10話 公安警察の影
文化祭の人質事件から3日が経った。
湊高校は再びいつもの日常を取り戻していた。
だが、その空気にはどこか緊張が残っている。
校門の前には警察車両が停まり、私服警官が校内を巡回していた。
生徒たちは、表面上は普段通りだが、どこか落ち着かない。
そんな中、教室の窓際で、龍二は静かに外を見ていた。
春の風がカーテンを揺らす。その隣の席で、春菜がノートを閉じた。
「また考え事?」
龍二は少しだけ視線を動かす。
「……まあな」
「事件のこと?」
「それもある」
龍二は短く答えた。実際には、別の理由があった。
文化祭の事件のあと、警備局の方から連絡が来ていた。
“鈴木春菜を警戒対象として監視する”
理由は明確だった。
“完全記憶能力”
それは、公安にとっても危険な存在になり得る。
国家機密を記憶媒体を使わないで入手できたり、潜入捜査や工作員としても活動することができる。
一度見ただけで覚える能力は、時として爆弾より厄介だ。
龍二はその命令に、珍しく苛立っていた。
その時、春菜が机に肘をついて、じっと龍二を見る。
「龍二くん」
「なんだ?」
あの文化祭の事件以降、春菜は龍二のことを「大黒くん」から「龍二くん」呼びへと変わった。これは、2人がより距離を縮めたということでもあった。
「昨日から、少し変だよ」
龍二の眉が動く。
「そうか?」
「うん」
春菜は少し考えてから言った。
「だって、これまでの警戒の仕方と違うんだもん」
龍二は無言になる。春菜は続ける。
「もしかしなくても、私が原因でしょ?」
静かな声だった。龍二はゆっくり息を吐いた。
「……さすがだな」
春菜は苦笑する。
「それぐらいわかるよ。なんせ私は、龍二くんの恋人候補なんだもん」
その時だった。廊下の奥から、教師の声が聞こえた。
「大黒、鈴木。2人ともちょっと来なさい」
2人は顔を見合わせる。職員室へ向かう途中。春菜が小さく言う。
「警察?」
「多分な」
職員室のドアを開けると、そこには、2人の男が立っていた。
黒いスーツに短く整えた髪。そして鋭い視線。
そのうちの1人が口を開いた。
「久しぶりだな、大黒」
龍二の目がわずかに細くなる。
「……須藤さん」
男は軽く笑った。
「相変わらず冷たいな」
彼の名前は須藤慎一。
警察庁警備局公安課課長補佐の警視。龍二の元直属の上司だった人物だ。
そしてもう1人、無言で春菜を見ている男。須藤が言った。
「紹介しよう。彼は、公安捜査官の神谷警部補だ」
神谷は軽く会釈した。そして視線を春菜へ向ける。まるで観察するような目。
「鈴木春菜さん」
その声は落ち着いている。だが、どこか冷たい。
「あなたの能力について、少し話を聞かせてもらいたい」
春菜は黙った。龍二が一歩前に出る。
「ここは学校だです」
須藤は肩をすくめた。
「だからこそだ」
その瞬間、神谷の携帯が震えた。
彼は画面を見る。そして眉をひそめた。
「……須藤さん」
「どうした」
神谷の声は低かった。
「鈴木春菜の自宅付近で───」
一瞬の沈黙。
「不審車両が確認されました」
空気が変わる。龍二の目が鋭くなる。
「何だと」
神谷は続けた。
「しかもナンバーが」
短い間。そして言った。
「文化祭事件の関係者と一致しています」
春菜の表情が固まる。
龍二は、すぐに振り向いた。
「春菜」
「うん」
龍二の声は短い。
「今すぐここを出るぞ」
須藤が言う。
「待て。せめて護衛を───」
だが、龍二はもう動いていた。
廊下へ飛び出す。すると、春菜もすぐ後を追う。階段を駆け下りながら、龍二は、制服の内側に手を入れる。そこには、拳銃の感触がある。
