絶対零度の覚醒。気弱な青年の圧倒的すぎる『力のざまぁ』と、月下の魔法剣士
絶対零度の覚醒。気弱な青年の圧倒的すぎる『力のざまぁ』と、月下の魔法剣士
静寂が、戦場を支配していた。
先ほどまで轟音を立てていたルナミス帝国製の最新鋭魔導戦車が、今はただの巨大な氷のオブジェと化している。
装甲も、履帯も、そして私と子供を吹き飛ばそうとしていた極大の魔力砲弾ごと、全てが青白い氷に分厚く覆われ、完全に沈黙していた。
「な、なんだこれは!? 魔導機関が……動かん!? 凍っているだと!?」
ハッチから身を乗り出したガルドス男爵が、パニックを起こしてわめき散らす。
魔導戦車の放つ熱量は凄まじい。それを一瞬にして、しかも内部の魔力ごと凍結させるなど、人間の所業とは思えなかった。
「……魔導戦車は強力ですが、致命的な構造的欠陥があります。莫大な熱を逃がすための排熱機構です」
氷のようによく通る、冷ややかな声。
私と子供を背中で庇うように立つ長身の青年――ユリウスが、静かに口を開いた。
「排熱口に絶対零度の冷気を流し込み、冷却用の魔晶石を強制的に暴走させれば、内部圧力の逆流で駆動系は0.1秒で完全凍結する。……あなたのように、自分の手で兵器の手入れもしたことがない人間には、気づかないことでしょうね」
その言葉に、私は息を呑んだ。
彼はただ力任せに戦車を凍らせたわけではない。一瞬で兵器の構造的な弱点を見抜き、最も少ない魔力で確実に無力化する『最適解』を突いたのだ。
力だけでなく、圧倒的な知略と機転。
いつもガタガタと震え、私の背中に隠れていた気弱な青年は、もうそこにはいなかった。
月明かりに照らされた彼の横顔は、一切の感情を排した冷徹な処刑人のように静まり返っている。
「き、貴様ぁ……! たかが平民の護衛風情が、この私に説教を垂れるか! おい、お前ら! その男を殺せ! 蜂の巣にしてしまえ!!」
ガルドス男爵のヒステリックな絶叫を受け、広場の周囲で生き残っていた数百人の私兵部隊が、一斉にユリウスへと魔導銃や剣を向ける。
「ユリウス! 危ないっ!」
私が叫んだ瞬間。
「――レティシアさん。ずっと、美味しいご飯と温かい居場所をくれて、ありがとうございました」
振り返らずに、彼が言った。
その背中は、どんな城壁よりも大きく、頼もしく見えた。
「あなたのバフ(福利厚生)のおかげで、今の僕の体には、無限の魔力と闘気が満ちています。……だから、ここは僕に任せてください」
チャキッ、と。
今まで彼が一度たりとも抜こうとしなかった、腰の長剣の鯉口が切られる。
鞘から滑り出たのは、澄み切った氷のように透明な刃を持つ『オリハルコン・ソード』。名工のドワーフですら一生に一度打てるかどうかの、伝説級の業物だった。
「撃てェェェッ!!」
私兵部隊から、無数の魔弾が雨あられと降り注ぐ。
だが、ユリウスは動じなかった。
「……『氷壁』」
彼が剣の柄をトンッと地面に叩きつけた瞬間、私たちの周囲を囲むように、分厚く強靭な氷の城壁が瞬時に隆起した。
銃弾が氷に弾かれ、無力な乾いた音を立てて落ちていく。
「なっ……魔法陣の詠唱もなしに、これほどの規模の魔法を!?」
倒れていたマンミアが、驚愕に目を見開く。
「逃げるな! 囲んで叩き斬れ!」
銃が効かないと悟った兵士たちが、剣や槍を構えて四方八方から氷壁の隙間を縫って殺到してくる。
数百という数の暴力。いかに凄腕の剣士であっても、四方を囲まれればひとたまりもない。
だが、ユリウスの瞳には、一切の迷いも焦りもなかった。
一度「守る」と覚悟を決めた彼は、完全にリミッターを外し、その本来の圧倒的な実力を振るう。
「……本当は、誰も傷つけたくはなかったんですが」
嘆息と共に、彼が一歩を踏み出した。
――速い。
瞬きをする暇すらなかった。ユリウスの姿がブレたかと思うと、先頭を走っていた数十人の兵士たちの足元が、一瞬にしてカチンコチンに凍りついた。
「うおっ!? あ、足が動か――」
「『氷結剣・白華』」
ユリウスの剣が、月明かりを反射して銀色の弧を描く。
彼は兵士たちを斬り殺さなかった。
急所を完璧に外し、剣の腹で強烈な打撃を与えながら、同時に傷口や関節を瞬時に凍結させ、一切の身動きを封じていく。
右へ、左へ。
舞うように、滑るように。
氷の粒子を空中に散らしながら、ユリウスは流麗なステップで戦場を駆け抜ける。
彼の剣が閃くたびに、私兵たちが次々と氷の彫像のように固まり、無力化されて地面に倒れ伏していく。
