迷惑系勇者の来襲! カメラと権力を盾にしたヤラセ配信と、最強騎士の受難
迷惑系勇者の来襲! カメラと権力を盾にしたヤラセ配信と、最強騎士の受難
ゼロス・ディバインがポポロ村にやってきたのは、彼が動画で予告した翌日のことだった。
空には彼を映し続ける数台の『魔導ドローン(浮遊型録画機)』が飛び回り、村の広場に足を踏み入れたゼロスは、大げさな身振り手振りでカメラにウインクを飛ばした。
「ヘイヘイ! 神様たち見てるぅ!? 勇者ゼロス、予告通り『魔王の残党が潜む』っていう辺境の泥村、ポポロ村に到着したぜ! うーん、やっぱり田舎は空気が臭えな! こんなド田舎に本当に魔王がいるのか、俺がバッチリ調査してやるから、スパチャよろしくな!」
白い歯をキラリと光らせながら、土足で村の広場を練り歩くゼロス。その後ろには、荷物持ちのような取り巻きが数人付き従っている。
村人たちは、突然現れた派手な闖入者に困惑し、遠巻きに眺めていた。
「なんだべ、あのチャラチャラした兄ちゃん」
「空飛んでる丸い石が鬱陶しいだ……ポポロ・タバコの葉に傷がついたらどうするだ」
私がルナキンのテラス席から様子を窺っていると、ゼロスは農家のおじさんが収穫したばかりの『月見大根』の籠にズカズカと歩み寄り、勝手に一つを手に取った。
「おっ、なんだこの丸っこい野菜。貧乏くせえな。魔王の残党はこんなもん食ってんのか? ……ペッ、泥臭くて食えたもんじゃねえ!」
ゼロスは一口も齧っていない大根を、まるで汚物でも扱うかのように地面に放り投げ、厚底のブーツでグシャリと踏み躙った。
「ああっ! おらの月見大根が!」
「ヘッ、勇者様が踏んでやったんだ、ありがたく思えよ爺さん」
――ピキッ。
私のこめかみに、青筋が浮かんだ。
手塩にかけて育てた社員(村人)たちの努力の結晶を、動画の『撮れ高』のためだけに踏みにじる。その傲慢な態度は、私が前世で最も嫌悪していた『他者へのリスペクトが欠落したクズ』そのものだった。
「……あの男、調子に乗りすぎよ」
「ええ。早速、私の商会のブラックリストの最上位に登録しておいたわ」
クロエが冷ややかに扇子を広げる。
しかし、ゼロスの暴挙はそれだけでは終わらなかった。
彼は取り巻きに目配せをすると、取り巻きの一人が、荷馬車に積んでいた巨大な鉄の檻にかけられた布をバサリと剥ぎ取ったのだ。
檻の中には、凶暴な涎を垂らす『ブラッド・ウルフ』が数頭、興奮状態で閉じ込められていた。本来、この辺りの森には生息していない危険な魔獣だ。
「おい、まさか……!」
私が嫌な予感に立ち上がろうとした瞬間。
「おおっと! みんな見てくれ! こんな村のド真ん中に、凶暴な魔獣が潜んでやがった! やっぱりこの村は危険だ!」
ゼロスがカメラに向かってわざとらしく叫ぶと同時、取り巻きが檻の鍵を開け放った。
「グルルルルルッ!!」
自由になったブラッド・ウルフたちが、一番近くにいた農家のおじさんたちに向かって牙を剥いて飛びかかる。
「ひぃぃっ!?」
「助けてくれぇっ!」
逃げ惑う村人たち。それをカメラで撮りながら、ゼロスはニヤリと笑った。
「さあ! 絶体絶命の村人たちを救うため、勇者ゼロスの登場だ! ここで俺が華麗に魔獣を倒せば、スパチャの嵐は間違いなし――」
ゼロスが聖剣を抜き、カメラ映りを意識したポーズで飛び出そうとした。
自分の名声を高めるために、わざと魔獣を放ち、村人を危険に晒して『自作自演の救出劇』を演じる。それが彼の、あまりにも卑劣なヤラセの手口だったのだ。
しかし。
彼が聖剣を振りかぶるよりも、遥かに速く。
――ヒュンッ!
