もう! 自分のためにも剣を抜きなさいよ! からの……不意打ちお姫様抱っこは反則です!
もう! 自分のためにも剣を抜きなさいよ! からの……不意打ちお姫様抱っこは反則です!
黄金の魔導戦車ごと氷漬けにされたブラック元婚約者エドワードが、シーラン国の借金取りにドナドナされていった後。
ポポロ村の広場は、厄介払いが済んだ解放感から、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「いやぁ、あの金ピカがスーツケースに折り畳まれていく姿、最高だったべ!」
「宴会だ宴会! ルナキンのメニュー、今日は俺のおごりだー!」
村人たちが歓声を上げ、平和な日常が戻ってくる。
私も、ようやく過去のしがらみが完全に断ち切られたことに、深く安堵の息を吐いていた。
しかし。
私の視線の先には、一人だけ、このお祭り騒ぎの輪に入れず、広場の隅でオドオドと縮こまっている長身の青年がいた。
「あ、あの……レティシアさん」
村の最高警備責任者であり、先ほど数百人の軍隊すら震え上がらせる『絶対零度の殺意』を放った氷の騎士様。
ユリウスは、犬耳(幻覚)を完全にペタンと垂れ下げ、上目遣いで私のご機嫌を窺うように近づいてきた。
「ぼ、僕……何かやっちゃいましたか……?」
彼のおずおずとした第一声に、私はポカンと口を開けた。
何かやっちゃいましたか、じゃない。あんな規格外の魔法で戦車を氷漬けにしておいて、どうしてそんなに怒られる前の大型犬みたいな顔をしているのだ。
「……は?」
「だって、レティシアさん、さっきからずっと黙ってるし……それに、顔がすごく赤いし……。やっぱり、僕のやり方が乱暴すぎましたよね。いくらエドワード殿下が酷い人でも、あんな風に氷漬けにするなんて、やりすぎちゃったかなって……」
シュン、と肩を落とし、両手をもじもじとさせて反省モードに入るユリウス。
その極端すぎる温度差と、明後日の方向に向かっている反省に、私はついに堪えきれなくなり、彼に向かって声を荒げた。
「違うわよ! 私が怒ってるのは、そこじゃないわ!」
「ひゃいっ!?」
私がビシッと指を突きつけると、ユリウスはビクッと体を震わせた。
「いい? 私はあなたがエドワードを氷漬けにしたことなんて、1ミリも怒ってないわ。むしろスカッとしたくらいよ! 私が腹を立てているのは……なんで、あんなに言われ放題だったのよ!」
「えっ……?」
「『無能』だの『平民風情』だの『臆病者』だのって、あいつに散々馬鹿にされてたじゃない! なんで黙って聞いてたの!? なんで自分のために怒らないの!? もう! 私のためにだけじゃなくて、自分の事にも、剣を抜きなさいよ!」
私は胸の奥で渦巻いていた歯痒さを、一気に言葉にしてぶつけた。
自分を大切にしない彼がもどかしい。私の大好きな、誰よりも強くて優しい彼が、あんな底辺のブラック男に侮辱されてヘラヘラしているのが、どうしても許せなかったのだ。
「ええ!? だって、僕なんて……その、あの……」
私の剣幕に圧され、ユリウスは慌てて両手を振りながら後ずさった。
「僕なんて、取り柄もないし、言われても仕方ないというか……。それに、僕自身が馬鹿にされる分には、本当に痛くも痒くもないんです。だから、わざわざ言い返すようなことじゃ……」
「もう〜〜〜っ! そういうところが腹立たしいのよ! あなたはもっと堂々としていいの! 自分の価値を低く見積もるのをやめなさい!!」
私がさらに一歩踏み出し、彼に詰め寄ろうとした。
その、瞬間だった。
「あっ」
足元にあった、魔導戦車のキャタピラが抉った地面の溝。
そこにヒールが綺麗に挟まり、私の身体は大きくバランスを崩して、前のめりに倒れ込んだ。
(やだ、顔から転ぶ……!)
