しかし確かな怒りを孕んだ声。
いつの間にか私の前に立ち塞がっていたのは、先ほどまで地面に膝をつきかけていたはずのユリウスだった。
彼の背中は、今まで見たどの瞬間よりも大きく、そして誇り高く見えた。
「て、テメェ……っ!」
ゼロスが顔を引き攣らせ、聖剣を押し込もうとするが、ユリウスの腕は岩のように微動だにしない。それどころか、オリハルコン・ソードから放たれる凄まじい冷気が、ゼロスの聖剣を伝って彼の手首を凍りつかせようとしていた。
「良いのか!? カメラが回ってるぞ!?」
力で敵わないと悟ったゼロスは、最大の武器である『世論』と『神の権威』を盾に絶叫した。
「今ここで俺を斬れば、お前は世界中の神々を敵に回すことになるんだぞ! 正真正銘の、世界の敵(魔王)として認定されるんだ! お前も、この村の連中も終わりだ!!」
その卑劣な脅迫。
今までなら、ユリウスはその呪縛に囚われ、拳を下ろしてしまっていただろう。
しかし、今の彼の氷色の瞳には、一切の迷いも、揺らぎもなかった。
「構いません!」
ユリウスの声が、広場の熱を凍てつかせるほどの絶対的な覚悟と共に響いた。
「ひっ……!」
ユリウスが、オリハルコン・ソードで聖剣を弾き飛ばし、ゼロスに向かって静かに一歩、踏み込む。
その瞬間、彼から放たれたバケモノじみた闘気と殺意に当てられ、ゼロスは腰から砕け落ちそうになった。
「僕をどう呼ぼうと構いません」
静かな宣告が下る。
「臆病者でも」
「軟弱者でも」
「魔王でも」
ユリウスは、私や村人たち、そして燃え盛る倉庫に閉じ込められた人たちを完全に背に庇い、己の命も名誉も全てを捨てる覚悟で、ゼロスを見据えた。
「ですが――皆を傷つけることだけは、許しません」
それは、究極の自己犠牲であり、究極の利他主義。
自分の価値などどうでもいい。世界中から迫害されても構わない。ただ、目の前の理不尽から大切な人たちを守り抜くためだけに、彼は『魔王』になることを選んだのだ。
「ひ、ひいい……っ、正気か!? 狂ってやがる……!」
ゼロスが恐怖に顔を歪め、後ずさる。
その無様極まりない姿を見て、私はたまらなく愛おしい気持ちでユリウスの背中を見つめた。
(本当に、馬鹿なんだから。……でも、そんなあなただからこそ、私は全力で守りたくなるのよ)
「……あーら。そのカメラの件だけど」
私は、ユリウスの背後からゆっくりと歩み出た。
そして、ゼロスの顔の前に、リリスから受け取った『エンジェルすまーとふぉん』の画面を突きつけた。
「今、どうなってるか見る? 貴方のヤラセ、全部裏付け取って拡散しといたわよ。……絶賛、大炎上中よ?」
「は、はぁ……っ!?」
ゼロスが目を剥いてスマホの画面を覗き込む。
そこには、ゴッドチューブの彼自身の配信画面が映し出されていた。しかし、そこに流れている音声は彼のものではなく、ダミ声混じりの不気味な声――ポポロ村の特産品『ネタキャベツ』が録音した、昨夜の密談の音声だった。
『燃え盛る炎と、逃げ惑う哀れな村人たち。そこに俺が颯爽と現れ、魔王の残党の仕業だと言いがかりをつけて……あいつに全ての罪をなすりつける!』
『魔王の残党が、勇者様に完全降伏して哀れに命乞いをする。……これ以上ない、最高の撮れ高だろ?』
「な、なんだこれはぁっ!? なんで俺の配信で、昨日の声が流れて……っ!」
「それに、コメント欄も見てみなさいよ」
私の言葉に、ゼロスが画面の端を見る。
そこには、かつて彼を崇拝していた神々やリスナーたちからの、怒りに満ちたコメントが滝のように流れ続けていた。
『自分で火をつけておいて勇者面とかマジでクズ』
『この大男、村を守るために無抵抗で殴られてたのか……泣ける』
『神敵はお前だろゼロス!』
