無自覚な氷の騎士様と、有能社畜OLのすれ違いな恋。
無自覚な氷の騎士様と、有能社畜OLのすれ違いな恋。最強のホワイト村で、彼を絶対に幸せにしてみせる!
ポポロ村を『世界一のホワイト領地』として高らかに宣言してから、数週間が経過した。
私たちが拠点としている役場は、ドンガン地下帝国の建築技術と【経費精算】の力によって、見違えるほど立派な領主館へと改築されていた。
大きな窓から暖かな日差しが差し込む執務室で、私はふかふかの革張りチェアに深く腰掛け、大きく伸びをした。
「ふぅ……。これで今月の予算編成と、村人たちのシフト調整は完了ね」
手元の羊皮紙をトントンと揃え、机の端に置く。
王城時代なら、ここからさらに別の部署の尻拭いや、エドワード殿下の私的な借金の帳尻合わせなど、無限に湧き出る無意味なタスクに忙殺されていた。
しかし今は違う。無駄な会議は全て廃止し、適材適所で業務を振り分け、利益は全て村のインフラ整備と『福利厚生』に還元する。前世の社畜時代から夢にまで見た、完璧で合理的なホワイト経営だ。
トントン、と。
控えめなノックの音がして、執務室の扉が開いた。
「レティシアさん。お疲れ様です、午前中の見回り、異常ありませんでした!」
顔を出したのは、村の最高警備責任者に就任したユリウスだった。
彼は真新しい、けれどどこかドワーフの武骨な意匠が混ざった魔導防寒着を見事に着こなし、腰にはあのオリハルコン・ソードを帯びている。
黙って立っていれば、彫刻のように美しい顔立ちと長身で、おとぎ話の白馬の騎士そのものだ。
しかし、彼特有の『見えない犬耳と尻尾』がパタパタと揺れているせいで、威厳よりも大型犬のような愛嬌が勝ってしまっている。
「ご苦労様、ユリウス。寒い中ありがとう」
「いえ! 魔導地雷の再配置も終わりましたし、マンミアさんたち自警団の方々とも連携の確認はバッチリです。……あの、僕、ちゃんとお役に立ててますか?」
オドオドと上目遣いで尋ねてくるユリウス。
あの日、絶対零度の冷気と共に数百人の軍隊を単騎で制圧した「化け物」と同一人物とは、未だに信じられない時がある。
彼は本当に、自分の実力を「ちょっと氷の扱いが得意なだけ」だと本気で思い込んでいるのだ。
「ええ、もちろんよ。あなたが警備の指揮を執ってくれているおかげで、村の人たちも安心して農作業に集中できているわ。最高の働きよ」
「よかったぁ……っ! レティシアさんにそう言ってもらえると、すごくホッとします」
ふにゃり、と。
心底嬉しそうに破顔する彼を見て、私の胸の奥がまたしてもトクンと跳ねた。
(……ああもう。本当に、顔がいいんだから)
自分の無自覚な破壊力に気づいていないところが、一番タチが悪い。
私が微かに赤くなった頬をごまかすように咳払いをすると、ユリウスはハッとしたように姿勢を正した。
「あ、そうだ! お昼休憩の時間ですよね。レティシアさん、ずっと座りっぱなしだったから、肩凝ってませんか? 温かいお茶、淹れますね!」
「あ、ありがとう。じゃあ、今日は一緒にランチにしましょうか」
私は【社員食堂】のスキルを発動し、デスクの上の空きスペースに、熱々の『肉椎茸の醤油草炊き込みご飯』と『シープピッグの豚汁』を二人分召喚した。
状態異常を回復し、疲労を吹き飛ばす、私のお気に入りの和風(?)定食だ。
「わぁっ! すごくいい匂い……!」
ユリウスは目をキラキラと輝かせ、私が勧めた向かいの席にちょこんと座った。図体が大きいのに、行動がいちいち小動物みたいで可愛い。
「いただきますっ。……んん〜っ! 美味しいぃぃっ! お肉の旨味がご飯に染み込んでて、最高です!」
「ふふっ。いっぱい食べてね。午後からは農地の視察にも同行してもらうから」
美味しそうにご飯を頬張る彼を見ているだけで、私まで満たされた気持ちになる。
前世では、パソコンのモニターと睨み合いながら、味気ないコンビニのおにぎりを五分で詰め込むだけの昼食だった。誰かと向かい合って、温かいご飯を「美味しいね」と言い合いながら食べる時間が、こんなにも幸せなものだったなんて。
「……あ。レティシアさん、じっとして」
ふいに。
ユリウスが身を乗り出し、私の顔へと手を伸ばしてきた。
彼の手が、私の頬のすぐ横、髪の毛のあたりにそっと触れる。指先から伝わる微かな冷気と、彼の真剣な瞳が至近距離に迫り、私の心臓が「ドッ」と大きな音を立てた。
「ゆ、ユリウス……?」
「あっ、ごめんなさい。髪に、小さなゴミがついていたので」
彼は私の髪から摘み取った小さなホコリを見せ、へへっと笑った。
「今日もお仕事、すごく頑張ってましたから。あんまり根詰めすぎないでくださいね。レティシアさんの笑顔が、この村の一番の栄養なんですから」
「…………っ!」
カァァァッ!と、私の顔から火が出そうになった。
距離の近さ。自然なスキンシップ。そして、少女漫画のヒーロー顔負けの殺し文句。
それを、下心など1ミリもない、純度100%の「気遣い」として無自覚に放ってくるのだ。
(反則よ! こんなの、好きにならない女がいるわけないじゃない……!)
