来襲! ブラック元婚約者の悪あがき。「国が大変なんだ、今すぐ戻ってやりがい搾取されろ!」
来襲! ブラック元婚約者の悪あがき。「国が大変なんだ、今すぐ戻ってやりがい搾取されろ!」
ユリウスの無自覚な殺し文句(即答)から逃げ出し、私は執務室に駆け込んで、真っ赤になった顔をデスクに押し付けていた。
「っ〜〜〜! あの子、本当に自分がどれだけ破壊力のある言葉を言ってるか、分かってないんだから……っ!」
心臓がバクバクとうるさくて、仕事が手につかない。
前世で恋愛なんてする余裕もなく過労死した私には、あの手の純度100%の真っ直ぐな好意は、刺激が強すぎるのだ。
「レティシア、顔が茹でダコみたいになってるわよ」
「ク、クロエ! 入るならノックしてよ!」
いつの間にか執務室に入ってきていたクロエが、クスクスと笑いながら私をからかう。その後ろからは、おやつのクッキーを咥えたリリスもひょっこりと顔を出した。
「レティシアさん、熱ですか? エンジェルすまーとふぉんで『状態異常回復』しましょうか? 1回10万円ですけど!」
「結構よ! っていうか、ツケで私に払わせる気満々じゃないの!」
私がリリスにツッコミを入れた、その時だった。
――カンッ! カンッ! カンッ!
突如として、村の広場に設置された見張り台から、けたたましい警報の鐘が鳴り響いた。
同時に、ズズズンッ……!という、地面を揺るがすほどの重低音が、ポポロ村の入り口方面から響いてくる。
「何事!?」
「レティシア様! 大変です!」
バンッ!と扉が開き、自警団のマンミアが息を切らせて飛び込んできた。
「村の入り口に、所属不明の……いえ、とてつもなく悪趣味な『金ピカの魔導戦車』が、結界を強行突破して乗り込んできました!」
「金ピカの、魔導戦車……?」
「ええ。予定通り、最高に間の悪い当て馬がお到着したみたいね」
クロエが冷ややかに扇子を広げる。
私はスッと表情を引き締め、恋愛モードで緩んでいた思考を、完全に『領主(経営者)』のモードへと切り替えた。
「行くわよ。私たちのホワイト村を荒らす害虫は、早急に駆除しないとね」
* * *
私たちが村の広場に駆けつけると、農作業をしていた村人たちが、遠巻きに「なんだあれ」「目がチカチカするべ」とざわめきながら、一つの巨大な物体を取り囲んでいた。
それは、まさに『成金趣味の極み』と呼ぶにふさわしい代物だった。
全長十メートルを超える巨大な車体は、全て純金の装甲で覆われ、無駄にギラギラと太陽の光を反射している。砲身には宝石が埋め込まれ、駆動するたびに無駄な魔力が七色の光となって撒き散らされていた。
「うわぁ……」
私は思わずドン引きして声を漏らした。
「あの金ピカの車、剥がして売ったらいくらになりますかね!? 私のリボ払い、一発で完済できませんか!?」
リリスが目を輝かせて物騒なことを言っている。
「王室専用・試作型魔導戦車『ゴールデン・モナーク』。実用性を完全に無視した、ただの権威の象徴ね。……あんなものを動かすために、どれだけの魔晶石(税金)を無駄遣いしたのかしら」
クロエが心底見下したように鼻を鳴らす。
プシュゥゥッ!と、不快な排気音と共に、黄金の戦車のハッチが開いた。
中から現れたのは、派手な王族の衣装に身を包んだ、金髪の男。
目の下に酷い隈を作り、髪を振り乱しながらも、傲慢な態度だけは変わらない私の元婚約者――エドワード王太子だった。
「フハハハハッ! 見よ、愚民ども! そしてひれ伏せ! 偉大なる王太子であるこの私が、こんな辺境の泥にまみれた村まで、直々に足を運んでやったのだ!」
拡声魔導具を使った彼の声が、広場に響き渡る。
村人たちはひれ伏すどころか、「誰だあのうるさいの」「ポポロシガーの葉が傷むから静かにしてほしいべ」と、完全に迷惑そうな顔をしている。
「……何の用ですか、エドワード殿下」
私が群衆を掻き分けて前に進み出ると、エドワードは私を指差し、勝ち誇ったように笑った。
「おお! レティシア! 探したぞ! お前がいなくなってから、王城の執務がほんの少しだけ回らなくてな。おまけに無能な部下(ガルドス男爵)のせいで、謂れのない賠償金を請求される始末だ! まったく、私がどれだけ苦労したことか!」
(……全部自分のせいじゃないの。本当に、相変わらず他責思考の塊ね)
私は冷ややかな視線で彼を見上げた。
かつての私なら、彼のこの高圧的な態度に萎縮し、「私が至らなかったせいで……」と自分を責めてしまっていただろう。
しかし、今の私には【無限の福利厚生】と、信頼できる仲間たちがいる。彼のような中身のない権力者など、少しも怖くはなかった。
「それで? わざわざ国庫を空にしてまでこんなバブル兵器を引っ張り出して、私に何の御用ですか?」
