道中の出会い。野盗に怯える気弱な青年と、初めての福利厚生(バフ飯)
道中の出会い。野盗に怯える気弱な青年と、初めての福利厚生(バフ飯)
王都を出発して数日。辺境へと向かうガタゴトと揺れる馬車の中は、追放された令嬢が乗っているとは思えないほど、優雅で快適な空気に包まれていた。
「……信じられないわ。馬車の中で、こんなに温かくて美味しい紅茶と焼き菓子がいただけるなんて」
向かいの席に座る親友のクロエが、呆れたような、けれど心底楽しそうな感嘆の声を漏らした。
彼女の手にあるのは、王都の最高級サロンでしかお目にかかれないような上質なティーカップと、芳醇な香りを漂わせる紅茶。そして隣のプレートには、色とりどりのマカロンが並んでいる。
「ふふっ、私の新スキル【経費精算】の力よ。欲しいものを念じれば、どこからでも『経費』で即座に取り寄せることができるみたいなの」
「それ、商人である私の常識が粉々に砕け散るほどのチートスキルなんだけど? 物流の概念が崩壊するわよ」
「しかも、上限額が今のところ見当たらないのよね。王家のために身を粉にして働いた前世と今世の『未払い残業代』を一括請求していると思えば、安いものだわ」
ブラック国家の理不尽から解放された私たちは、馬車の中で優雅なティータイムを満喫していた。
目指す先は、三大国の国境線が交わる緩衝地帯『ポポロ村』。どの国家の法も及ばないカオスな地だと言われているが、ゼロから私たちの理想の「ホワイト領地」を作るにはうってつけの場所だ。
これからの事業計画(村の改革案)についてクロエと楽しく語り合っていた、その時だった。
「ヒィィッ! や、野盗だァッ!!」
御者の悲鳴と共に、馬車が急ブレーキをかけて停止した。
車体が大きく揺れ、ティーカップがカチャリと鳴る。
クロエと顔を見合わせ、そっと窓の隙間から外の様子を窺うと――街道のど真ん中を、薄汚れた身なりの野盗たちが十数人ほどで塞いでいた。
だが、彼らの標的は私たちの馬車ではないようだった。
「ひぃっ……! お、お願いです、お金なら全部渡しますから……乱暴なことはしないでくださいっ……!」
野盗たちの中心で、一人の青年が地面にへたり込んで震えていた。
透き通るような氷色の髪に、整った中性的な顔立ち。スラリとした長身だが、今は怯えきって身を縮こまらせているため、ひどく小さく見える。
腰には立派な長剣を帯びているというのに、彼は柄に手をかけることすらなく、ただ両手を前に出して懇願していた。
「ギャハハハ! なんだこの優男! 剣なんか下げて一丁前に冒険者のフリかぁ?」
「金もいただくが、その上等な剣も置いていきな! 抵抗するなら、その綺麗な顔を切り刻んでやるよ!」
ゲラゲラと下劣な笑い声を上げる野盗たち。青年は「け、剣だけは……父さんに怒られちゃう……」と涙目で首を振っている。
(……イラッ)
その光景を見た瞬間、私の胸の奥で不快な感情が渦巻いた。
多勢に無勢。弱い立場にある者を、数の暴力と理不尽で一方的に追い詰める構図。
前世で、無能な上司が新入社員をネチネチといたぶっていた光景や、王城で私に全ての責任を押し付けてきた官僚たちの顔がオーバーラップする。
「……クロエ、ちょっと手伝って」
「ええ、もちろん。あんな品のない連中が道を塞いでいたら、通れるものも通れないわ」
私はスキル【経費精算】を発動し、脳内のカタログからあるアイテムを検索・発注した。
ポスッ、と私の手のひらに現れたのは、ドワーフの最新技術で作られたという『高輝度閃光魔石』。
私は馬車の扉を蹴り開けると、野盗たちの足元へ向かってそれを全力で投げつけた。
「え、なに――」
「ピカーーーンッ!!」
野盗が足元を見た瞬間、魔石が爆発的な閃光と轟音を放った。
「「「ぎゃあああああ!? 目がぁッ!!」」」
「今よ、クロエ!」
「ふふっ、任せなさい! ――全軍、構えッ!! アバロン魔皇国の先遣隊が到着したわ! 野盗共を一人残らず捕縛し、強制労働所にぶち込みなさい!!」
クロエが魔導拡声器(これも経費で落とした)を使い、背後に大軍が控えているかのような堂々たる威厳を込めてハッタリを叫ぶ。
視界と聴覚を奪われ、パニックに陥っていた野盗たちは、「ま、魔族の軍隊だァーッ!?」「逃げろォォ!」と蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていった。
あっという間に静まり返る街道。
そこには、目を回してへたり込んでいる氷髪の青年だけが残されていた。
「大丈夫ですか? 怪我はない?」
「あ、えと……は、はい。助けていただいて、本当にありがとうございます……っ」
