気弱な騎士の無自覚な殺し文句。「私が不幸になったら?」「必ず助けます」……即答はずるい!』
気弱な騎士の無自覚な殺し文句。「私が不幸になったら?」「必ず助けます」……即答はずるい!』
ポポロ村の冬支度は、今日も順調に進んでいた。
村の広場の片隅では、パカーンッ! パカーンッ! と、小気味良い音が連続して響き渡っている。
「す、すげぇ……あのデカい丸太が、一瞬で綺麗に切り揃えられていくぞ……」
「しかも、使ってるのタローマン(ホームセンター)の安物の斧だろ? どんな腕力してんだ……」
農家のおじさんたちが呆然と見つめる先。
そこでは、エプロン姿のユリウスが、村人たちが冬を越すための薪割りを手伝っていた。
彼が斧を軽く振り下ろすだけで、大人の胴回りほどもある巨大な丸太が、まるで豆腐でも切るようにスパスパと真っ二つに割れていく。一切の無駄がない、神業のような体重移動と刃筋のコントロールだった。
「あ、あの……すみません。僕、手際が悪くて……切り口も少し歪んじゃってますし……」
数十本の丸太をあっという間に薪に変えたユリウスは、おじさんたちの視線を「怒られている」と勘違いしたのか、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げている。
「いやいやいや! 歪んでるって、ミリ単位の話だろ!? どんだけ目がいいんだよ!」
「あんた十分バケモノだよ! ありがとうな、本当に助かった!」
おじさんたちから口々に感謝され、ユリウスは「へ? あ、えへへ……お役に立ててよかったです」と、照れ臭そうに頭を掻いていた。
私はその様子を少し離れた場所から見つめながら、深いため息をついた。
(……本当に、あの子の自己評価はどうなっているのよ)
私は淹れたての陽薬草茶を二つのカップに注ぐと、薪割りを終えて一息ついているユリウスの元へと歩み寄った。
「ユリウス、お疲れ様。少し休憩しましょう」
「あ、レティシアさん! ありがとうございます。わざわざ淹れてくださったんですか?」
「ええ。ほら、あそこのベンチに座って」
私が促すと、ユリウスは「はいっ!」と犬耳(幻覚)を揺らして、私の隣にちょこんと腰を下ろした。大きな体が縮こまっているのが、なんだか可笑しくて、そして……ひどく歯痒かった。
温かいお茶を飲み、ふうっと一息つくユリウス。
私はカップを持ったまま、彼の方へと身体を向けた。
「……ねえ、ユリウス。どうして自分を見下すの?」
単刀直入に尋ねた私に、ユリウスはきょとんと目を丸くした。
「見下す、ですか? そんなこと……」
「しているわ。さっきの薪割りだってそう。あなたは周りの誰よりも有能で、素晴らしい技術を持っているのに、いつも『手際が悪い』とか『僕なんて』って、自分を卑下してばかりじゃない」
前世の社畜時代。能力はあるのに、上司のパワハラで「自分は無能だ」と思い込まされ、ボロボロになって辞めていった同僚たちの顔が浮かぶ。
不当な評価で自分を傷つけるのは、ブラック企業に搾取される第一歩だ。私は、私の大切な社員(騎士)が、そんな風に自分自身を貶めるのが我慢ならなかった。
私が少し強めの口調で詰め寄ると、ユリウスは困ったように眉尻を下げた。
「あの……わざと自分を低く言っているわけじゃないんです。僕なんて、父さんから何時も言われていたように、剣もろくに振れないですし……」
「ろくに剣を振れないって……」
私は絶句した。
魔導戦車の冷却機構を一瞬で見抜き、数百人の軍隊を一滴の血も流させずに制圧したあの神速の剣撃が、「ろくに振れていない」レベルだと?
「貴方のお父様は剣聖か何かかしら!?」
「えっ? い、いや、ただの田舎の道場の厳しい親父で……『お前の剣は迷いがある、まだまだ三流以下だ』って、いつも木刀でボコボコにされてたので……」
(それ、絶対にただの田舎の親父じゃないわよ……!)
