氷結の蹂躙。強さのベクトルと、父が気づいた戦う理由の違い
氷結の蹂躙。強さのベクトルと、父が気づいた戦う理由の違い
千を超える上位魔獣の大群と、特A級指定魔獣キマイラ。
ポポロ村を飲み込もうとしていた絶望的な災厄は、ユリウス・ルルーシュのたった一振りの剣によって、大気を舞う美しい氷の粒子へと変わった。
静寂が、平原を包み込む。
つい先ほどまでの地鳴りも、獣の咆哮も、爆音も嘘のように消え去っていた。
「……終わった、の?」
自警団のケンタウロス、マンミアが、信じられないというように周囲を見渡す。
「ええ。私たちの完全勝利よ。それも……ただの一人の犠牲者も出さずにね」
クロエが、扇子を閉じて深く安堵の息を吐いた。
氷の粒子が月明かりにキラキラと反射する中、ユリウスは静かにオリハルコン・ソードを鞘に納めた。
先ほどまでの、圧倒的な威圧感と絶対零度の殺意。それは神すらも畏怖させるような、完璧な『死神』にして『守護者』の姿だった。
しかし。
剣を鞘に納めた瞬間、彼の身体から纏っていた冷気がスッと消え去り、ピクッと見えない犬耳が立ち上がった。
「と、父さん! リリスさん! レティシアさんも、怪我はないですか!?」
ユリウスは慌てた様子で踵を返し、倒れている父親たちの元へと全速力で駆け寄ってきた。
その顔は、さっきまでの冷酷な氷の騎士とは似ても似つかない。いつもの、オドオドとして心配性な、気弱な青年の顔に戻っていた。
「リリスさん、無茶しちゃダメじゃないですか! 怪我はないですか!? 父さん、血がいっぱい出て……っ、早く回復魔法を……いや、僕が応急処置を!」
「ひゃああっ! ユリウスさん、私よりおじさんのほうがヤバいですぅ!」
ワタワタと慌てふためき、自分のエプロンを引っ張り出して止血に使おうとするユリウス。
そのあまりにも極端な温度差に、地面に倒れ伏しているガレオンは、ただ唖然と息子の顔を見つめていた。
「……ユリウス。お前……」
ガレオンの掠れた声に、ユリウスはビクッと肩を跳ねさせ、「ひゃいっ!」と情けない声を上げた。
「ご、ごめんなさい父さん! 僕、また勝手なことをして……あんなバケモノみたいな力を見せたら、怒られますよね……。でも、父さんたちが危なかったから、つい……」
「……」
シュンと犬耳を垂れ下げて謝る息子を見て、ガレオンの胸中に、言い知れぬ感情が渦巻いた。
怒る? 我が子を怒るはずがあるものか。
あれほどの絶望的な戦況を一人で覆し、帝国最強と謳われた自分ですら到底及ばないほどの、神域の剣技と魔法をやってのけたのだ。
だが、ガレオンにはどうしても理解できないことがあった。
「……なぜだ」
ガレオンが、血を吐きながらも、息子を真っ直ぐに睨みつける。
「なぜ……それほどの力を持ちながら、王都の屋敷での稽古では、一度も反撃してこなかったのだ」
ガレオンの問いに、ユリウスは言葉を詰まらせた。
帝国にいた頃、ガレオンはユリウスの『甘さ』を叩き直そうと、毎日凄惨なスパルタ稽古をつけていた。ガレオンが本気で斬りかかっても、ユリウスは完全に攻撃をかわし、防ぎ切る。しかし、どれほど追い詰められても、ユリウスは絶対にガレオンへと剣を向けなかった。
「お前のあの剣速と冷気があれば、ワシの剣など容易く叩き落とし、己の力を証明できたはずだ。……己を守るために、なぜ戦わなかった。なぜ、ワシに殴られるがままに甘んじていたのだ!」
不器用な親父の、血を吐くような問いかけ。
ユリウスは少し困ったように眉尻を下げ、ポツリと口を開いた。
「……怖かったんです」
「怖い? 魔獣の大群を単騎で蹂躙するお前が、ワシの剣が怖かったとでも言うのか」
「違います」
ユリウスは、自分の大きな両手を見つめながら、静かに首を振った。
「自分のために力を使って、父さんを……誰かを傷つけてしまうことが、どうしようもなく怖かったんです」
「なっ……」
ガレオンが息を呑む。
「父さんの剣は、とても鋭くて、重かった。もし僕が少しでも反撃して……力の加減を間違えて、父さんに怪我をさせてしまったらと思うと、怖くて、剣が振れませんでした。自分が殴られたり、無能だと馬鹿にされたりするのは、全然痛くないんです。我慢すれば済むことだから」
ユリウスは、少しだけ照れくさそうに笑った。
「でも……父さんや、レティシアさんや、村の皆が理不尽に傷つけられるのを見るのは……自分が傷つくよりも、ずっとずっと痛くて、我慢できなかったんです。だから……力が、出ました」
――ガァァンッ、と。
ガレオンの頭を、雷で撃たれたような衝撃が貫いた。
(ワシを……傷つけたくなかった、だと?)