血の一滴すら流させない。それは、力任せに殺すことよりも遥かに高度な、完璧な『武力の制圧』だった。
「ば、馬鹿な……何十人も束になって、かすり傷一つつけられないだと!?」
「ひ、ひぃぃっ! 化け物だ! 逃げろォッ!」
あまりの圧倒的な実力差に、私兵たちの心がへし折れる。
彼らは武器を放り出し、村の出口へと逃げ出そうとした。
「逃がしません。あなた方は、法を破ってこの村を蹂躙した。……その報いは、法の下で受けていただきます」
ユリウスが剣を天に掲げる。
直後、村を囲む森の入り口に、高さ十メートルを超える巨大な氷の茨が群生し、彼らの退路を完全に塞いだ。
「あ、あぁ……っ、囲まれた……」
「退路を断つなんて……悪魔か、こいつは……!」
逃げ道を塞がれ、絶望に顔を歪める兵士たち。
知恵と機転、そして圧倒的な武力によって、たった一人の青年が、数百人の軍隊を完全に蹂躙したのだ。
「ひぃっ、ひぃぃぃぃっ!」
戦車のハッチにしがみついていたガルドス男爵が、腰を抜かして震え上がる。
ユリウスは静かに、ガルドス男爵の元へと歩み寄った。
カツン、カツンと響くブーツの音が、死神の足音のように男爵を追い詰める。
「く、来るなァ! 私を誰だと思っている! 王国の男爵だぞ! エドワード殿下の側近だぞ!」
ガルドス男爵は懐から小型の魔導拳銃を取り出し、狂ったようにユリウスへ向けた。
だが、ユリウスは立ち止まらない。
「死ねェェェッ!」
引き金が引かれる。
しかし、銃身から魔弾が放たれるよりも早く、ユリウスの切っ先が銃の銃身を的確に叩き斬っていた。
スパァンッ!と小気味良い音を立てて、魔導拳銃が真っ二つに両断される。
暴発した魔力が男爵の顔を黒焦げにし、彼は「ぎゃあぁっ!」と悲鳴を上げて戦車から転げ落ちた。
「理不尽な暴力は、必ず己に返ってくる。……上の人間にへつらい、立場の弱い者から搾取することしか知らないあなたには、それを知るべきだ」
ユリウスが冷徹に見下ろし、切っ先をガルドス男爵の首筋にピタリと突きつける。
チリッと首筋が凍りつき、男爵は恐怖で白目を剥きながら「ひゅっ、ひゅぅっ」と喉の奥で息を鳴らした。
「命までは取りません。ですが、大人しくクロエさんの『法律』に従っていただきます」
ユリウスが剣を振ると、男爵の首から下が瞬時に分厚い氷に覆われ、完全に拘束された。
これで、戦闘は完全に終了した。
ガルドス男爵と数百の私兵部隊は、たった一人の魔法剣士によって、一切の死者を出すことなく完全制圧されたのである。
――静寂が戻った広場。
舞い散る氷の結晶が、月明かりを反射してキラキラと輝いている。
その幻想的な光の中で、静かに剣を鞘に納めるユリウスの背中を、私はただ呆然と見つめていた。
いつもはオドオドとしていて、マンドラに泣かされ、私の背中に隠れていた彼。
だけど、誰かのために覚悟を決めた彼は、息を呑むほどに強く、高潔で、そして……圧倒的に美しかった。
(あぁ、私……)
胸の奥で、カチャリと何かが嵌まる音がした。
前世からずっと、理不尽に耐えるだけの孤独な人生だった。私を守ってくれる存在なんて、どこにもいなかった。
だけど今、目の前にいる彼は。
自分自身も震えるほど怖いのに、それでも絶対に私を守り抜いてくれた。
理不尽を許さない、絶対零度の騎士。
(私、この人のことが……たまらなく、好きなんだわ)
氷の煌めきの中で、私の心は完全に、そして致命的に彼へと陥落していた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第11話、ついにユリウスの圧倒的な覚醒回でした!
魔導戦車の冷却システムを逆利用する知略、退路を断つ悪知恵、そして一滴の血も流させずに数百人を制圧する神速の氷結剣。
普段のチワワっぷりからは想像もつかない『冷徹な化け物(タキシード仮面)』ぶり、いかがでしたでしょうか?
そして、ダイヤモンドダストの中で剣を納める彼の姿に、レティシアは完全に恋に落ちました。
「私のために怒ってくれる、最強で優しい男」……これはもう惚れるしかありません!
しかし! この最高にカッコいいヒーローは、戦闘が終わると「アレ」に戻ります(笑)。
次回、第12話。圧倒的な温度差と、レティシアの決意をお楽しみに!
「ユリウスかっこよすぎる!」「無双ざまぁ最高!」「レティシア、完全に落ちたな(ニヤニヤ)」と興奮していただけましたら、
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