天界より天国なホワイト村の日常。一方その頃、破産寸前のブラック元婚約者は逆ギレ出撃を果たしていた
天界より天国なホワイト村の日常。歯痒い最強騎士と、破産寸前のブラック元婚約者の逆ギレ出撃
「はむっ、もぐもぐもぐ……あぁぁ〜っ、幸せですぅ。お口の中に太陽芋の甘みが広がって、まるで天国……いえ、天界以上の天国です!」
ぽかぽかと暖かい昼下がり。
ルナキン・ポポロ支店のテラス席では、ピンク色の初心者マーク入りジャージを着た見習い女神・リリスが、山盛りの『太陽芋のハニーかぼちゃ蜜掛け』を幸せそうに頬張っていた。
「ゆっくり食べてくださいね、リリスさん。おかわりならまだたくさんありますから。あ、お茶淹れましたよ。熱くないか気をつけてくださいね」
「ユリウスさん……っ! ありがとうございますぅ! あなたは本当に、天界のどの天使よりも慈悲深くてイケメンです!」
「えへへ、そんな大袈裟ですよ。僕はただ、お茶を淹れるくらいしか取り柄のない、下っ端の護衛ですから。皆さんが喜んでくれるのが、一番嬉しいんです」
犬耳(幻覚)をパタパタと揺らしながら、照れ臭そうに笑うユリウス。
彼はリリスが村にやってきてからも、全く態度を変えることなく、甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いている。
ルナキンのウェイトレス顔負けの鮮やかな手つきでティーカップにお茶を注ぎ、リリスがこぼした蜜をサッと布巾で拭き取るその姿は、とても数百人の軍隊を単騎で制圧した「絶対零度の化け物」には見えない。
私は執務用の光るパネル(経費精算スキル)から視線を外し、その光景を頬杖をついて眺めていた。
(……相変わらず、自分の評価がミジンコレベルなのよね、ユリウスって)
前世の社畜時代、私は自己評価が極端に低い同僚を何人も見てきた。
彼らは有能であるにも関わらず、ブラックな上司から「お前はダメだ」「誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ」と洗脳のように言われ続け、自分には価値がないと思い込まされていた。
ユリウスも同じなのだ。幼い頃から厳格な父親にスパルタ教育を受け、「完璧でなければ意味がない」と育てられた結果、どれほど強大な力を持っていようと、自分自身に価値を見出せなくなってしまったのだろう。
「……ねえ、クロエ。あの子のあの極端な自己評価の低さ、なんだか見ていて歯痒くならない?」
向かいの席で、昼間から優雅にイモッカ(芋酒)のロックを転がしている親友に、私は小さくこぼした。
クロエはグラスの氷をカランと鳴らし、ユリウスを横目で見やる。
「そうね。あんなバケモノみたいな剣術と魔法を持っているのに、本気で自分のことを『取り柄のない下っ端』だと思い込んでいる。……謙虚を通り越して、少し異常なほどの無欲さね」
「そうなのよ! あんなに強いんだから、もっと堂々と胸を張ればいいのに。誰かに褒められてもオドオドして、すぐに一歩引いちゃうんだもの。……なんだか、見ているとイライラしてきちゃうわ」
私は無意識のうちに、トントンと指先でテーブルを叩いていた。
彼が優しいのは知っている。けれど、その優しさは自分自身を蔑ろにしている上に成り立っているような気がして、無性に腹が立つ時があるのだ。
「あら。うちの堅物OLちゃんは、彼にもっと男らしく、俺様になってほしいのかしら?」
「そ、そういうわけじゃないけど! ただ、あんなに有能な社員が、不当に自分を低く見積もっているのが許せないだけよ! 私が絶対に、彼の自己評価をカンストさせてみせるんだから!」
私が鼻息を荒くして宣言すると、クロエは「はいはい」と呆れたように肩をすくめた。
彼は私が護ると決めた大切な騎士なのだ。誰にも、そして彼自身にすら、彼を侮辱させるような真似はさせたくない。
――しかし。
私たちがポポロ村でそんな穏やかで少し歯痒い時間を過ごしているその裏側で。
かつて私を搾取し、不当に追放したブラック国家は、文字通り『崩壊の危機』に瀕していた。
* * *
「どういうことだ!! なぜ国庫が空になっている!!」
王都、王城の執務室。
エドワード王太子は、血走った目で目の前の官僚たちに怒鳴り散らしていた。
彼の足元には、未処理の書類が雪崩のように散乱し、執務机の上には空になったワインボトルが何本も転がっている。目の下には色濃い隈が刻まれ、かつての威厳ある姿は見る影もない。
「で、殿下……! 先日、ポポロ村へ強行出撃したガルドス男爵の部隊が全滅させられました。さらに、クロエ商会を通じて、ドワーフの『ドンガン地下帝国』ならびに三大国から、超法規的緩衝地帯への侵略行為に対する莫大な『違約金および賠償金』の請求が届きまして……っ!」
