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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第2章 記憶の鍵
10/12

10話 公安警察の影

 文化祭の人質事件から3日が経った。

 湊高校は再びいつもの日常を取り戻していた。

だが、その空気にはどこか緊張が残っている。

 校門の前には警察車両が停まり、私服警官が校内を巡回していた。

 生徒たちは、表面上は普段通りだが、どこか落ち着かない。

 そんな中、教室の窓際で、龍二は静かに外を見ていた。

 春の風がカーテンを揺らす。その隣の席で、春菜がノートを閉じた。


「また考え事?」


 龍二は少しだけ視線を動かす。


「……まあな」

「事件のこと?」

「それもある」


 龍二は短く答えた。実際には、別の理由があった。

 文化祭の事件のあと、警備局の方から連絡が来ていた。


 “鈴木春菜を警戒対象として監視する”


 理由は明確だった。


 “完全記憶能力”


 それは、公安にとっても危険な存在になり得る。

 国家機密を記憶媒体を使わないで入手できたり、潜入捜査や工作員としても活動することができる。

 一度見ただけで覚える能力は、時として爆弾より厄介だ。

 龍二はその命令に、珍しく苛立っていた。

 その時、春菜が机に肘をついて、じっと龍二を見る。


「龍二くん」

「なんだ?」


 あの文化祭の事件以降、春菜は龍二のことを「大黒くん」から「龍二くん」呼びへと変わった。これは、2人がより距離を縮めたということでもあった。


「昨日から、少し変だよ」


 龍二の眉が動く。


「そうか?」

「うん」


 春菜は少し考えてから言った。


「だって、これまでの警戒の仕方と違うんだもん」


 龍二は無言になる。春菜は続ける。


「もしかしなくても、私が原因でしょ?」


 静かな声だった。龍二はゆっくり息を吐いた。


「……さすがだな」


 春菜は苦笑する。


「それぐらいわかるよ。なんせ私は、龍二くんの恋人候補なんだもん」


 その時だった。廊下の奥から、教師の声が聞こえた。


「大黒、鈴木。2人ともちょっと来なさい」


 2人は顔を見合わせる。職員室へ向かう途中。春菜が小さく言う。


「警察?」

「多分な」


 職員室のドアを開けると、そこには、2人の男が立っていた。

 黒いスーツに短く整えた髪。そして鋭い視線。

 そのうちの1人が口を開いた。


「久しぶりだな、大黒」


 龍二の目がわずかに細くなる。


「……須藤さん」


 男は軽く笑った。


「相変わらず冷たいな」


 彼の名前は須藤慎一。

 警察庁警備局公安課課長補佐の警視。龍二の元直属の上司だった人物だ。

 そしてもう1人、無言で春菜を見ている男。須藤が言った。


「紹介しよう。彼は、公安捜査官の神谷警部補だ」


 神谷は軽く会釈した。そして視線を春菜へ向ける。まるで観察するような目。


「鈴木春菜さん」


 その声は落ち着いている。だが、どこか冷たい。


「あなたの能力について、少し話を聞かせてもらいたい」


 春菜は黙った。龍二が一歩前に出る。


「ここは学校だです」


 須藤は肩をすくめた。


「だからこそだ」


 その瞬間、神谷の携帯が震えた。


 彼は画面を見る。そして眉をひそめた。


「……須藤さん」

「どうした」


 神谷の声は低かった。


「鈴木春菜の自宅付近で───」


 一瞬の沈黙。


「不審車両が確認されました」


 空気が変わる。龍二の目が鋭くなる。


「何だと」


 神谷は続けた。


「しかもナンバーが」


 短い間。そして言った。


「文化祭事件の関係者と一致しています」


 春菜の表情が固まる。

 龍二は、すぐに振り向いた。


「春菜」

「うん」


龍二の声は短い。


「今すぐここを出るぞ」


 須藤が言う。


「待て。せめて護衛を───」


 だが、龍二はもう動いていた。

 廊下へ飛び出す。すると、春菜もすぐ後を追う。階段を駆け下りながら、龍二は、制服の内側に手を入れる。そこには、拳銃の感触がある。


(来るなら――)


