老騎士の凶傷。誰も見捨てない村と、見習い女神の奇跡(物理)!
老騎士の凶傷。誰も見捨てない村と、見習い女神の奇跡(物理)!
「グォォォォォォッ!!」
三つの頭を持つ特A級指定魔獣『キマイラ』の巨大な口から、全てを焼き尽くす灼熱の火炎球が放たれた。
大気が焼け焦げ、周囲の水分が一瞬で蒸発するほどの極大の魔力。直撃すれば、最前線のガレオンはおろか、後方のポポロ村の防衛線ごと灰塵に帰してしまう。
「下がっていろ! ここはワシが引き受ける!!」
老いた獅子は決して背を向けなかった。
ガレオン・ルルーシュは、己の全存在を懸けて、残された最後の闘気をボロボロになった長剣へと練り上げる。
「奥義――『閃光連斬・天穿ち(テンウチ)』!!」
裂帛の気合いと共に放たれたのは、視認すら不可能な速度で繰り出される無数の刺突。
極限まで圧縮された闘気の槍が、迫り来る巨大な火炎球と真っ向から激突した。
ズドォォォォォォンッ!!
太陽が地上に落ちたかのような閃光と、鼓膜を破るほどの爆音。
凄まじい衝撃波が平原を吹き荒れ、私は【経費精算】の防壁パネルを展開して、必死に村人たちを守った。
「くっ……! なんてデタラメな威力なの……!」
「純粋な剣術だけで、特A級のブレスを相殺したというの……!? さすがは帝国最強の剣士ね……」
クロエが扇子で顔を庇いながら、驚愕の声を漏らす。
土煙と爆炎が晴れていく。
そこには、火炎球を完全に切り裂き、村への直撃を防いだガレオンの姿があった。
しかし、彼の相棒であったオリハルコンの長剣は限界を超え、半ばから無惨にへし折れていた。ガレオン自身も膝をつき、肩で激しく息をしている。
「ハァ……ハァ……。バケモノめ、まだ倒れんか」
ガレオンの視線の先には、全身から血を流しながらも、驚異的な再生能力で傷を塞ごうとしているキマイラの姿があった。
「ガレオン様! もう限界です、下がって!!」
私が叫んだ、その時だった。
「あいたっ!」
最前線のすぐ近く。凄惨な戦場にはおよそ似つかわしくない、間の抜けた声が響いた。
ピンク色の初心者マーク入りジャージを着た見習い女神、リリスだった。彼女は、自らが配置した『クサイ石(忌避香)』のすぐそばで、盛大に転んでうつ伏せになっていた。
「リリス!? なんであんな所に!」
「か、風向きが変わったから、クサイ石を置き直そうとしたら、石につまずいちゃいましたぁ!」
涙目で言い訳をするリリス。
しかし、その声に反応したキマイラの三つの頭が、無防備な彼女へと一斉に向けられた。
巨大な前足が、彼女をペシャンコにしようと、無慈悲に振り下ろされる。
「馬鹿者ォォッ!!」
その瞬間、ガレオンが折れた剣を投げ捨て、全身のバネを弾かせてリリスの前に飛び込んだ。
彼の中に迷いはなかった。己の力で敵を倒すのが騎士だが、か弱い者を守るために盾となることもまた、彼が信じる騎士の矜持だった。
ドゴォォォンッ!!
「ガハッ……!」
キマイラの巨腕の一撃を、リリスを庇うように背中に直接受けたガレオンが、血を吐きながら地面に倒れ伏した。
「お父様ッ!!」
私が悲鳴を上げる。
「ガレオン殿ォッ!」
マンミアたち自警団も一斉に叫んだ。
ガレオンの意識が、急速に遠のいていく。
(……ここまでか)
五臓六腑が潰れたような激痛。もう、指一本動かす力も残っていない。
無力な娘を庇って死ぬ。騎士としては本望だ。
だが、心残りがある。あの、軟弱な馬鹿息子だ。
自分のために剣を抜けない。己を守る意志のないあいつは、ワシがいなくなれば、誰が守ってやるのだ。
こんな辺境の村で、誰かの下働きをして、ボロボロになって死んでいくのではないか。
(ユリウス……すまん……)
キマイラが、トドメを刺そうと再び前足を高く上げる。
だが、その時だった。
「よくも……よくも、私を庇ってくれたおじさんを……ッ!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたリリスが、血塗れで倒れるガレオンの前に立ち塞がった。
彼女の右手には、分厚い耐衝撃ハードケースに入った魔導端末『エンジェルすまーとふぉん』が、固く握りしめられている。
「見習いでも……女神を、舐めるなぁぁぁっ!!」
リリスは、テンパった勢いのまま、スマホの最も尖った角を、振り下ろされようとするキマイラの鼻先に向けて、全力でフルスイングした。
「必殺! 【ホーリー・スマッシュ(物理)】!!」
ゴォォォォンッ!!!