「それを支払うために、王家の隠し財産から何から、全てを切り崩したというのか!?」
「は、はい……。払わなければ、明日にも三国同盟軍が王都に進軍してくると通達があり……やむを得ず……っ」
エドワードはワナワナと震え、手元にあった高級なクリスタルグラスを壁に投げつけた。
ガシャァンッ!と甲高い音を立ててガラスが砕け散る。
「ガルドスの馬鹿めがァッ! たかが田舎村ひとつ、満足に制圧できんとは!」
完全なる責任転嫁である。
そもそも「ポポロ村を直轄領にしろ」と無茶な命令を下したのは彼自身だというのに、エドワードの頭の中では「無能な部下のせい」に変換されていた。典型的なブラック経営者の思考回路である。
「殿下、それだけではありません! レティシア様が追放されてから、魔導具の輸出入ルートが完全に麻痺しております! 各ギルドからのクレームが殺到し、現場の官僚たちも次々と過労で倒れ、離職率は過去最高を更新しており――」
「ええい、黙れ黙れ黙れェッ!!」
エドワードは耳を塞ぎ、狂乱したように叫んだ。
今まで、これらの山積する国政のトラブルは全て、レティシアが水面下で完璧に処理していたのだ。彼女という「巨大な歯車」を失った王国は、今や完全に機能停止に陥っていた。
「なぜだ……! なぜ私がこんな目に遭わなければならない! あの悪女め……私という偉大な主を失って、今頃は辺境で泥水を啜って泣いているはずだろうが!」
「で、殿下……噂によれば、レティシア様はポポロ村の新たな領主となり、村はかつてないほどの繁栄を見せているとか……」
「嘘だ!! そんなことあるわけがない!!」
エドワードは机を激しく叩いた。
彼のプライドが、自分がいなくても彼女が幸せに生きているという事実を、絶対に許容できなかった。
「……そうだ。レティシアだ。あいつが悪いのだ」
エドワードの濁った瞳に、狂気に満ちた光が宿る。
「あいつが私の元から逃げ出したから、こんなことになっているのだ! あいつのあの便利なスキルさえあれば、借金も、書類仕事も、全て解決する! そうだ、強引にでも連れ戻せばいい!!」
「で、殿下!? まさか、ポポロ村へ……!? なりませぬ! これ以上の武力侵攻は、それこそ国家の破滅を――」
「黙れ! これは王命である! 王城の地下に封印されている『王室専用・試作型魔導戦車』を起動させろ!!」
官僚たちが顔面蒼白になって止めるのも聞かず、エドワードは狂ったように笑い声を上げた。
王室専用・試作型魔導戦車『ゴールデン・モナーク』。
実用性を完全に度外視し、無駄な黄金の装甲と過剰な火力を搭載した、王家の権威を見せつけるためだけのバブル兵器。
国の予算が底をついているというのに、エドワードはそれを起動させるための莫大な魔晶石を強引に徴収した。
「待っていろ、レティシア……! お前を王都へ連れ戻し、死ぬまで私のために働かせてやる! 私が直々に迎えに行ってやるのだから、泣いて喜ぶがいい!!」
もはや正常な判断能力を失ったブラック元婚約者は、残された最後の親衛隊を率いて、黄金に悪趣味に輝く魔導戦車に乗り込んだ。
目指すは、人間、獣人、魔族の緩衝地帯。
レティシアたちのいる、ポポロ村。
狂気に満ちた理不尽な執着が、再び辺境の地へと迫っている。
そしてこの愚かな男はまだ知らない。彼が放つ理不尽な侮辱の言葉が、あの歯痒いほどに気弱で優しい青年の『逆鱗』に触れることになるということを――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第2章の第3話、いかがでしたでしょうか。
ポポロ村でのんびりとみたらし団子を頬張るリリスと、自己評価の低いチワワ系最強騎士・ユリウス。
平和なホワイト村の日常の一方で、王都ではブラック元婚約者・エドワードが完全な自業自得で国を崩壊させていました。
「あいつが辞めたから会社が回らないんだ! 連れ戻して働かせろ!」……現実のブラック企業でもよく聞く、最悪の逆ギレ理論ですね(笑)。
そしてついに、悪趣味な黄金の魔導戦車に乗って、エドワードがポポロ村へ強行出撃します。
しかし、彼を待ち受けているのは、レティシアを心から愛護する「絶対零度の化け物」なのです。
次回、第4話!
嵐の前の静けさの中、レティシアはユリウスの「自己評価の低さ」に少しだけ歯痒さを感じ始めます。彼が「自分のために」怒れない理由とは――?
「エドワード狂いすぎワロタ」「完全にブラック上司の末路」「ユリウス早くボコボコにして!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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