ガレオンは、己の力を証明し、敵を倒すことこそが『強さ』だと信じて疑わなかった。戦場では、自分を守る意志のない者は真っ先に死ぬ。だから、息子を無能だと切り捨てた。
だが、息子の強さのベクトルは、初めから全く違う方向を向いていたのだ。
自分の価値を証明するためでもない。
敵を倒して名誉を得るためでもない。
ただ、大切な人たちを理不尽な暴力から『守り抜く』ためだけに。
自分が泥を被ることは我慢できても、誰かが傷つくことだけは絶対に許せない。その純粋すぎる優しさこそが、彼に神域の力を引き出させる『鍵』だったのだ。
「……お父様。言ったはずですよ」
私は、ユリウスの隣に歩み寄り、静かに言葉を紡いだ。
「彼は、究極の騎士道だと」
「……」
「相手を力でねじ伏せるだけが強さじゃありません。彼の剣は、誰も傷つけないための剣です。……自分を無能だと信じ込ませたあなたですら、彼は一瞬の迷いもなく守り抜いた。それが、彼の『本当の強さ』です」
私の言葉に、ガレオンはゆっくりと目を閉じた。
長年握りしめてきた『強さの定義』が、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。
と同時に、不器用な老騎士の胸の奥に、かつてないほどの温かい感情と、深い後悔が込み上げてきた。
「……そうか」
ガレオンは、震える手で、ユリウスの腕をそっと掴んだ。
「お前は……弱かったのではない。ワシとは、剣を抜く理由が違っただけか……」
「父さん……」
「……ワシの、負けだ。お前は……ワシが到底及ばぬほどの、立派な騎士になっていたのだな」
ガレオンの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
帝国最強と謳われた男が、初めて己の過ちを認め、息子の本当の強さを肯定した瞬間だった。
「と、父さん! 泣かないでください! 僕が悪いんです、もっと早くちゃんと説明していれば……!」
慌ててガレオンの涙を拭おうとするユリウス。
そのオドオドとした姿は、やっぱり私の知っている、心優しき不器用な青年そのものだった。
「ふふっ……」
私は思わず吹き出してしまい、クロエやリリスもつられて笑い出した。
いつの間にか周囲に集まっていた村人たちも、「ユリウスの兄ちゃん、最高だべ!」「ガレオンの旦那も無事でよかっただ!」と、歓喜の声を上げていた。
誰一人見捨てない。誰一人犠牲にしない。
それこそが、私が目指す最強のホワイト領地であり、ユリウスが体現する最高の守護の形なのだ。
「さあ、皆さん! 防衛戦は無事終了よ!」
私は、魔導拡声器を手に取り、満面の笑みで宣言した。
「残業(戦闘)はここまで! ガレオン様を【社員食堂】の特別テントへ運んで! 今日は村を挙げての『慰労会(打ち上げ)』よ! 経費は全額、領主の私が持ちます!」
「「「うおおおおおおっ!! レティシア社長バンザイ!!」」」
ポポロ村の広場に、これまでにないほどの特大の歓声が響き渡った。
ブラックな過去を完全に断ち切り、最強の仲間たちと共に理不尽をぶっ飛ばした、私たちの最高に痛快な勝利の宴が、今まさに始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第3章の第8話、いかがでしたでしょうか。
戦闘が終わった瞬間、冷徹な騎士から「いつものオドオドチワワ」に戻るユリウス。その圧倒的なギャップに、ガレオンも戸惑いを隠せません。
「なぜ、それほどの力がありながら反撃しなかったのだ」という問いに対するユリウスの答え。
「父さんを傷つけるのが怖かった。自分が馬鹿にされるのは痛くないけれど、皆が傷つくのは我慢できないから」
この究極の利他主義こそが、ユリウスの『強さのベクトル』でした。
ガレオンはついに自分の「強さの定義」が間違っていたことを悟り、息子の本当の強さを認めます。
「ワシの負けだ。お前は立派な騎士になっていたのだな」
不器用な父と優しい息子の和解に、レティシアも優しく微笑みます。
そして、最後はホワイト村恒例の「全額経費持ちの打ち上げ(慰労会)」へ!
次回、第9話!
宴の裏側で、ガレオンとユリウスが水入らずの親子の会話を交わします。
そして、ユリウスが「この村に残る」決意を父に告げる胸熱の展開へ。
「親父の涙にもらい泣きした」「ユリウス優しすぎるよ!」「レティシア社長、太っ腹!」と胸を熱くしていただけましたら、
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