『今まで投げたスパチャ全額返金しろ詐欺師!!』
「そ、そんな……俺の、栄光が……っ」
ゼロスが、信じられないものを見るように画面と魔導ドローンを交互に見つめ、ガタガタと震え出す。
「つまり」
私の隣に、真紅の髪を揺らしたクロエが進み出た。
彼女は冷酷な商人の笑みを浮かべ、ピシャリと扇子を閉じてゼロスを指差した。
「あんたを応援しようとしてる人なんて、もう天界にも下界にも一人もいなくて。……あんたをぶん殴りたい奴らが、山ほどいるってことよ!」
クロエの容赦のないトドメの宣告。
さらにクロエの裏工作により、画面の上部には『ホーリー・アームズ社、スポンサー契約即時解除』『エンジェル・ファーマシー、損害賠償請求の準備』というニューステロップまでデカデカと表示されていた。
「あ、あぁ……あぁぁぁっ……!」
名声も、金も、権力も。自分が誇っていた全てのものが、一瞬にして砂のように崩れ去っていく。
ゼロスは頭を抱え、絶望の叫び声を上げた。
「ユリウス! 今よ!」
「はいっ!」
私が叫ぶと同時、ユリウスはゼロスを一瞥することなく、燃え盛る農業倉庫へと向かって左手を突き出した。
もう、魔王と呼ばれて討伐される心配などない。全世界が、彼が『守護者』であることを知っているのだから。
「――『フリーズ』!!」
パキィィィィィンッ!!
絶対零度の魔力が、広場を包み込んでいた熱波を一瞬で食い尽くした。
倉庫を飲み込んでいた炎上神ワイズの炎が、瞬く間に青白い氷の結晶へと変わり、ピタリと静止する。熱も、煙も、全てが氷結した無音の世界。
「爺ちゃん! トミー!!」
自警団のマンミアたちが氷を砕いて倉庫の中に飛び込むと、そこには傷一つなく、ただ寒そうに身を寄せ合っている老人と孫の姿があった。
「助かったべ……ユリウスの兄ちゃんが、魔法で火を凍らせてくれただ……!」
「うおおおおっ! ユリウス万歳!! レティシア社長万歳!!」
村人たちから、割れんばかりの歓声が上がる。
それは、カメラを通した虚飾の称賛ではない。心からの感謝と、絶対的な信頼の証だった。
「これで、チェックメイトよ。自称・勇者さん」
私は、絶望にへたり込むゼロスを見下ろし、極上の笑みを浮かべた。
物理的な暴力は最強の騎士が防ぎ、社会的な悪意は有能社長が完膚なきまでにへし折る。
これこそが、私たちのホワイト村が誇る、無敵のパートナーシップなのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第4章の第8話、いかがでしたでしょうか。
ついに来ました【絶頂カタルシス】回です!!
ゼロスがレティシアに剣を振り下ろした瞬間、ユリウスの絶対零度の剣がそれを防ぎます。
「魔王と呼ばれても構わない。皆を傷つけることだけは許しません!」
この究極の自己犠牲と覚悟、最高にかっこいいですよね。
しかし、ユリウスに重い十字架を背負わせるレティシアではありません!
「あーら、そのカメラの件だけど。絶賛大炎上中よ?」
リリスのハッキング、ネタキャベツの音声暴露、そしてクロエのスポンサー剥がし。全てが完璧に噛み合い、ゼロスのヤラセは全世界に公開処刑されました!
クロエの「あんたをぶん殴りたい奴らが山ほどいるわよ!」の決め台詞、スカッとしますね!
そして、しがらみのなくなったユリウスは一瞬で倉庫の炎を凍らせ、村人を無事に救出。これにて一件落着……と言いたいところですが。
次回、第9話!
全てを失い完全に逆上したゼロス。彼は残された全財産を【マネー】スキルに注ぎ込み、バケモノ級にブーストさせてユリウスに襲いかかります。
『課金』VS『絶対零度』。虚飾の力と本物の力の激突です!
引き続き、ポポロ村の物語への応援をよろしくお願いいたします!