(来るなら――)
外に出た瞬間だった。駐車場の奥。黒いワンボックスカーのエンジンが唸る。
そして、ドアが開くと、男が2人降りて来る。
そして、手には拳銃。その銃口は、春菜に向けられていた。
「伏せろ!!」
龍二は叫んだ。と同時に春菜を地面へ引き倒す。銃声が校庭に響く。
乾いた音が連続する。弾丸がコンクリートを削り、破片が飛び散る。龍二は春菜を庇うように体を被せる。
「動くな」
低い声。そして、一瞬の隙を見て、ホルスターの拳銃を引き抜いた。犯人は2人。距離は15メートルほど。だが、校門には一般人もいる。
(この場での撃ち合いは最悪だな)
男たちは走ってくる。完全に春菜を狙っている。
その時、春菜が小さく言った。
「龍二くん」
「なんだ?」
「左の人」
龍二は視線を向ける。
「足」
一瞬で龍二は理解した。
男の走り方。わずかに右足をかばっている。
(怪我をしてるのか)
龍二は立ち上がる。
「ここにいろ」
そして、一歩踏み出すと、犯人が叫ぶ。
「動くな!!」
銃口が向く。その瞬間、龍二は走った。一直線ではない。ジグザグに距離を詰める。
銃声が鳴ると、弾丸が地面を叩く。だが、龍二は止まらない。
7メートル……5メートル……。そして──龍二は跳んだ。
回転しながら右足を振り抜く。蹴りが男の手首に直撃した。
拳銃が宙を舞うと、男がよろめく。そして次の瞬間、龍二の拳が腹部に突き刺さった。
空気が抜けるように男が崩れる。だが、もう1人が銃を向ける。
「死ね!!」
引き金が引かれる。
その瞬間、龍二は倒れた男を引き寄せ、盾にする。
銃弾が男の肩をかすめる。
隙が生まれた。その生まれた隙を使い、龍二は地面を蹴る。
そして、一気に距離を詰め、腕を掴み、捻り上げる。すると、骨が軋む音が聞こえる。
「ぐあああ!!」
男の手から拳銃が落ちた。
龍二は、そのまま男を地面へ叩きつけると、男を完全に制圧。
数秒後、その場に静寂が戻った。
龍二は息を整えながら振り向く。そこには、春菜が立っていた。少し震えている。
龍二は、彼女へとゆっくり近づいた。
「怪我は?」
「ううん。ないよ」
春菜は小さく笑う。だが、次の瞬間、彼女の表情が変わった。
「龍二くん」
「……?」
「この人たち」
地面の男を見る。そして言った。
「昨日、駅前にいた」
龍二の目が細くなる。
「それは確かなんだよな?」
「うん。間違いないよ」
迷いのない声だった。
「誰かと電話してた」
龍二が聞く。
「誰と電話してたかっていうのは、聴こえたりはしたか?」
春菜は少し考え、そして静かに言った。
「その……公安って言ってた」
空気が凍った。
遠くでサイレンが近づいてくる。龍二の頭の中で、1つの可能性が浮かぶ。
(まさか……我々の内部に?)
須藤。神谷。そして───まだ見えない誰か。
龍二は春菜を見る。
“完全記憶”の少女。
その能力は、すでに敵にも知られている。
つまりこの先は、もっと危険になる。
龍二は静かに言った。
「春菜」
「うん」
「これから先」
短い沈黙。
「お前を守るために、俺はもっと戦うことになる」
春菜は少しだけ微笑み、そして答える。
「大丈夫」
龍二が眉を上げる。そして春菜は言った。
「なんせ私は、龍二くんの相棒兼恋人候補なんだから」
その言葉に龍二は、ほんのわずかに笑った。
だがそれと同時に、この事件が、もっと大きな陰謀へ繋がることを───まだ2人は知らなかった。
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