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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第2章 記憶の鍵
11/12

11話 鈴木春菜誘拐事件

 パトカーの赤色灯が、湊高校の校門を断続的に照らしていた。

 ついさっきまで銃撃戦があった場所とは思えないほど、空は穏やかな青を保っている。だが、その空気の下では、警察と公安が慌ただしく動いていた。

 倒された2人の男は、すでに確保され、救急隊員が担架で運んでいる。

 校門から少し離れた場所で、龍二は腕を組んだまま立っていた。

 その表情は、いつもの冷静さとは少し違う。そこへ、元直属の上司である須藤が近づいてくる。


「お前にしては、随分と派手にやったな」


 龍二は短く答えた。


「仕方ないじゃないですか」


 須藤はため息をつく。


「相手は、完全に鈴木春菜を狙っている」


 龍二の目が鋭くなる。


「理由は、あの能力……」


 須藤は静かに言った。


「“完全記憶”」


 そして続ける。


「組織側からすれば、喉から手が出るほど欲しい存在だ」


 龍二は黙った。須藤はさらに言う。


「逆に言えば」


 その声は低かった。


「公安内部の情報が漏れている可能性もある」


 龍二の脳裏に、春菜の言葉が浮かぶ。


『公安って言ってた』


(やはり内部に……)


 その時、後ろから声がした。


「龍二くん」


 振り向くと、春菜が立っていた。どうやら警察の事情聴取が終わったらしい。少し疲れた表情だが、怪我はない。龍二は小さく息を吐いた。


「大丈夫だったか?」

「うん」


 春菜は龍二の隣に来る。そして空を見上げた。


「なんか」


 少し苦笑する。


「普通の高校生活には、程遠いことをしてるね。私たち」


 龍二は何も言わない。

 春菜は続けた。


「でも」


 彼女は龍二を見る。


「龍二くんと一緒なら、それも悪くないかも」


 その言葉に、龍二はわずかに視線を逸らした。だが、その時だった。

 校門の外から1台の車がゆっくり近づいてきた。

 黒いセダン。窓にはスモーク。龍二の目が細くなる。


(……)


 明らかに不自然だ。

 警察車両が並ぶこの場所に、一般車が近づく理由はない。

 車は、ゆっくり停まった。そして運転席のドアが開く。

 スーツ姿の男。その瞬間、龍二の直感が叫んだ。


「春菜!!」


 男の腕が動く。

 手には、スタンガン。バチッという高電圧の音。

 春菜が反応するより早く、男は走っていた。

 

「きゃっ……!」


 春菜の腕を掴み、スタンガンを押し当てる。

 強烈な電流が春菜の体に流れ、春菜の体が震え、そのまま力が抜けた。


「春菜!!」


 龍二が走る。だがその瞬間、車の後部ドアが開いた。もう1人の男。その男は拳銃を持っていて、一発発砲する。

 銃弾が地面を弾く。

 龍二は、反射的に横へ飛んだ。だが、そのわずかな隙に、男は春菜を抱え、車へ押し込む。

 ドアが閉まり、エンジンが唸る。

 龍二はすぐ拳銃を抜いた。

 だが、校門の外には一般人がいる。とても撃てる状況じゃない。

 そうして車は急発進し、タイヤが悲鳴を上げる。


 数秒後、黒いセダンは角を曲がり、視界から消えた。

 静寂になる中、龍二の呼吸が荒い。すぐに須藤が駆け寄る。


「大黒!」


 龍二は答えない。ただ、車が消えた道を見ている。そして、拳がゆっくり握られる。その目は、これまで見たことのないほど冷たかった。


「……春菜が、連れて行かれた」


 須藤が低く言う。


「すぐに追跡を───」


 だが、龍二は首を横に振った。


「ナンバーは偽装です。それにナンバーは、もう取り替えられた後でしょう」


 須藤が眉をひそめる。龍二は静かに言った。


「だが」


 ゆっくり目を閉じる。そして開いた。


「必ず見つける」


 その声には、感情がほとんどなかった。

 だが、そこにあるのは、公安警察としての執念だった。



 暗闇。車の振動。そして、遠くで聞こえるエンジン音。春菜はゆっくり目を開けた。

 頭が少し重いし、手首が縛られている。それに視界が揺れる。

 どうやら後部座席に寝かされているようだった。

 そして助手席の方男の声が聞こえる。


「気づいたようだな」


 助手席の男が振り向く。

 冷たい目。春菜は黙っている。

 それを見て男は静かに笑った。


「安心しろ。俺たちは、お前を殺すつもりはない」


 その言葉に、春菜は安心したように小さく息を吐いた。

 そして周囲を見る。

 車内の様子や匂い。そして音。目や耳で、今感じられるすべての情報を頭の中に刻み込み、完全に記憶する。

 そして次の瞬間、男が言う。


「お前の能力、かなり便利らしいな」


 春菜は静かに聞いた。


「誰に聞いたの?」


 男は答えない。代わりに運転席の男が言った。


「俺たちの組織から潜入してる公安だよ」


 春菜の心臓が一瞬止まる。


「……やっぱり」


 助手席の男が笑う。


「どうやら頭もいいみたいだな」


 そして続けた。


「まあ安心しろ。すぐにボスのところに連れて行く」


 その言葉の意味を、春菜は瞬時に理解した。


(龍二くん……)



 ───その頃、湊高校の校門。


 龍二は確保された犯人を見下ろしていた。その男は笑っている。


「残念だったな」


 龍二は無言で拳を握る。男は続ける。


「今頃、彼女はもう───」


 言い終わる前に、龍二の拳が男の顔面を叩きつけた。

 鈍い音が鳴る。

 それを見た須藤が怒鳴る。


「大黒!!」


 だが、須藤の言葉では龍二は止まらない。そのまま、男の襟を掴み、低く言った。


「彼女はどこだ?」


 声は静かだった。だが、恐ろしいほど冷たい。男は笑う。


「俺が言うとでも思うか?」


 その瞬間、龍二は懐から何かを取り出した。それを見た男の目が動く。

 拳銃だった。須藤が息を呑む。


「龍二……」


 龍二は男の額に銃口を押し当てた。


「最後に聞くぞ」


 静かな声。


「彼女はどこだ?」


 男の笑顔が消える。龍二の目には迷いがない。完全に本気だ。

 数秒後、龍二が本気だと言うのを感じ取ると、男の額に汗が流れた。

 そして、震える声で言う。


「……港」


 龍二の目が細くなる。


「どこの港だ」


 男は言った。


「旧……コンテナ倉庫……」


 その瞬間、龍二は銃を下ろした。

 そして背を向ける。

 現場に1人で向かおうとする龍二に対して、須藤が言う。


「待て。せめて作戦を」


 龍二は止まらない。


「時間がないんです」

 

 その声は低かった。


「春菜が待ってる」


 須藤は理解した。この男は止まらない。

 公安警察の潜入捜査官として、龍二は優秀な人物だ。

 だが、この時の龍二は、1人の男として、龍二は静かに言った。


「俺1人で行きます」


 夜の風が校門を吹き抜ける。

 これから始まるのは、公安警察としての作戦ではない。

 大黒龍二という、1人の男の戦いだった。

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