 外に出た瞬間だった。駐車場の奥。黒いワンボックスカーのエンジンが唸る。

 そして、ドアが開くと、男が2人降りて来る。

 そして、手には拳銃。その銃口は、春菜に向けられていた。


「伏せろ!!」


 龍二は叫んだ。と同時に春菜を地面へ引き倒す。銃声が校庭に響く。

 乾いた音が連続する。弾丸がコンクリートを削り、破片が飛び散る。龍二は春菜を庇うように体を被せる。


「動くな」


 低い声。そして、一瞬の隙を見て、ホルスターの拳銃を引き抜いた。犯人は2人。距離は15メートルほど。だが、校門には一般人もいる。


(この場での撃ち合いは最悪だな)


 男たちは走ってくる。完全に春菜を狙っている。

 その時、春菜が小さく言った。


「龍二くん」

「なんだ?」

「左の人」


 龍二は視線を向ける。


「足」


 一瞬で龍二は理解した。

 男の走り方。わずかに右足をかばっている。


(怪我をしてるのか)


 龍二は立ち上がる。


「ここにいろ」


 そして、一歩踏み出すと、犯人が叫ぶ。


「動くな!!」


 銃口が向く。その瞬間、龍二は走った。一直線ではない。ジグザグに距離を詰める。

 銃声が鳴ると、弾丸が地面を叩く。だが、龍二は止まらない。

 7メートル……5メートル……。そして──龍二は跳んだ。

 回転しながら右足を振り抜く。蹴りが男の手首に直撃した。

 拳銃が宙を舞うと、男がよろめく。そして次の瞬間、龍二の拳が腹部に突き刺さった。

 空気が抜けるように男が崩れる。だが、もう1人が銃を向ける。


「死ね!!」


 引き金が引かれる。

 その瞬間、龍二は倒れた男を引き寄せ、盾にする。

 銃弾が男の肩をかすめる。

 隙が生まれた。その生まれた隙を使い、龍二は地面を蹴る。

 そして、一気に距離を詰め、腕を掴み、捻り上げる。すると、骨が軋む音が聞こえる。


「ぐあああ!!」


 男の手から拳銃が落ちた。

 龍二は、そのまま男を地面へ叩きつけると、男を完全に制圧。

 数秒後、その場に静寂が戻った。

 龍二は息を整えながら振り向く。そこには、春菜が立っていた。少し震えている。

 龍二は、彼女へとゆっくり近づいた。


「怪我は?」

「ううん。ないよ」


 春菜は小さく笑う。だが、次の瞬間、彼女の表情が変わった。


「龍二くん」

「……?」

「この人たち」


 地面の男を見る。そして言った。


「昨日、駅前にいた」


 龍二の目が細くなる。


「それは確かなんだよな?」

「うん。間違いないよ」


 迷いのない声だった。


「誰かと電話してた」


 龍二が聞く。


「誰と電話してたかっていうのは、聴こえたりはしたか?」


 春菜は少し考え、そして静かに言った。


「その……公安って言ってた」


 空気が凍った。

 遠くでサイレンが近づいてくる。龍二の頭の中で、1つの可能性が浮かぶ。


(まさか……我々の内部に?)


 須藤。神谷。そして───まだ見えない誰か。

 龍二は春菜を見る。


 “完全記憶”の少女。


 その能力は、すでに敵にも知られている。

 つまりこの先は、もっと危険になる。

 龍二は静かに言った。


「春菜」

「うん」

「これから先」


 短い沈黙。


「お前を守るために、俺はもっと戦うことになる」


 春菜は少しだけ微笑み、そして答える。


「大丈夫」


 龍二が眉を上げる。そして春菜は言った。


「なんせ私は、龍二くんの相棒兼恋人候補なんだから」


 その言葉に龍二は、ほんのわずかに笑った。

 だがそれと同時に、この事件が、もっと大きな陰謀へ繋がることを───まだ2人は知らなかった。

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