老いた獅子の矜持。不器用な親父が、単騎で最前線に立ち続ける理由
老いた獅子の矜持。不器用な親父が、単騎で最前線に立ち続ける理由
「グォォォォォォッ!!」
森の木々をなぎ倒し、大地を揺るがす咆哮。
三つの頭を持つ特A級指定魔獣『キマイラ』の巨大な口から、全てを焼き尽くす灼熱の火炎球が放たれた。
「シィッ……!」
鋭い呼気と共に、最前線に立つガレオン・ルルーシュが剣を振り抜く。
『閃光』の剣技が火炎を真っ二つに切り裂いた。しかし、その熱波と爆風の余波を受け、ガレオンの身体がズサァッと後方へ押し流される。
彼の肩は激しく上下し、額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
「ガレオン様! 一旦下がって休憩してください! 後方なら【社員食堂】の回復バフ飯があります!」
私は安全圏から魔導拡声器を使って叫んだ。いくら帝国最強の剣士とはいえ、老いた身体で数百の魔獣を相手にし、さらに特A級魔獣と連戦するのは無謀すぎる。
だが、ガレオンは私の方を振り返りもせず、怒号を響かせた。
「黙っていろ小娘! 帝国の騎士が、魔獣を前にして背中を見せるなどあり得ん!」
頑なに前線を譲らないガレオン。
彼はなぜ、ここまで意固地になって一人で戦い続けるのか。
(己の力で敵を打ち倒し、道を切り拓く。それこそが『強さ』であり、戦場で生き残るための唯一の術なのだ)
ガレオンは、後方で自分を見つめているであろう息子の姿を強烈に意識していた。
天賦の才を持ち、自分の『閃光』の踏み込みすら無傷で捌き切る眼と間合いを持ちながら、決して自分から攻撃を仕掛けようとしなかったユリウス。
ガレオンは、ユリウスのその「無抵抗主義」を「弱さ」だと思っていた。戦場では、己を守る意志のない者は真っ先に死ぬ。だからこそ、心を鬼にして追放した。外の世界で理不尽に揉まれ、本気で生きるための『牙』を剥き出しにしてほしかったのだ。
しかし、再会した息子は、相変わらずオドオドとして、小娘の背中に隠れていた。
だが、あの小娘は言った。
『彼は自分のためには怒らない。けれど、理不尽には絶対に立ち向かう、究極の騎士道を体現している』と。
「……ふん。究極の騎士道だと? 笑わせるな」
ガレオンは血混じりの唾を吐き捨て、再びキマイラへと踏み込んだ。
「誰かを守るためには、まず己が強者であらねばならん! 言葉だけの綺麗事ではない、本物の力というものを、あの馬鹿息子に見せつけてやる!」
ガレオンの長剣が、キマイラの山羊の胴体を深く切り裂く。
しかし、キマイラも負けじと反撃に出る。死角から鞭のようにしなった蛇の尾(毒牙)が、ガレオンの左腕を掠めた。
「チッ……!」
微かな毒が回り、ガレオンの動きが一瞬だけ鈍る。
その隙を突いて、キマイラの前足がガレオンの胸部を強打した。
ガハッ、と空気を吐き出しながら、ガレオンが吹き飛ばされる。
「まずいわ、彼の闘気がブレ始めている……!」
後方で戦況を分析していたクロエが、扇子を握りしめて声を上げた。
「なら、対空魔砲で援護射撃を……!」
「ダメよ! キマイラが放つ特濃の魔力場が周囲の空間を歪めているせいで、魔法も魔導兵器も照準が合わないわ。あの暴風の結界の中に入れるのは、純粋な闘気だけで押し通れるあの爺さんくらいよ」
私は、歯噛みしながらガレオンの戦い方を見つめ――ある違和感に気がついた。
「……ねえ。なんで、避けないの?」
キマイラの巨腕の振り下ろしや、散弾のように放たれる炎。ガレオンの実力なら、致命傷を避けてステップでかわすことは容易いはずだ。
しかし、彼は全ての攻撃を『剣と闘気で正面から受け止め、弾き落として』いる。
その反動が、老いた身体に確実にダメージを蓄積させていた。
「レティシアさん……父さんは、避けないんです」
私のすぐ隣で、ユリウスが悲痛な声で呟いた。
彼の氷色の瞳は、傷つきながらも一歩も退かない父親の背中を、真っ直ぐに見据えていた。
「父さんの背後には、このポポロ村の防衛線がある。もし父さんが攻撃をステップでかわしてしまえば、その強大な余波が後方の僕たちや、自警団の人たちに直撃してしまう。だから……自分の身体を盾にして、全部一人で受け止めているんです」
「えっ……」
私は息を呑んだ。
あの、ブラック上司のような、強権的で言葉足らずな父親。
『お前たちはそこで震えて見ているがいい』と私たちを突き放した言葉の裏には、『お前たちに被害は及ばせない』という、彼なりの不器用な正義感と、帝国騎士としての矜持があったのだ。
「……お父様」
私の胸の奥が、ギュッと熱くなった。
口では厳しいことを言い、強さこそが全てだと言い放ちながら。
彼もまた、誰かを守るために、自分が傷つくことを恐れない男だったのだ。ユリウスのあの果てしない優しさは、間違いなくこの不器用な父親から受け継がれたものだ。
「オォォォォォンッ!!」
その時。
キマイラが、最後の決着をつけるべく、三つの頭を天に仰ぎ、極大の魔力を収束させ始めた。
周囲の大気が焼け焦げ、空が赤黒く染まる。
直撃すれば、防衛線どころかポポロ村の広場ごと更地になるほどの、圧倒的な威力のブレス。
「ガレオン様! 逃げて!!」
私は魔導拡声器を放り出し、喉が裂けるほどの声で絶叫した。
今すぐ横に跳べば、彼だけは助かる。
しかし、老いた獅子は決して背を向けなかった。
彼は己の全存在を懸けて、残された最後の闘気を、ボロボロになった長剣へと練り上げた。
「下がっていろ! 軟弱者の貴様らに用はない、ここはワシが引き受ける!!」
振り返ることなく、彼はそう叫んだ。
そして、己の不器用な正義を証明するために。息子に、誇り高き『騎士』の背中を見せつけるために。
帝国最強の剣士は、迫り来る極大の破壊の光へと、真っ向からその身を投じたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第3章の第5話、いかがでしたでしょうか。
ガレオンがなぜ単騎で最前線に立ち、なぜ攻撃を避けないのか。
その理由は「自分の背後にある村を守るため」であり、「息子に騎士としての強さを見せつけるため」でした。
口では毒親・ブラック上司のようなことを言いながらも、その本質は「誰かを守るために傷つくことを恐れない不器用な男」。ユリウスの優しさは、確かにこの父親から受け継がれたものだったのです。
しかし、老いた身体に限界が訪れ、特A級魔獣キマイラの最大攻撃がガレオンを襲います。
絶対に避けようとしない老騎士。
次回、第6話!
ガレオンの命を懸けた攻防、そして訪れる最悪の凶傷。
その絶望の淵で、ついに『あのポンコツ女神』が奇跡を起こし……そして、我らが氷の騎士様が静かに歩み出ます!
「親父かっこいいじゃん!」「不器用すぎるだろ……」「ユリウス、出番だぞ!!」と胸を熱くしていただけましたら、
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