6話 夜の校舎への侵入
夕方の光が校舎の窓から差し込み、廊下を長く照らしていた。
あの事件から数時間。刺された教師は、すぐに救急搬送され、命に別状はないと分かった。
だが龍二は、まだ警戒を解いていなかった。
───放課後の教室。
生徒たちはほとんど帰り、静かな空気が流れている。窓の外では、夕焼けが校庭を赤く染めていた。
「大黒くん」
隣の席から春菜が小声で呼ぶ。
「先生、大丈夫らしいよ」
「らしいな」
龍二は、机に肘をつきながら答えた。その目は、いつもより真剣だった。春菜が少し首を傾げる。
「どうしたの?」
龍二は、しばらく黙っていた。それから言う。
「刺された先生な」
「うん」
「実は、ただの教師じゃないんだ」
春菜の目が少し大きくなる。
「どういうこと?」
龍二は声を少し落とした。
「実は、公安の協力者なんだ」
春菜は驚いた表情になった。
「え!?」
龍二は続ける。
「もちろん正式な警察じゃない。だが、情報提供者だった」
春菜はしばらく言葉を失っていた。そして小さく言う。
「じゃあ」
「犯人はそれを知っていた可能性がある」
龍二の表情は重かった。
警察……しかも公安の協力者の命が狙われ、さらには、襲撃を成功されてしまった。これは、公安警察の面子にも関わるような失態だ。
「口封じか……」
春菜は窓の外を見る。夕日が、ゆっくりと沈んでいく。
「まだ敵がいるってこと?」
龍二は頷いた。
「ほぼ確実だ」
教室には、静かな空気が流れる。やがて春菜が言った。
「ねえ」
「なんだ?」
「先生、何か残してないかな?」
龍二は、春菜を見る。
「どういう意味だ?」
春菜はゆっくり言った。
「公安の協力者だったなら」
「?」
「何か証拠とかさ」
龍二は数秒考えた。それは、確かにあり得る。あの教師は、襲われる直前まで普通に校内を歩いていた。
もし情報を持っていたなら、どこかに残している可能性がある。
龍二は、静かに言った。
「職員室……」
春菜が頷く。
「先生の机?」
龍二は窓の外を見た。空は、すでに暗くなり始めている。
「夜になるまで待つぞ」
春菜が少し驚く。
「潜入?」
「そうだ」
龍二は小さく笑った。
「相棒として、初めての夜間任務だ」
春菜は少し照れながら笑った。
「なんか……危ない言い方〜」
龍二は苦笑した。
「別に変な意味じゃない」
「わかってる」
その後、2人は時間を潰しながら待った。完全に日が落ちるまで。
やがて、校舎の明かりがほとんど消えた。
夜の学校……静かな廊下。外から虫の声だけが聞こえる。
龍二と春菜は裏門から校内に入った。
「誰もいないね」
春菜が小声で言う。龍二は頷いた。
「そりゃあ、こんな夜だからな。だが、代わりに警備員はいる」
「え?」
「だが巡回は1時間に1回」
龍二は腕時計を見た。
「今が、その隙間だ」
2人は、静かに校舎へ入った。夜の廊下は昼とは、まったく違う雰囲気だった。蛍光灯は、最低限しか点いていない。
影が長く伸びている。春菜が少し近づく。
「怖いか?」
龍二が聞く。春菜は少し考えた。
「うん。でも、大黒くんがいるから平気」
龍二は、少しだけ目を細めた。そして言う。
「俺から離れるなよ」
春菜は、小さく頷く。そして2人は、職員室の前まで来た。
扉は、施錠されている。龍二は、ポケットから細い工具を取り出した。
数秒後。カチッという音が鳴るのと同時に、扉の鍵が開いた。
春菜が驚く。
「すごい」
龍二は静かに言う。
「公安の基本技能の1つだ」
そうして2人は、中に入った。職員室の中は暗い。机が整然と並んでいる。龍二は小さく言った。
「刺された先生の机は奥だよ」
春菜は記憶を頼りに歩く。数歩進んで、ある机を指差した。
「これ」
龍二は、引き出しを開けた。
書類にプリント。普通の教師の机に見える。
だが、一番下の引き出し。そこに、小さな封筒があった。龍二は、それを取り出す。
中には、USBメモリが1個あった。そして、龍二の表情が変わる。
「当たりだ」
春菜が小さく息を飲む。その瞬間だった。職員室の外から足音が聞こえた。
コツ……コツ……
誰かが歩いている。
龍二は、瞬時に電気を消した。
暗闇。春菜が小さく龍二の腕を掴む。
足音は職員室の扉の前で止まっていた。
コツ……コツ……
ゆっくりと床を踏む音。
春菜は、龍二の腕を掴んだまま、息を殺していた。
暗闇の職員室。窓からわずかな月明かりだけが入っている。
龍二は動かない。耳だけで外の気配を探っていた。
そしてドアがゆっくりと横に開かれれる。
ガラガラッ!