空気を切り裂くような冷たい風が、広場を駆け抜けた。
農家のおじさんに飛びかかろうとしていたブラッド・ウルフたちの動きが、空中でピタリと静止する。
次の瞬間、パキィィンッ!という甲高い音と共に、魔獣たちは全身を青白い氷に包まれ、一瞬にしてカチコチの氷像へと変わってしまった。
「……えっ?」
ゼロスが、間の抜けた声を漏らして聖剣を空振りする。
氷の彫刻となった魔獣たちの前に、一人の長身の青年が静かに着地した。
エプロン姿のままのユリウスだった。
彼は剣すら抜いていない。ただ、村人たちを庇うように立ち塞がり、右手をスッと前にかざしているだけだった。
「だ、大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
ユリウスが、オドオドと農家のおじさんたちを気遣う。
「お、おお……ユリウスの兄ちゃん、助かったべ!」
自分の『見せ場』を完全に横取りされたゼロスは、顔を真っ赤にしてワナワナと震え出した。
「て、テメェ……! 何しやがった!!」
「えっ?」
ユリウスが首を傾げると、ゼロスはズカズカと彼に詰め寄り、その胸倉を乱暴に掴んだ。
「俺の、勇者であるこの俺の最高にクールな見せ場を、よくもぶち壊してくれたな! あそこで俺が助けて、スパチャが大量に飛んでくるはずだったんだぞ! 営業妨害だ! どう落とし前つける気だ!!」
「あ、えと……すみません。でも、皆さんが危なかったから……」
ユリウスは、胸倉を掴まれても一切抵抗せず、ペコペコと頭を下げた。
自分が悪くない状況でも、相手が怒っていればまず謝ってしまう。それが彼の気弱なところだ。
だが、ゼロスはそのユリウスの態度を見て、あることを閃き、ひねくれた笑みを浮かべた。
彼はすかさず自分の周囲を飛ぶドローン(カメラ)を操作し、ユリウスの顔をドアップで映し出した。
「みんな見てくれ! こいつだ! こいつが、この村に潜む『魔王の残党』だ!」
「えっ!? 僕が、魔王……?」
突然の指名手配に、ユリウスが目を丸くする。
「そうだ! 見ただろ今の不気味な魔法! あんな一瞬で魔獣を凍らせるなんて、普通の人間じゃねえ! こいつは善良な村人のフリをして、世界を滅ぼす機会を狙ってるバケモノだ! 神々の名において、この勇者ゼロスが、こいつの邪悪な本性を暴いてやる!」
ゼロスはカメラに向かって声高に叫びながら、ユリウスを指差して見下した。
「おいバケモノ! 俺に逆らえば、この動画を見ている天界の神々が黙っちゃいないぞ! お前は『神の敵』として、世界中から討伐隊を差し向けられることになるんだからな! 村の連中も同罪だ!」
――神の敵。
その言葉は、ファンタジー世界において絶対的な呪縛だ。
ゴッドチューブで配信されている以上、ゼロスの背後には『炎上神ワイズ』をはじめとする神々が存在する。彼に刃を向ければ、それは神への反逆と同義となり、ポポロ村全体が世界中から非難と討伐の対象になってしまうのだ。
「っ……」
ユリウスの表情が、ハッと強張った。
彼は自分のためなら、どれだけ理不尽な扱いを受けても気にしない。だが『村の皆が同罪になる(巻き込まれる)』と言われた瞬間、彼の手足を縛る見えない鎖が、完全に彼を絡め取った。
ユリウスの実力なら、ゼロスのような張り子の虎など、指一本で凍らせることができる。
しかし、彼がここで手を出せば、ポポロ村は終わる。
皆を守るためには、彼は絶対に、この卑劣な勇者に抵抗してはいけないのだ。
「ふはははっ! ビビって声も出ねえか、魔王の残党め! さあ、俺に土下座して靴を舐めろ! 俺の動画の引き立て役として、せいぜい惨めに命乞いしてみろよ!」
ゼロスが調子に乗り、ユリウスの膝を力任せに蹴りつけた。
ゴツン、と鈍い音が響く。
ユリウスは全く痛そうな素振りを見せなかったが、抵抗もしなかった。ただ、グッと唇を噛み締め、皆を守るために、その理不尽な暴力を黙って受け入れようとしたのだ。
(――冗談じゃないわ)
私は、ルナキンのテラス席から立ち上がり、ヒールを鳴らして広場へと歩み出た。
私の胸の奥で、かつてないほどの冷たく、激しい怒りの炎が燃え上がっていた。
「……ちょっと、そこの『自称勇者』さん」
私の氷のように冷たい声に、ゼロスが肩をすくめて振り返る。
「あぁ? なんだテメェ。俺の動画に口出しす――」
「ユリウス」
私はゼロスを完全に無視して、膝をつきそうになっているユリウスの肩を、ポンと優しく叩いた。
「レティシア、さん……ごめんなさい。僕が魔王って言われたせいで、村に迷惑が……」
「謝らなくていいわ。あなたは、私たちの自慢の騎士なんだから」
私は彼に向かってニッコリと微笑み、そして、信じられないほど不快なゴミを見るような目で、ゼロスと、彼を映し続けるカメラのレンズを睨みつけた。
「ユリウス、あなたは手を出さないで。……この手の『コンプライアンス違反のクズ』を社会的に抹殺するのは、社長の仕事よ」
物理的な脅威は、彼が全て防いでくれた。
ならば今度は、私が彼を守る番だ。
現代社会の『炎上』の恐ろしさを、前世の社畜時代に嫌というほど叩き込まれた有能社長の、徹底的な『監査』の幕が上がろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第4章の第2話、いかがでしたでしょうか。
ついに来襲した迷惑系勇者ゼロス。村の野菜を踏み躙り、わざと魔獣を放ってヤラセ動画を撮ろうとする、清々しいほどのクズっぷりです。
しかし、そのヤラセの魔獣をユリウスが瞬殺! 撮れ高を奪われたゼロスは逆ギレし、カメラと神の権威を盾にユリウスを「魔王」に仕立て上げます。
「俺に手を出せば村が神の敵になるぞ」
その卑劣な脅しに、皆を守るために抵抗を封じられてしまうユリウス。彼が不器用だからこそ、こういう盤外戦術には弱いのです。
だが、そんな彼を庇うように立ち塞がったのは、我らがレティシア社長でした!
「あなたは手を出さないで。クズを社会的に抹殺するのは、私の仕事よ」
ユリウスが物理的な盾になり、レティシアが社会的な盾になる。最強のパートナーシップがここから始まります!
次回、第3話!
ユリウスへの理不尽な嫌がらせがエスカレートする中、レティシア率いる「ホワイト村監査チーム(女子3人)」が、情報戦の反撃準備を開始します!
「ゼロス腹立つ!」「レティシア社長かっこいい!」「ユリウスをいじめるな!」とフラストレーションを溜めていただけましたら、
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