第一章 ブラック企業国家を蹴飛ばした社畜OL、スローライフ生活を満喫する
ブラック国家からの退職勧告(婚約破棄)と、最強の親友
「レティシア・ヴァレンシュタイン! 貴様のような傲慢で陰湿な女は、次期王妃にふさわしくない。よって、この瞬間をもって貴様との婚約を破棄する!」
王城の巨大なシャンデリアが眩しく輝く、絢爛豪華な夜会。
数多の貴族たちが集う大広間の中心で、王太子エドワードの声が冷たく響き渡った。
彼の腕の中には、涙ぐみながら身を寄せる男爵令嬢マリアの姿がある。彼女が身にまとっている最高級のシルクドレスは、皮肉なことに、私が王家の財政をやりくりして捻出した予算から買われたものだ。
私は、その光景をひどく冷めた目で見つめていた。
「……エドワード殿下。私が陰湿な真似をしたという、確たる証拠はあるのでしょうか?」
「証拠ならある! 貴様が裏で手を回し、この可憐なマリアからドレスを奪い、さらには王家の予算を横領したことなど、既に調べがついているのだ!」
(王家の予算を横領……?)
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがプツンと音を立てて切れた。
横領どころか、王家の財政が破綻寸前だったのを、連日徹夜で書類の山と格闘し、無駄な経費を削減して立て直したのは私だ。エドワード殿下が遊興費に散財したツケを払うため、領地の税収を血を吐く思いでやりくりし、泥にまみれながら各商業ギルドと交渉して回ったのも私だ。
『レティシア、お前は本当に優秀だな。僕にはお前が必要だ』
そんな都合のいい甘い言葉に騙されて、私は彼のために、この国のために、身を粉にして働いてきた。
朝から晩まで、睡眠時間を削り、美容にかける時間も削り、ただひたすらに……。
「貴様のような悪女は、王都から永久追放とする! 三大国の国境線にある辺境の緩衝地帯、『ポポロ村』へ失せろ! そこで一生、家畜のように泥にまみれて惨めに暮らすがいい!」
追放。
その言葉が耳に届いた瞬間。
私の脳裏に、強烈なノイズと共に『ある記憶』がフラッシュバックした。
――ピーポー、ピーポー……。
深夜のオフィス。パソコンの画面だけが青白く光る中、私はキーボードに突っ伏していた。
『鈴木さん、この資料明日の朝イチまでに頼むね!』
『鈴木さん、休日出勤できるよね? 代休? そんなのあるわけないだろ』
残業代ゼロ。月200時間を超える時間外労働。誰も助けてくれない。冷え切ったコンビニ弁当を喉に詰め込み、エナジードリンクで無理やり目を覚ます日々。
そして私は、過労で心臓を押さえ、誰にも看取られずに息を引き取ったのだ。
(……ああ、そうか)
息を呑む。
私は、思い出したのだ。自分が前世、日本のブラック企業で働き詰めになり、過労死した社畜OLだったということを。
そして、異世界の公爵令嬢として転生したこの人生でも、結局は『エドワード殿下』という名のブラック上司に無給で酷使され、責任を全て押し付けられた挙句に都合よくポイ捨て(不当解雇)されたという事実に。
(馬鹿みたい。結局ここも、前世と何一つ変わらない、最悪のブラック企業じゃない……!)
理不尽に対する強烈な怒りと、底知れぬ絶望。
その瞬間、私の頭の中に、透き通るような無機質な声が響いた。
『――条件を満たしました。前世の記憶と、理不尽に対する強い反逆の願望に呼応し、ユニークスキル【無限の福利厚生】が覚醒しました』
(……え?)
【無限の福利厚生】?
頭の中に、不思議なシステム情報が流れ込んでくる。
・【社員食堂】:対象者に、状態異常を完全回復し、全ステータスに強力なバフ(闘気・魔力向上)を付与する絶品料理を提供する。
・【有給休暇】:対象者を、強制的に超回復の温泉空間(亜空間)へ転移させ、あらゆる疲労を強制リセットする。
・【経費精算】:必要な物資やポーション、さらには前世の知識に基づく品物を、無尽蔵の資金(経費)でどこからでも即座に取り寄せ可能。
(何これ……私が前世で喉から手が出るほど欲しかった、労働者の正当な権利そのものじゃない……!)
