仕組まれた大火災。偽勇者の罠と、最強騎士の極限の自己犠牲
仕組まれた大火災。偽勇者の罠と、最強騎士の極限の自己犠牲
太陽が南の中天に差し掛かり、ポポロ村に昼の長閑な空気が漂っていた頃。
村の広場では、数台の魔導ドローンがけたたましい羽音を立てて空を舞い、中央に立つゼロスを様々なアングルから映し出していた。
「ヘイヘイ! 世界中の神様たち、見てるぅ!? 勇者ゼロスだぜ! 今日は予告通り、この辺境の泥村に潜む『魔王の残党』の恐ろしさを、皆にバッチリ見せてやるからな!」
ゼロスがカメラに向かってウインクを決めると、ドローンのモニターには天界からのスパチャ(投げ銭)やコメントが次々と流れていくように見える。
……もっとも、昨夜のクロエの『スポンサー剥がし』によって彼の収益化ラインは完全に凍結されており、今彼が見ているスパチャの演出は、リリスがハッキングで仕込んだ『フェイク(ダミー映像)』なのだが。
そんなこととは露知らず、ゼロスは有頂天になってカメラに語りかけていた。
「さあて、魔王の残党はどこにいるかなぁ? おーい、出てこいよバケモノ!」
ゼロスがわざとらしく周囲を見渡すと、彼の背後に控えていた取り巻きたちが、合図を受けてニヤリと笑った。
彼らは広場の端にある『農業倉庫』――村人たちが一生懸命に育てた月見大根や、冬を越すための大切な食料が保管されている木造の建物へと近づき、懐から火炎属性の魔石を取り出した。
――ボッ!!
魔石が投げ込まれた瞬間、乾いた木材に一気に火が燃え移った。
炎上神ワイズの加護(という名目の単なる火力増幅アイテム)を受けた炎は、あっという間に倉庫全体を包み込み、黒煙が空高く立ち上った。
「火事だぁぁっ!!」
「倉庫が燃えてるべ!! 誰か水を持っこい!!」
平穏だった広場が、一瞬にしてパニックに陥る。
逃げ惑う村人たち。農家のおじさんたちが悲鳴を上げながらバケツリレーを始めようとするが、炎の勢いは尋常ではなく、近づくことすらできない。
「うおおおっ!? みんな見てくれ! 大変だ!!」
ゼロスはカメラを燃え盛る倉庫に向け、大げさに驚いたふりをして叫んだ。
「魔王の残党が、村の倉庫に火を放ちやがった! なんて恐ろしいバケモノなんだ! 善良な村人たちの食料を焼き尽くすなんて、絶対に許せねえ!!」
自分で火を放っておきながら、全ての罪をユリウスになすりつける。
そのあまりにも卑劣で下劣な自作自演に、私はルナキンのテラスから、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「レティシアさん……! あいつ、本当に火をつけましたよぅ! 今すぐ配信を乗っ取りますか!?」
隣でエンジェルすまーとふぉんを構えるリリスが、涙目で聞いてくる。
「待って。まだよ。……私たちが介入するのは、あいつが『一線』を越えてからだわ」
私は、炎の前に立つユリウスの背中をじっと見つめていた。
「おい、バケモノ。……いいか、絶対に動くなよ」
燃え盛る倉庫の前に立っていたユリウスが、魔法で火を消し止めようと手をかざしかけた瞬間。
ゼロスが、ユリウスの背後から低い声で脅しをかけた。
「お前があの火を魔法で消したら、カメラの前の連中は『やっぱりあいつが魔王だから、あんな不気味な魔法が使えるんだ』って思うだろうな。お前が動けば、この村は完全に『神敵』として認定される。……そうなれば、明日の朝には討伐軍が来て、村人全員が火あぶりだぞ」
「っ……!」
ユリウスの指先が、空中でピタリと止まった。
彼の中には、絶対零度の『フリーズ』を放てる魔力が渦巻いている。指を一度鳴らすだけで、あの忌まわしい炎など一瞬で氷の彫刻に変えることができる。
だが、自分が力を使えば、村の皆が世界中から狙われることになる。その呪縛が、彼の足を重く縫い付けていた。
「た、助けてくれぇっ!!」
その時、燃え盛る倉庫の中から、悲痛な叫び声が上がった。
倉庫の奥で作業をしていた農家の老人と、その孫の小さな男の子が、逃げ遅れて炎の中に閉じ込められてしまったのだ。
「爺ちゃん!! トミー!!」
マンミアたち自警団が助けに入ろうとするが、入り口の梁が崩れ落ち、炎の壁に阻まれて中に入れない。
「おい、どうすんだ魔王。あのままだと、あのジジイとガキは黒焦げだぞ?」
ゼロスが、ユリウスの耳元で悪魔のように囁く。
ユリウスの額から、焦燥の汗が流れ落ちる。彼はギリッと唇を噛み締め、拳から血が滲むほど強く握りしめた。
「……僕が、助けます。僕をどう扱ってもいい。だから……」
「ダメだね」
ゼロスはニヤリと笑い、カメラ(ドローン)を自分とユリウスの顔にアップで寄せた。
「あの二人を助けるのは、神に選ばれた『正義の勇者』であるこの俺だ。……だが、タダで助けてやる義理はねえな」
ゼロスはユリウスの前に立ち、見下すようにアゴをしゃくった。
