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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第1章 潜入と記憶の導き
9/12

9話 文化祭の人質

 秋晴れの空の下、湊高校の校門には色とりどりの看板が並んでいた。

 年に一度の文化祭───校内は、朝から活気に満ちている。

 校庭には、屋台のテントが立ち並び、校舎の窓からは、音楽や笑い声が流れていた。焼きそばの香りや甘いクレープの匂いが風に乗って漂い、訪れた来場者たちの足を自然と止めていく。

 龍二たちのクラスである、3年A組の教室も例外ではない。


「いらっしゃいませー! メイド喫茶はこちらでーす!」


 クラスメイトの声が廊下に響く。その教室の奥、窓際の席で、龍二は静かに周囲を眺めていた。

 制服姿の高校生。どこから見ても普通の生徒。だが、彼の視線は祭りを楽しむそれではない。

 出入り口。窓。廊下の人の流れ。すべてを冷静に観察している。その隣に、トレイを持った春菜が立った。


「龍二くん、ずっと警戒してるでしょ?」


 小さく笑いながら、紙コップのコーヒーを置く。龍二は肩をすくめた。


「仕事みたいなもんだ?」

「せっかくの文化祭なのに?」

「文化祭だから、だ」


 龍二は、静かに廊下を見る。

 人が集まる場所では警備の穴をついて侵入される場合があり、その結果、混乱が生じるケースも珍しくない。まさしく、テロの条件としては十分すぎる。

 春菜は少しだけ頬を膨らませた。


「今日は事件、起きないと思うけどなあ」

「そりゃあ、俺もそう願ってるよ」


 そう言いながらも、龍二の視線は鋭い。春菜は、その横顔を見て、少しだけ微笑んだ。


「でも、もし何かあっても」


 彼女は静かに言った。


「私もいるから」


 龍二は一瞬だけ彼女を見る。


 “完全記憶能力”


 それは、直接的な武力というわけではないが、想像以上に強力な武器だ。

 この数日で、龍二はそれを何度も思い知らされていた。


「頼りにしてるよ」


 短い言葉だった。だが、春菜は嬉しそうに笑った。

 その時だった。


 ───パァン!!


 校舎の奥から乾いた破裂音が響いた。一瞬、教室が静まり返る。


「……え?」


 誰かがつぶやいた次の瞬間。廊下の向こうから悲鳴が広がった。


「きゃあああ!!」

「銃だ!!」


 龍二の目が鋭くなる。


(やはり来たか……)


 彼はすぐ立ち上がった。


「春菜は、ここに───」


 言いかけて、春菜の目を見る。不安な目をしている。だが、逃げる気配はない。


「私も一緒に行く」


 迷いのない声。龍二は、一瞬だけ考え、静かに頷いた。


「絶対に俺の後ろにいろ」

「うん。わかった」


 2人は廊下へ飛び出した。

 階段の下。人の流れが逆方向に走ってくる。

 逃げる生徒や泣く来場者。その間を縫うように、龍二は進む。春菜もぴったり後ろについてくる。

 そして。2階の多目的ホールの前。

 扉の前で、男が銃を持っていた。

 黒いパーカーに帽子。手には拳銃が握られている。

 そして、ホールの中には、十数人の生徒と来場者がいて、完全な人質状態だった。


男が怒鳴る。


「おいお前!それ以上こっちに近づくな!!」


 龍二は、ゆっくり手を上げた。


「落ち着け」


 静かな声。


「俺は警察だ」


 男の目が揺れた。


「警察……?」

「そうだ」


 龍二はポケットから警察手帳を少しだけ見せる。だが、男はすぐに叫んだ。


「嘘だ!! その制服、ここの生徒じゃねえか!!」

「こっちにも事情があるんだよ」


 龍二は一歩だけ近づく。その瞬間、男が銃を向けた。


「動くな!!」


 緊張が走る。その時、後ろにいた春菜が、静かに言った。


「大黒くん」

「……?」

「この人」


 春菜の目は男をじっと見ていた。そして、小さくつぶやく。


「昨日、校門の前にいた人だよ」


 龍二の視線が鋭くなる。


「何?」

「午後3時20分」


 春菜は迷いなく言った。


「校門の警備員さんと話してた」


 男の顔色が変わった。春菜はさらに続ける。


「その時、あなた───」


 一瞬の沈黙。そして。


「“文化祭は人が多いから都合がいい”って言ってたよね?」


 男の手が震えた。


「な……」


 春菜は静かに言う。


「私、全部覚えてる」


 その瞬間、龍二の中で、何かが確信に変わった。


(この子の“完全記憶“……本当に武器になるな)