私が言葉に詰まり、真っ赤になって下を向いていると、ユリウスは「あれ?」と首を傾げた。
「レティシアさん、顔が赤いです。まさか、お仕事のしすぎで熱が!? ひぃっ、僕、クロエさんを呼んできます!」
「ま、待って! 熱じゃないから! ただのご飯の湯気のせいだから!」
「ほ、本当ですか? 無理しちゃ駄目ですよ……?」
オロオロと心配そうに私の顔を覗き込んでくる彼に、私はため息をつくしかなかった。
私の恋心は、彼には『体調不良』として処理されてしまうらしい。圧倒的なまでのすれ違い。まさに、無自覚な氷の騎士様だ。
(……いいわ。その鈍感さ、絶対に崩してみせるんだから)
私は気を取り直し、炊き込みご飯を一口食べてから、真っ直ぐにユリウスを見つめ返した。
「ユリウス。私、あなたには本当に感謝してるの。あの夜、私を守ってくれて……こうして今、一緒にご飯を食べてくれて。ありがとう」
「えっ……いえ、僕は当然のことをしただけで……」
「だからね、決めたの」
私はニッコリと、私史上最高の『有能な社長(社畜OL)』の笑顔を浮かべた。
「私、絶対にあなたを手放さないわ。私の持てる【無限の福利厚生】の全てを使って、あなたを世界一幸せな護衛騎士(社員)にしてみせる。だから、覚悟しておきなさいね?」
「……っ!?」
私の逆プロポーズ(宣言)とも取れる言葉に、ユリウスの顔がボンッ!と音を立てて真っ赤に染まった。
彼はパクパクと口を金魚のように開閉させ、やがて「あ、あうぅ……っ」と顔を両手で覆って机に突っ伏してしまった。
「れ、レティシアさんって……時々、すごく男前というか……僕、心臓が痛いですぅ……っ」
「ふふっ。ゆっくり慣れていってね」
私は勝利を確信し、豚汁を美味しくすすった。
今はまだ、私の好意にオロオロするだけかもしれない。でも、毎日温かいご飯を食べさせて、毎日一緒に笑い合って。少しずつ、確実に彼を私の福利厚生で『骨抜き』にしていくのだ。
ブラック企業で培った執念を、なめないでほしい。
「……あらあら。見事に立場が逆転しつつあるわね」
少し開いた執務室の扉の隙間から、その様子を覗き見ていたクロエが、クスクスと肩を揺らして笑った。
彼女の隣には、マグカップ片手に葉巻を吹かすネギオ先生が立っている。
「カッカッカ! あのビビり小僧、お嬢ちゃんの押しにタジタジじゃねぇか。剣の腕は化け物でも、色恋沙汰じゃヒヨッコ以下だな」
「ええ。でも、レティシアも無自覚なタラシ行動に振り回されてるし、どっちもどっちね。……焦れったくて、最高のお茶請けになるわ」
クロエはパタンと扇子を閉じ、窓の外に広がる復興したポポロ村の景色を見渡した。
「王国のエドワード殿下は借金と過労で失脚。ガルドス男爵たちは地下帝国で強制労働。私たちの障害になるものは、もう何もない」
「ああ。だが、このカオスな村だ。これからも、また新しい理不尽やらトラブルが舞い込んでくるだろうよ。……アバロンの魔族どもや、獣人たちも、この村の『飯が美味い』って噂を聞きつけてウロウロし始めてるからな」
「望むところよ。どんなトラブルが来ようと、あの二人……ううん、私たちがいる限り、このポポロ村は絶対に揺るがないわ」
クロエは自信に満ちた笑みを浮かべ、執務室から漏れ聞こえる平和な笑い声に耳を傾けた。
――理不尽なブラック国家を追放された社畜OLは、今、世界で一番ホワイトで、笑顔に溢れた領地を手に入れた。
気弱で最強な氷の騎士様との『すれ違いの恋』が実を結ぶ日は、もう少し先の話。
だけど、この温かくて騒がしい毎日が、これからもずっと続いていくことだけは、誰にも覆せない確かな未来だった。
(第一章・完)
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
第一章、無事に完結です!
ユリウスの無自覚なイケメン行動(髪のゴミ取り&殺し文句)に赤面しつつも、「絶対に福利厚生で手放さない!」と決意するレティシア。オロオロするユリウス。
二人の焦れ焦れですれ違いな恋の攻防戦は、クロエとネギオの最高のお茶請けとなっているようです(笑)。
ブラック国家の理不尽をぶっ飛ばし、理想の『ホワイト領地』を手に入れた彼女たちの物語は、ここで一つの大きな区切りとなります。
【読者の皆様へのお願い】
ここまで読んで「面白かった!」「二人の続きが読みたい!」「ポポロ村に行ってみたい!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部(または右上)の【★で称える(ポイント評価)】から、星3つ(★★★)での全力応援をよろしくお願いいたします!
皆様からいただく【ブックマーク】と【星評価(MAX)】が、第二章を執筆するための最高の【福利厚生】となります!
レティシアとユリウスの恋の行方、そして次なるトラブル(魔族や獣人たちの来訪?)を描くためにも、どうか皆様の清き星での応援をよろしくお願いいたします!
第一章、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