ふふっ、と。
自然と、私の口から笑みがこぼれた。
もう、こんなブラック国家のために働く必要はないのだ。私は、私自身の幸せのために、この最強の権利を行使すればいい。理不尽に耐えるだけの人生は、たった今、終わったのだ。
「……承知いたしました、エドワード殿下」
私は背筋をピンと伸ばし、かつてないほど晴れやかな、心からの笑顔でカーテシー(淑女の礼)をした。
「なっ……なんだその態度は! 追放だぞ! 泣き喚いて許しを乞うのが普通だろう!」
「なぜ泣く必要があるのでしょうか? 長年、無給で徹夜続きの劣悪な労働環境を強要されてきましたが、これでようやく『退職』できるのですね。晴れて自由の身になれること、心より感謝申し上げます」
「は……? ろうどう、かんきょう……? たいしょく……?」
聞いたこともない単語に、エドワード殿下が間の抜けた顔をする。
「ちょっと待ちなさいよ。レティシアを追放するですって?」
その時。
どよめく群衆を掻き分けて、一人の令嬢が颯爽と進み出てきた。
燃えるような赤い髪に、知性と野心を宿した鋭い瞳。私の最高の親友にして、国内屈指の商会を束ねる没落貴族の令嬢、クロエだ。
「ク、クロエ! 貴様、王家たる私の決定に異議を唱える気か!」
「ええ、大ありよ。エドワード殿下、あなたはご自身の首を絞めていることに気づいていらっしゃらないの?」
クロエは手にした豪奢な扇子をパチンと鳴らし、冷ややかな笑みを浮かべた。
「王宮の複雑な事務処理、各ギルドとの折衝、さらには崩壊寸前だった魔導具の輸出入ルートの再構築……。この国の行政と経済が回っていたのは、すべてレティシアが裏で完璧に実務をこなしていたからですわ。彼女がいなくなれば、三日……いえ、明日には王城の機能は完全に麻痺し、一ヶ月後には国庫が底をつきますわよ?」
「なっ、馬鹿な! そんな小難しい書類仕事など、代わりの官僚にやらせればいいだろう!」
「あら。その官僚たちが揃いも揃って無能なポンコツだから、レティシアが過労死寸前までカバーしていたんじゃありませんか。……まぁいいわ。優秀な人材を使い潰すような沈みゆく泥舟に、これ以上しがみつく理由なんてありませんしね」
クロエはそう言うと、胸元につけていた王宮出入りの許可証や、高位貴族としての徽章をもぎ取り、躊躇いなく大理石の床に投げ捨てた。
カラン、と乾いた音が広間に響く。
「クロエ!? 一体何を……」
私が驚いて声をかけると、クロエは悪戯っぽくウインクをした。
「レティシア。私、あんたがいなきゃ大きな商売なんて回せないのよ。それに、こんなブラック国家、こっちから願い下げだわ。私もあんたと一緒に、その『ポポロ村』とやらへ行くわよ」
「……本当に? 地位も、これまで築き上げた財産も捨てて?」
「私の頭脳と交渉術、そしてあんたの実務能力があれば、辺境の村だろうが何だろうが、すぐに黄金郷に変えてみせるわ。そうでしょ?」
彼女の言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
前世では、誰にも頼れず孤独に倒れた私。
でも今世には、こんなにも頼もしく、損得勘定抜きで私についてきてくれる最高の親友がいる。それに、私には目覚めたばかりの最強のスキル【無限の福利厚生】があるのだ。何も恐れることはない。
「ええ……そうね。行きましょう、クロエ」
「ま、待て! 誰が行っていいと言った! 貴様ら、王家を愚弄する気か!」
エドワード殿下が顔を真っ赤にして慌てて制止しようとするが、私たちはもう振り返らなかった。
「ごきげんよう、殿下。せいぜい、ご自分たちだけで書類の山と格闘して、過労で倒れないように気をつけてくださいませ。私はこれから、たっぷりと『有給休暇』を消化させていただきますので」
呆然と立ち尽くす王太子と青ざめ始めた官僚たちを背に、私たちは王城の大広間を堂々と後にした。
目指すは、人間、獣人、魔族の三大国の国境線に位置するカオスな中立地帯、ポポロ村。
まさかその道中で、私の運命を大きく変える『気弱な最強氷魔法剣士』と出会い、彼に心を奪われることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。
(よし、絶対にポポロ村を、世界一ホワイトで平和な最強の領地に大改革してやるんだから……!)
理不尽から解放された社畜OLの第二の人生が、今、高らかに幕を開けた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついに社畜OL・レティシアの理不尽への反逆と、最強のホワイト村作りがスタートしました。
親友クロエの論破、いかがでしたでしょうか? 王太子の明日はきっと徹夜確定です(笑)。
そして次回! 第2話では、いよいよ本作のヒーローである『気弱な最強氷魔法剣士・ユリウス』が登場します。
彼がどうやってレティシアたちと出会い、どんなギャップを見せてくれるのか……ぜひ楽しみにお待ちください!
読者の皆様にお願いです。
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どうか、レティシアたちの新しい門出に、清き一票(福利厚生)をよろしくお願いいたします!