 だが同時に、犯人の目が狂気に染まった。


「黙れぇぇぇ!!」


 銃口が春菜へ向く。龍二の体が動いた。すぐに、龍二は反射的に春菜を引き寄せた。

 銃声が廊下に響く。弾丸が壁を削り、白い粉塵が舞う。


「下がれ!!」


 龍二は、春菜を背中に押しやる。犯人の呼吸は荒い。目が完全に焦点を失っている。


「ふざけるな……!あの方の計画が……!」


 龍二は静かに距離を測る。約5メートル。近い。だが、ここで撃てば、人質に当たる可能性がある。


「落ち着け」


 龍二の声は低い。


「今ならまだ引き返せる」


 犯人は笑った。乾いた、壊れた笑いだ。


「引き返す? 今さら?」


 銃が人質へ向く。女子生徒が泣き崩れる。


「俺は全部失ったんだ!!」


 怒号が廊下に響いた。その瞬間、春菜が小さくつぶやいた。


「大黒くん」

「……?」

「この人」


 春菜は静かに言う。


「ポケットにもう1つ銃がある」


 龍二の目が細くなる。


「本当か?」

「うん」


 迷いのない声。


「右ポケット。昨日と同じなら確実に持ってる」


 その言葉を聞き、龍二は一瞬で決断した。


「……なるほど」


 次の瞬間、龍二はゆっくり一歩踏み出した。


「お前」


 犯人が銃を向ける。


「止まれ!!」


 だが龍二は止まらない。


「それにしてもお前、銃の扱い慣れてないな」


 挑発だった。

 犯人の眉が動く。


「なに……?」

「構えが甘い」


 龍二はさらに一歩近づく。

 敵までの距離……残り3メートル。


「撃つなら撃て」


 犯人が怒鳴る。


「撃つぞ!!」


 だがその瞬間、龍二は動いた。一歩踏み込み、腕を払い上げる。

 銃口が天井へ向く。すると、銃声が一発鳴り、それと同時に、龍二の拳が男の顎を打ち抜いた。

 男がよろめく。だが、まだ倒れない。するとポケットへ手が伸びる。


(やはり二丁目)


 龍二は腕を捻り、体を回転させる。肘が男の胸にめり込む。

 空気が抜けるような音がし、拳銃が床へ落ちた。

 次の瞬間、龍二は背後へ回り込み、腕を極める。


「ぐああ!!」


 関節が悲鳴を上げる。


「終わりだ」


 龍二の声は冷たい。

 男は抵抗をやめた。廊下に静寂が戻る。

 それから数秒後。人質の生徒たちが泣き出した。


「た、助かった……」

「大丈夫?」


 春菜が駆け寄る。龍二は犯人を床に押さえながら、春菜を見る。


「無事か?」

「うん」


 少しだけ震えている。

 龍二は手錠を取り出し、犯人の腕にかけた。金属音が静かに響く。そして、龍二はゆっくり立ち上がった。

 春菜が小さく言う。


「ねえ」

「……?」

「私、役に立ったかな?」


 その問いに、龍二は一瞬黙った。そして静かに言う。


「かなり」


 春菜の顔が少し赤くなる。そして、龍二は続けた。


「むしろ───」


 一瞬の沈黙。


「今回は、お前がいなかったら、正直危なかったな」


 春菜は驚いたように目を見開く。そして、嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て。龍二は、ふと思う。


(この子は……)


 ただの守るべき存在ではない。隣で戦える。そんな気がした。

 遠くからパトカーのサイレンが近づいてくる。文化祭の空に、赤い光が揺れていた。

 そして、2人の距離は、また少しだけ近づいていたのだった。

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