思わずギュッと目を閉じた、直後。
――ふわり、と。
私の身体は、冷たくて硬い地面ではなく、温かく逞しい腕の中に包み込まれていた。
「……え?」
目を開けると、世界が反転していた。
私の背中と膝裏には、分厚く筋肉質な腕が回されている。
視線を上げると、至近距離に、彫刻のように整ったユリウスの顔があった。
彼は、転びそうになった私を瞬時に抱き止め、そのままヒョイッと軽々と『お姫様抱っこ』の体勢で抱え上げていたのだ。
「危ないっ……! 怪我は、ありませんか? レティシアさん」
ドクンッ!!と。
私の心臓が、かつてないほどの特大の音を立てて跳ね上がった。
エプロン越しに伝わってくる、彼の厚い胸板の感触。
長身の彼に抱き上げられているため、私の視線はいつもより高く、彼の顔が驚くほど近い。彼から漂う、清潔な陽薬草の香りが鼻腔をくすぐる。
「あ、ありがと……っ、じゃなくて! お、降ろして!」
恥ずかしさで顔が爆発しそうになり、私は彼の中でバタバタとジタバタ暴れた。
しかし、ユリウスの太い腕は、私を羽毛か何かのように軽々と支えたまま、ビクともしない。
「……ごめんなさい、レティシアさん」
ふいに。
ユリウスが、少しだけ困ったような、けれどひどく甘く優しい声で呟いた。
暴れるのをやめて見上げると、彼の氷色の瞳が、真っ直ぐに私を捉えていた。オドオドした気弱な光は、そこにはない。
「自分のために剣を抜くのは、どうしても苦手なんです。昔から、自分には価値がないって思い込んで生きてきたから」
「ユリウス……」
「でも。貴女が理不尽に傷つけられそうになった時は、僕は一秒の迷いもなく剣を抜けます。貴女を守るためなら、どんな悪意にも立ち向かえるんです」
彼は、私をお姫様抱っこしたまま、ふにゃりと、心底愛おしそうな笑顔を浮かべた。
「だから……自分のためには怒れないけれど。こうやって、貴女を守るナイトじゃ、駄目でしょうか?」
――ドゴォォォォンッ!!
私の中の理性が、完全に音を立てて崩壊した。
ずるい。ずるすぎる。
なんだその、無自覚にして完璧すぎる殺し文句は。
自分に価値はないと言いながら、「あなたを守ること」に自分の全存在意義を見出しているような、そんな重くて甘すぎる言葉。
こんな至近距離で、こんなにお姫様抱っこされながら、そんな捨てられた大型犬みたいな(それでいて雄みのある)顔で言われたら。
「……う、うん……っ」
私は完全に陥落し、沸騰した顔を隠すように、コクリと小さく頷いて、彼の広い胸元に顔を埋めることしかできなかった。
「えへへ、よかったぁ」
私を抱えたまま、尻尾をパタパタと振るように嬉しそうに笑うユリウス。
もう、この人には絶対に敵わない。
「……ごちそうさま。最高のお茶請けね」
「パシャッ! パシャシャシャッ! 尊いですね! 天界の裏掲示板にアップして布教しますぅ!!」
少し離れた場所から、イモッカのグラスを掲げるクロエと、エンジェルすまーとふぉんで連写モードを起動しているピンクジャージのリリスの声が聞こえた。
ネギオ先生も「カッカッカ! 若いねぇ!」と腹を抱えて笑っている。
周囲の生暖かい視線に晒されながらも、私はユリウスの胸に顔を押し付けたまま、心の中で固く、固く誓った。
(……絶対に。絶対に、この人を私の【無限の福利厚生】で、世界一幸せな騎士様にしてやるんだから……っ!)
自分の価値を知らない気弱な彼に、私がどれだけ彼を愛していて、どれだけ彼に価値があるのかを、一生かけて教えてあげる。
ブラックな過去を完全に断ち切った私と彼の、騒がしくも甘いホワイトな日常は、まだ始まったばかりなのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第2章 第9話、いかがでしたでしょうか。
「僕何かやっちゃいましたか?」とオドオドするユリウスに、「なんで自分のために怒らないのよ!」と歯痒さを爆発させるレティシア。
からの……不意打ちの【お姫様抱っこ】!!
そして、ユリウス最強の無自覚殺し文句、「こうやって貴女を守るナイトじゃ、駄目でしょうか?」が炸裂しました!
これはもう、レティシアでなくても顔を覆って「う、うん……っ」と頷くしかありませんね(笑)。
クロエの「ごちそうさま」や、リリスのパシャパシャ連写も入り、ホワイト村らしい平和で甘いオチとなりました。
次回、第10話!
ついに第2章のエピローグとなります。
ブラックな因縁を完全に断ち切ったポポロ村の、甘くて騒がしい日常の締めくくりです。
「お姫様抱っこ最高!」「無自覚タラシ強すぎる」「リリス写真売ってくれ」と悶えていただけましたら、
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