扉が開いた。
廊下の光が少しだけ差し込む。
男の影が入ってきた。龍二は、その動きを見た瞬間、理解した。警備員ではない。足運びが全然違う。
影の男は職員室の中を見渡す。そして、ゆっくり歩き始めた。
机の間を進んでくる。春菜の心臓の音が、自分でも聞こえる気がした。
男は、刺された教師の机へ近づく。
引き出しを開けた。そして小さく舌打ちした。
「やっぱりない」
低い声だった。龍二の目が鋭くなる。その男は、USBを探していた。男は、スマートフォンを取り出す。
「例のデータ、消えてる」
小声で話している。電話だ。
「誰か先に取った」
その言葉を聞いた瞬間。龍二は決断した。
そして、一歩踏み出す。
「その通りだ」
男が振り向く。その時にはもう遅い。龍二の拳が男の腕を弾いた。スマートフォンが床に落ちる。
そして、その男はポケットに手を入れ、武器を取り出そうとする。だが、その前に、龍二は腕を掴み、体を回転させ、関節を極める。
男の体が机に叩きつけられる。そして鈍い音が鳴り、男が呻く。
だが、完全には止まらない。男は、もう一度抵抗し、ナイフを抜いた。
だが、龍二はすぐ距離を詰め、ナイフの手首を掴み、壁に押し付けると、ナイフが落ちた。
そして次の瞬間、龍二は男を床に押さえつけた。
「終わりだ」
低い声。男は、完全に動かなくなった。
春菜がゆっくり近づく。
「大黒くん」
「大丈夫だ」
龍二は男の腕を拘束した。そして、落ちたスマートフォンを拾う。画面にはメッセージが残っていた。
“USBを回収しろ”
龍二は小さく息を吐く。
「やっぱりテロ組織だったな」
春菜が言う。
「あのUSB、いったい何が入ってるんだろうね」
龍二はポケットからそれを取り出した。小さなメモリ。だが、その中には重要な情報がある可能性が高い。
龍二は春菜を見る。
「それは、帰ってから解析する。これに関しては、俺たちの仕事だ」
春菜は頷いた。
その時、ふと笑った。
「なんかさ」
「なんだ?」
「夜の学校で、デートみたい」
龍二は少し驚いた顔をした。
「今の状況でそれを言うか?」
春菜は肩をすくめる。
「相棒と夜の学校に侵入……」
少し間を置いて言う。
「なんだか、悪い事をしてるみたい。でも、私はこういうの結構嫌いじゃないかも」
龍二は、少しだけ笑った。
「変わった奴だ」
春菜は龍二を見る。
「ねえ」
「なんだ?」
「さっき」
「?」
「腕掴んだとき、離れないでって言ったよね?」
龍二は、少し考えた。
「ああ、確かに言ったな」
春菜は小さく言った。
「実は、あの言葉を聞いて私、嬉しかったんだ」
龍二は数秒黙る。そして言った。
「そりゃあ、俺の相棒だからな」
春菜は笑う。
「恋人候補でもあるけどね」
龍二は小さく息を吐いた。
「その試験は、まだ続いてるからな」
春菜は、楽しそうに言う。
「じゃあもっと頑張らなくちゃね」
「だからと言って、あまり無茶な真似はしないでくれよ」
外では、夜風が校庭を揺らしていた。
静かな学校。だがその中で、龍二のポケットには、テロ組織の秘密が入ったUSBがある。
そして2人の距離は、少しだけ近づいていた。
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