「カメラの前で、俺に土下座しろ。そして涙を流して命乞いしろ。……『どうか村の皆だけは助けてください、偉大なる勇者ゼロス様』ってな。魔王の残党が、勇者様に完全降伏して哀れに命乞いをする。……これ以上ない、最高の撮れ高だろ?」
「なっ……」
周囲の村人たちが、ゼロスの外道すぎる要求に息を呑んだ。
人の命がかかっているこの極限状態で、己の承認欲求を満たすためだけに土下座を強要する。もはや人間の皮を被った悪魔の所業だった。
「ひどい……ひどすぎますぅ……!」
リリスが泣き崩れ、クロエも扇子を持つ手をプルプルと震わせている。
「さあ、どうする? 迷ってる間に、あのガキは丸焦げになっちまうぜ?」
ゼロスが薄汚い笑い声を上げる中。
ユリウスは、燃え盛る炎と、その中で泣き叫ぶ子供の姿を見つめた。
そして。
彼は一切の迷いなく、己の膝を地面へと折ろうとした。
(――構わない)
ユリウスの心の中に、躊躇いは微塵もなかった。
土下座をして、惨めに命乞いをして、世界中に笑い者にされる。
勇者にへつらう情けない男だと、永遠に馬鹿にされる。
それがどうしたというのだ。
自分のくだらないプライドや尊厳など、村の皆の命に比べれば、塵芥ほどの価値もない。
あの時、レティシアは言ってくれた。「私たちはあなたの味方だ」と。
彼女が信じてくれているなら。彼女が笑ってくれるなら。
泥でも靴でも、いくらでも舐めてやる。
「……どうか」
ユリウスが、ゼロスの足元に膝をつき、深く頭を下げようとした、その瞬間。
「……もう十分よ、ユリウス」
静かに、けれど広場中の炎の音すらも凍りつかせるような、凜とした声が響き渡った。
「えっ……レティシア、さん?」
膝をつきかけていたユリウスが、ハッと顔を上げる。
私は、ルナキンのテラスからゆっくりと階段を降り、広場の中央へと歩み出ていた。
私の横には、魔導通信石を起動させたクロエと、エンジェルすまーとふぉんを構えたリリスが、静かな怒りを纏って付き従っている。
「なんだテメェ。引っ込んでろ、今いいところなんだよ!」
ゼロスが忌々しそうに舌打ちをするが、私は彼を完全に無視して、ユリウスの前に立った。
「よく耐えてくれたわね。私の大切な、自慢の騎士」
私は、泥だらけになったユリウスの頬にそっと触れ、優しく微笑みかけた。
自分を犠牲にしてまで皆を守ろうとした彼の健気さに、胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死に堪える。
「でも、もう我慢しなくていいわ。……あなたが誰かに膝を折る必要なんて、この世界のどこにもないんだから」
「レティシアさん……でも、僕が動いたら、村が神敵に……」
「させないわよ。社長が、あなたを守るって言ったでしょ?」
私はユリウスの手を引き、力強く立ち上がらせた。
そして、信じられないほど冷酷で、全てを見下すような目で、ゼロスと彼を映すドローンカメラを睨み据えた。
「ちょっと、そこの『コンプライアンス違反の迷惑系配信者』」
「あぁ!?」
「あなたのその薄汚いヤラセ動画……ここで、強制打ち切り(キャンセル)にさせてもらうわ」
最強の騎士が物理的に耐え忍んだ時間は、終わった。
ここからは、ホワイト村の有能社長による、情け容赦のない『特別監査』の時間だ。
「……リリス!!」
私の号令と共に、反撃の狼煙が、世界中のネットワークに向けて放たれようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第4章の第7話、いかがでしたでしょうか。
ゼロスの仕組んだ大火災。逃げ遅れた村人を人質に取り、「助けてほしければ土下座して命乞いしろ」とユリウスに迫る、まさに外道の極みです。(ゼロスへのヘイトがカンストした読者様、ご安心ください。もうすぐ特大のざまぁが来ます!)
ユリウスは、自分の尊厳など一切気にせず、皆の命のために迷わず土下座しようとします。
「レティシアさんが信じてくれるなら、泥でも靴でも舐めてやる」
彼のこの究極の自己犠牲と底なしの優しさに、思わず涙が出そうになりますね。
しかし、ユリウスの膝が地面につく直前!
ついに我らが有能社長・レティシアが立ち上がりました!
「もう我慢しなくていいわ。社長の私が、あなたを守るって言ったでしょ?」
次回、第8話!
【絶頂カタルシス】回です!!(※先生の神アイデア完全再現!)
ゼロスが逆上してレティシアに剣を振り下ろす中、ユリウスの堪忍袋の緒が切れます!
「魔王と呼ばれても構わない。皆を傷つけることだけは許しません!」
そして炸裂する、女子チームの情報戦(ヤラセ暴露)による超特大の大炎上!!
「レティシアかっこよすぎる!」「ゼロス震えて眠れ」「ユリウス、ぶっ飛ばしてやれ!」と胸を熱くしていただけましたら、
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