11話 鈴木春菜誘拐事件
パトカーの赤色灯が、湊高校の校門を断続的に照らしていた。
ついさっきまで銃撃戦があった場所とは思えないほど、空は穏やかな青を保っている。だが、その空気の下では、警察と公安が慌ただしく動いていた。
倒された2人の男は、すでに確保され、救急隊員が担架で運んでいる。
校門から少し離れた場所で、龍二は腕を組んだまま立っていた。
その表情は、いつもの冷静さとは少し違う。そこへ、元直属の上司である須藤が近づいてくる。
「お前にしては、随分と派手にやったな」
龍二は短く答えた。
「仕方ないじゃないですか」
須藤はため息をつく。
「相手は、完全に鈴木春菜を狙っている」
龍二の目が鋭くなる。
「理由は、あの能力……」
須藤は静かに言った。
「“完全記憶”」
そして続ける。
「組織側からすれば、喉から手が出るほど欲しい存在だ」
龍二は黙った。須藤はさらに言う。
「逆に言えば」
その声は低かった。
「公安内部の情報が漏れている可能性もある」
龍二の脳裏に、春菜の言葉が浮かぶ。
『公安って言ってた』
(やはり内部に……)
その時、後ろから声がした。
「龍二くん」
振り向くと、春菜が立っていた。どうやら警察の事情聴取が終わったらしい。少し疲れた表情だが、怪我はない。龍二は小さく息を吐いた。
「大丈夫だったか?」
「うん」
春菜は龍二の隣に来る。そして空を見上げた。
「なんか」
少し苦笑する。
「普通の高校生活には、程遠いことをしてるね。私たち」
龍二は何も言わない。
春菜は続けた。
「でも」
彼女は龍二を見る。
「龍二くんと一緒なら、それも悪くないかも」
その言葉に、龍二はわずかに視線を逸らした。だが、その時だった。
校門の外から1台の車がゆっくり近づいてきた。
黒いセダン。窓にはスモーク。龍二の目が細くなる。
(……)
明らかに不自然だ。
警察車両が並ぶこの場所に、一般車が近づく理由はない。
車は、ゆっくり停まった。そして運転席のドアが開く。
スーツ姿の男。その瞬間、龍二の直感が叫んだ。
「春菜!!」
男の腕が動く。
手には、スタンガン。バチッという高電圧の音。
春菜が反応するより早く、男は走っていた。
「きゃっ……!」
春菜の腕を掴み、スタンガンを押し当てる。
強烈な電流が春菜の体に流れ、春菜の体が震え、そのまま力が抜けた。
「春菜!!」
龍二が走る。だがその瞬間、車の後部ドアが開いた。もう1人の男。その男は拳銃を持っていて、一発発砲する。
銃弾が地面を弾く。
龍二は、反射的に横へ飛んだ。だが、そのわずかな隙に、男は春菜を抱え、車へ押し込む。
ドアが閉まり、エンジンが唸る。
龍二はすぐ拳銃を抜いた。
だが、校門の外には一般人がいる。とても撃てる状況じゃない。
そうして車は急発進し、タイヤが悲鳴を上げる。
数秒後、黒いセダンは角を曲がり、視界から消えた。
静寂になる中、龍二の呼吸が荒い。すぐに須藤が駆け寄る。
「大黒!」
龍二は答えない。ただ、車が消えた道を見ている。そして、拳がゆっくり握られる。その目は、これまで見たことのないほど冷たかった。
「……春菜が、連れて行かれた」
須藤が低く言う。
「すぐに追跡を───」
だが、龍二は首を横に振った。
「ナンバーは偽装です。それにナンバーは、もう取り替えられた後でしょう」
須藤が眉をひそめる。龍二は静かに言った。
「だが」
ゆっくり目を閉じる。そして開いた。
「必ず見つける」
その声には、感情がほとんどなかった。
だが、そこにあるのは、公安警察としての執念だった。
暗闇。車の振動。そして、遠くで聞こえるエンジン音。春菜はゆっくり目を開けた。
頭が少し重いし、手首が縛られている。それに視界が揺れる。
どうやら後部座席に寝かされているようだった。
そして助手席の方男の声が聞こえる。
「気づいたようだな」
助手席の男が振り向く。
冷たい目。春菜は黙っている。
それを見て男は静かに笑った。
「安心しろ。俺たちは、お前を殺すつもりはない」
その言葉に、春菜は安心したように小さく息を吐いた。
そして周囲を見る。
車内の様子や匂い。そして音。目や耳で、今感じられるすべての情報を頭の中に刻み込み、完全に記憶する。
そして次の瞬間、男が言う。
「お前の能力、かなり便利らしいな」
春菜は静かに聞いた。
「誰に聞いたの?」
男は答えない。代わりに運転席の男が言った。
「俺たちの組織から潜入してる公安だよ」
春菜の心臓が一瞬止まる。
「……やっぱり」
助手席の男が笑う。
「どうやら頭もいいみたいだな」
そして続けた。
「まあ安心しろ。すぐにボスのところに連れて行く」
その言葉の意味を、春菜は瞬時に理解した。
(龍二くん……)
───その頃、湊高校の校門。
龍二は確保された犯人を見下ろしていた。その男は笑っている。
「残念だったな」
龍二は無言で拳を握る。男は続ける。
「今頃、彼女はもう───」
言い終わる前に、龍二の拳が男の顔面を叩きつけた。
鈍い音が鳴る。
それを見た須藤が怒鳴る。
「大黒!!」
だが、須藤の言葉では龍二は止まらない。そのまま、男の襟を掴み、低く言った。
「彼女はどこだ?」
声は静かだった。だが、恐ろしいほど冷たい。男は笑う。
「俺が言うとでも思うか?」
その瞬間、龍二は懐から何かを取り出した。それを見た男の目が動く。
拳銃だった。須藤が息を呑む。
「龍二……」
龍二は男の額に銃口を押し当てた。
「最後に聞くぞ」
静かな声。
「彼女はどこだ?」
男の笑顔が消える。龍二の目には迷いがない。完全に本気だ。
数秒後、龍二が本気だと言うのを感じ取ると、男の額に汗が流れた。
そして、震える声で言う。
「……港」
龍二の目が細くなる。
「どこの港だ」
男は言った。
「旧……コンテナ倉庫……」
その瞬間、龍二は銃を下ろした。
そして背を向ける。
現場に1人で向かおうとする龍二に対して、須藤が言う。
「待て。せめて作戦を」
龍二は止まらない。
「時間がないんです」
その声は低かった。
「春菜が待ってる」
須藤は理解した。この男は止まらない。
公安警察の潜入捜査官として、龍二は優秀な人物だ。
だが、この時の龍二は、1人の男として、龍二は静かに言った。
「俺1人で行きます」
夜の風が校門を吹き抜ける。
これから始まるのは、公安警察としての作戦ではない。
大黒龍二という、1人の男の戦いだった。
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