戦場に、除夜の鐘のような鈍く甲高い音が鳴り響いた。
「ギャインッ!?」
特A級魔獣が、神格公務員(見習い)の捨て身のフルスイングによって、物理的に強烈な脳震盪を起こし、白目を剥いて数歩よろけたのだ。
「今のうちに! 回復魔法!!」
リリスが、ガレオンの身体に両手をかざす。
いつもはカンペを見ながらでないと魔法が使えない彼女が、この緊急事態に、無意識のうちに己の神聖魔法を発動させた。
温かく神々しい光がガレオンを包み込み、折れた肋骨や破裂しそうだった内臓を、瞬時に繋ぎ合わせていく。
「……傷が……塞がっていく? この小娘、一体何者だ……」
痛みから解放され、ガレオンが驚愕に目を見開く。
しかし、奇跡はそこまでだった。
脳震盪から立ち直ったキマイラは、プライドを傷つけられた怒りで完全に我を忘れ、今度こそ二人を消し炭にするべく、口の奥で灼熱の炎を練り上げ始めた。
「ひぃぃっ! やっぱダメです、怒らせちゃいましたぁ! 神様仏様レティシア様ぁーっ!」
リリスがガレオンに抱きつき、ギュッと目を閉じて悲鳴を上げる。
「逃げろ、馬鹿娘……ワシはまだ、動けん……」
ガレオンが呻くように言った。
私は、自分が前に出ようと足を踏み出した。
――しかし。
私の横を、私よりも遥かに早く、音もなくすり抜けていった影があった。
その、絶望の瞬間に。
戦場の熱気と喧騒を全て奪い去るような、冷たく、静謐な風が吹き抜けた。
「……下がっていてください、父さん。リリスさんも」
凛とした、しかし絶対的な凍気(殺意)を孕んだ、静かな声だった。
ガレオンが、信じられないものを見るように目を見開く。
彼らの前に、いつの間にか長身の青年が立ち塞がっていた。
エプロンを外し、騎士としての真っ直ぐな背筋。
腰の長剣は、まだ抜かれてすらいない。
「ユ、ユリウス……?」
ガレオンの、震える声が漏れた。
ユリウスは、私や村人たち、そして傷ついた父親とリリスを完全に背後に庇うように立ち、一歩前へと踏み出した。
「僕の大切な人たちを……これ以上、理不尽に傷つけないでください」
それは、静かで、圧倒的な宣言だった。
自分のためには決して牙を剥かなかった、気弱で心優しい息子。
彼が、理不尽から『誰かを守る』ためだけに発現させる、神すら凌駕する絶対的な力。
その全貌が、ついに父親の目の前で解き放たれようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第3章の第6話、いかがでしたでしょうか。
ガレオンの命を懸けた奥義『閃光連斬・天穿ち』! ブレスを相殺するものの、剣が折れ、彼は万事休すとなります。
そこへ、うっかりクサイ石のそばで転んだポンコツ女神リリスが乱入。彼女を庇ったガレオンは、最悪の凶傷を負ってしまいます。
不器用な親父が、最後に心配したのは「自分を守れない息子の行く末」でした。泣けます。
しかし! ここで終わらないのが我らがホワイト村!
リリスのテンパりフルスイング『ホーリー・スマッシュ(物理)』が炸裂!(笑) 特A級魔獣を物理で怯ませ、奇跡の無詠唱回復魔法でガレオンの命を繋ぎました。
それでもキマイラの怒りは頂点に達し、絶体絶命のピンチ。
そこへついに……!
我らが最強の騎士・ユリウスが、静かに歩み出ました。
「僕の大切な人たちを、これ以上傷つけないでください」
次回、第7話!
【絶頂カタルシス】回です!!
自分のためには怒れない彼が、皆を守るために「化け物」になる瞬間。その圧倒的な力を、ついにガレオンが目の当たりにします!
「リリスの物理攻撃ワロタ」「親父の不器用な愛に泣いた」「ユリウス、最高にかっこいいぞ!!」と胸を熱くしていただけましたら、
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