私が駆け寄って声をかけると、青年はホッと安堵の息を吐き――直後、彼のお腹から「ぐきゅるるるぅぅ〜……」という盛大な音が鳴り響いた。
「あぅっ……」
青年はボンッ、と音がしそうなほど顔を真っ赤に染め、両手でお腹を押さえてうずくまってしまった。
「す、すみません……実は道に迷ってしまって、三日間何も食べていなくて……」
「三日も!? それは大変、今すぐ食事を用意するわ!」
私はすぐさま、もう一つのスキル【社員食堂】を発動した。
空間が微かに歪み、目の前に温かな湯気を立てるお弁当箱が出現する。
メニューは『特製スタミナ回復ポトフと、柔らかな白パン』。状態異常を回復し、全ステータスに強力なバフ(闘気・魔力向上)を付与する、究極の福利厚生メシだ。
「さあ、食べて。消化に良くて、元気が出るお料理よ」
「こ、こんな温かい食事を……いいんですか? あ、ありがとうございます……!」
青年は受け取ったスプーンを震える手で握りしめ、ポトフを一口運んだ。
その瞬間、彼の瞳が大きく見開かれる。
「……っ!? なんだこれ……信じられないくらい美味しい……それに、体の底から力が、魔力が一気に溢れてくる……!?」
彼の周囲の空気が一瞬だけピリッと冷たく凍てついたように感じたが、それはすぐに霧散した。
夢中になってポトフを平らげる彼を見ながら、私は(良かった、バフ効果がちゃんと効いて体力が戻ったみたいね)と微笑ましく見守っていた。
「ふぅ……生き返りました。僕はユリウスと言います。ただの旅の者です」
「私はレティシア。こっちは親友のクロエよ」
立ち上がったユリウスは、長身を折って深く頭を下げた。
ひどく腰が低く、オドオドとした態度。剣を帯びているが、とても戦えるような人物には見えない。心優しい、ただの気弱な青年という印象だ。
だが、隣に立つクロエの目は違った。
彼女はユリウスの腰にある剣の柄と、彼の手のひらに刻まれた分厚い剣ダコをじっと観察し、何かを察したように口角を吊り上げた。
(あらあら。こんなに気弱そうな顔をしてるけど、あの子の剣、ただの業物じゃないわね。オリハルコンかミスリル級の特注品。それにあの手のマメ……幼い頃から血反吐を吐くような修練を積まないと、あんな手にはならないわ)
しかし、クロエはその事実を口には出さず、わざとらしくパンッと手を叩いた。
「ねえ、ユリウス君。あなた、行く当てがないなら私達の護衛兼、荷物持ちとして働かない?」
「えっ? で、でも僕、剣術とか全然ダメで、さっきみたいに震えちゃうだけの臆病者ですよ……?」
「構わないわよ。道案内のダミーというか、男手が一人いるだけでも野盗避けの牽制になるし。ね、レティシア?」
「そうね。ポポロ村までの道中、手伝ってもらえると助かるわ。お給料はもちろん弾むし、食事(社員食堂)付き、完全週休二日制で、理不尽な残業は絶対にさせないと約束するわ」
私が前世で一番言われたかった「究極のホワイト労働条件」を提示すると、ユリウスは信じられないものを見るように目を丸くし、やがてポロポロと涙をこぼし始めた。
「うっ、うぅ……親切な人たちだぁ……! わかりました、僕でよければ、荷物持ちでも雑用でも一生懸命やらせていただきます!」
ぶんぶんと尻尾を振る大型犬のように頷くユリウス。
こうして私たちは、ひどく気弱で争い事が嫌いな青年を、道中の仲間として迎え入れることになった。
――この時の私は、まだ気づいていなかった。
いつもビクビクしているこの心優しい青年が、いざという時、どれほど圧倒的で、冷徹な『最強の氷魔法剣士』へと変貌するのかを。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ついに本作のヒーロー、ユリウスが登場しました!
今はオドオドして野盗に怯える「チワワ」状態ですが、彼が剣を抜いた時、一体どんなとんでもない事態になるのか……。レティシアの【バフ飯】の効果も合わさって、今後の彼の活躍(無双)にご期待ください!
次回は第3話、いよいよカオスすぎる辺境「ポポロ村」に到着します。
喋る野菜やヤバい教師など、アナスタシア世界ならではの濃いキャラたちがレティシアを待ち受けます!
「ユリウス可愛い!」「早く覚醒して無双する姿が見たい!」「福利厚生メシ、私も食べたい!」と少しでも思っていただけましたら、
ぜひページ下部の【★で称える(ポイント評価)】から、星3つ(★★★)の応援をよろしくお願いいたします!
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