どんなバケモノの英才教育を受けたら、こんな規格外の自信喪失剣士が育つというのか。
「と、とにかく! 過去に誰から何を言われたかは知らないけれど、今のあなたは立派なこの村の最高警備責任者よ! もう少し堂々として、自分を粗末に扱わないで!」
「れ、レティシアさん……怒ってますか?」
「怒ってるわよ! あなたが自分を大事にしないから!」
私がムキになって怒ると、ユリウスはカップを両手で包み込みながら、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「……ごめんなさい。でも、本当に僕は何とも思ってなくて」
「え?」
「僕自身が馬鹿にされたり、下に見られたりしても、痛くも痒くもないんです。だから、自分がどう扱われるかは重要じゃなくて……皆が笑顔で、皆が幸せなら、それでいいんです」
それは、究極の自己犠牲だった。
他人の幸福のためなら、自分が泥を被っても、笑われても構わない。それが彼の本質であり、彼が「自分のためには剣を抜けない」理由なのだ。
なんて優しくて、そして危うい生き方だろう。
そんなことをしていれば、いつか必ず、悪意を持った人間にいいように利用され、搾取されてしまう。
胸の奥で、どうしようもないイライラと、彼への愛おしさがぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「……じゃあ」
気がつけば、私は彼に顔を近づけ、感情のままに言葉をぶつけていた。
「皆が幸せならいいって言うなら……私が不幸になったら!?」
しまった、と思った。
いくらなんでも極端すぎるし、なんだかヒロインぶった我儘な女みたいだ。
慌てて言葉を取り消そうとした、その瞬間だった。
「必ず助けます」
一切の、迷いも、間もなかった。
いつもオドオドと視線を泳がせている彼が。
真っ直ぐに私の瞳を見つめ返し、絶対の自信と覚悟を込めた、低く静かな声で、そう断言したのだ。
――ドクンッ。
「なっ、な……」
「レティシアさんが不幸になるなんて、絶対に嫌です。誰が相手でも、何があっても、僕が必ず助けます。……だから、安心してくださいね」
ふにゃり、と。
先ほどまでの真剣な表情から一転して、いつもの無防備で優しい笑顔に戻るユリウス。
対する私は、顔から火が出るほど真っ赤になり、口を金魚のようにパクパクと開閉させることしかできなかった。
(そ、そそそ、そんなの……っ! 反則じゃない!!)
自分のことにはどこまでも無頓着なくせに。
私がピンチになった時だけは、世界を敵に回してでも助けると言い切る。
下心ゼロの、純度100%の忠誠心と庇護欲。
そんな殺し文句を無自覚にぶっ放されて、平常心でいられる女がいるわけがない。
「っ〜〜〜! べ、別に心配なんてしてないわよ! 午後の見回り、よろしくね!!」
私はバタッと立ち上がり、逃げるようにその場から走り去った。
背後でユリウスが「あ、はいっ! 頑張ります!」と元気よく返事をする声が聞こえ、さらに顔が熱くなる。
* * *
「……(即答なのね)」
少し離れたルナキンのテラス席。
一部始終を特等席で眺めていたクロエは、呆れたように、けれどひどく楽しそうに扇子で口元を隠した。
「はむっ、もぐもぐ……どうしたんですか、クロエさん。レティシアさん、顔真っ赤にして走っていきましたけど」
隣で山盛りのポテトフライを頬張っているリリスが、首を傾げる。
「ふふっ。うちの堅物社長が、天然のタラシ社員に完全にKOされただけよ。……あの子、自分のことにはとことん鈍感なくせに、レティシアのことになると反射神経がバグるのよね」
クロエはイモッカのグラスを揺らしながら、満足そうに微笑んだ。
「『私が不幸になったら?』……『必ず助けます』。ええ、最高の誓いね。……さあ、愛しのナイト様の決意表明も済んだことだし」
クロエの鋭い視線が、ポポロ村へと続く街道の彼方へと向けられた。
その瞳には、獲物を待ち構える肉食獣のような、冷酷な光が宿っている。
「そろそろ、あの馬鹿な元婚約者が、最高の『当て馬』としてお輿入れしてくる頃合いかしらね」
王都を出発した、悪趣味な黄金の魔導戦車。
破産寸前のブラック王太子エドワードによる、理不尽極まりない強行出撃。
嵐は、もうすぐそこまで迫っていた。
だが、私たちには何の不安もない。だってこの村には、私が不幸になることを絶対に許さない、最強の騎士様がいるのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第4話、レティシアの「歯痒さ」からの、ユリウスの無自覚な殺し文句炸裂回でした!
自分のためには剣を抜けない。自分が馬鹿にされても「皆が幸せならそれでいい」。
そんな自己犠牲の塊のような彼にイライラして放った「私が不幸になったら!?」という問い。
それに対する「必ず助けます(即答)」。
クロエも思わず心の中でツッコミを入れるほどの、一切の迷いがない即答でした。これには有能社畜OLも顔を真っ赤にして逃げるしかありません(笑)。
そして次回、第5話。
最高の雰囲気に包まれるホワイト村に、ついに空気を読まない「あの男」が到着します。
黄金の魔導戦車に乗ったブラック元婚約者・エドワードの来襲です!
「即答はずるい!」「ユリウスの天然タラシ最高!」「エドワード、ボコボコにされる準備はできたか?」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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