「ふん! 強がらなくていいぞ、レティシア。私という偉大な主を失って、こんな泥臭い村で貧しい生活を送っていたのだろう? 安心しろ。私の海より深い慈悲で、お前が私を裏切って逃げ出した罪を許してやろう!」
エドワードは、心底自分が正しいと信じ込んでいる顔で、信じられないブラック発言を口にした。
「さあ、お前を再び私の部下として雇ってやる! 今すぐ王城へ戻り、国を立て直すために死ぬ気で働け! 休日などという甘えは捨てろ! 睡眠時間も削れ! 国を救うという『やりがい』を与えてやるのだ、給料など無くて当然だろう! さあ、涙を流して喜ぶがいい!!」
――シーン。
広場が、完全なる静寂に包まれた。
あまりにも自己中心的で、労働基準法を宇宙の彼方へ放り投げるような発言。
完全週休二日制、有給休暇完備、美味しいまかない付きの『ホワイト領地』に慣れきったポポロ村の住人たちは、まるで言葉の通じない宇宙人を見るような目でエドワードを見ていた。
「……ねえ、レティシア。あの人、頭の病気かしら?」
「関わっちゃ駄目よクロエ。知能の低下は伝染するわ」
「うわぁ……天界以上のブラック経営者ですね。あんなのの下で働くくらいなら、私、喜んでマグローザ漁船でチンチロリンしますぅ」
リリスまでドン引きしている。
「なっ、なぜ泣いて喜ばない!? この私が、直々に迎えに来てやったのだぞ!?」
自分の演説が全く響いていないことに、エドワードが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「お断りします」
私はきっぱりと、一切の感情を込めずに言い放った。
「私は今、このポポロ村の領主として、ホワイトで快適な環境で働いています。あなたのような、責任を他人に押し付け、部下を使い潰すことしか考えない無能な経営者の元に戻る気など、1ミリもありません」
「なっ……! む、無能だと!? この私を!!」
「ええ。国庫を空にしてまでこんなオモチャで乗り込んでくるような男を、無能と言わずして何と言うんですか? さっさと国に帰って、自分で書類の山を片付けなさいよ」
私の正論による痛烈なカウンターに、エドワードはワナワナと震え、プライドを粉々に打ち砕かれた怒りで顔をドス黒く染めた。
「き、貴様ァァァッ! 王太子たるこの私に恥をかかせる気か! ええい、もう許さん! 力ずくでも連れ帰って、鎖に繋いででも働かせてやる!!」
エドワードは完全に逆上し、黄金の戦車のハッチから飛び降りて、私に向かってズカズカと歩み寄ってきた。
彼の目には、理性を失った狂気が宿っている。
「レティシアァッ! お前は私の所有物だ! 逆らうことは許さ――」
エドワードが、私を強引に捕まえようと腕を伸ばした、その時だった。
「あ、あの……!」
オドオドとした、けれど長身の影が、サッと私の前に割り込んだ。
「レティシアさんは、嫌がっています。……乱暴なことは、しないでください」
エプロン姿のままのユリウスだった。
彼はエドワードの怒気に気圧されたのか、少し肩をすくめ、犬耳(幻覚)をペタンと伏せながらも、私を背中で庇うように立ち塞がったのだ。
しかし、その気弱な態度は、プライドを傷つけられて沸点に達しているエドワードの神経を、最悪の形で逆撫ですることになった。
「あぁ? 何だ貴様は。私とレティシアの間に割って入るとは、身の程を知れ、薄汚い平民が!」
エドワードの口元が、醜悪な嘲笑の形に歪む。
絶対零度の騎士に対する、最悪の『侮辱』の言葉が、今まさに放たれようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第5話、ついにブラック元婚約者・エドワードがポポロ村に乗り込んできました!
「国が大変だから今すぐ戻って働け! 給料はやりがいだ!」……現実のブラック企業でも聞いたことがあるような、最悪の『やりがい搾取』宣言。
ホワイト村の住人たちや、リリスにまでドン引きされる始末です(笑)。
そして、逆ギレしてレティシアに手を伸ばそうとするエドワードの前に、我らがユリウスが立ち塞がります。
しかし、相変わらずオドオドしている彼は、エドワードの格好の『標的』にされてしまい……?
次回、第6話!
エドワードによる容赦ない侮辱。それに対して言い返さないユリウス。
レティシアの「なんで言い返さないのよ!」という歯痒さとイライラが最高潮に達します!
「エドワードきもすぎ!」「ホワイト村の住人のドン引き顔が目に浮かぶ」「ユリウス、早くやっちゃえ!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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