5話 消えた証拠と迫る影
あの爆弾事件から数日。
湊高校は、再び静かな日常を取り戻していた。
校門では、生徒たちがいつも通りに挨拶を交わし、校庭では運動部の掛け声が響いている。
表面だけを見れば、何事もなかったような平和な学校だった。
だが龍二は、その平和をまったく信じていなかった。
昇降口で靴を履き替えながら、小さく周囲を見渡す。警戒心は、ますます以前より強くなっている。
中村亮太が、テロ組織と繋がっていたことは確定した。しかし、あの程度の人間が、単独で即席の爆弾とはいえ、仕掛けるとは考えにくい。
背後にまだ誰かいる。それが龍二の結論だった。
「おはよう」
横から声がする。春菜だった。
「おはよう」
龍二は短く答える。2人は、廊下を並んで歩き始めた。春菜は小声で言う。
「中村くん、どうなったの?」
「今は、公安警察の方で拘束してる」
龍二は淡々と答える。
「だが、問題は別だ」
「別?」
春菜が首を傾げる。龍二は、廊下の先を見ながら言った。
「中村は、テロ組織の中でも下っ端だ。つまり、使い捨ての捨て駒に過ぎないと言うことだ」
「え?」
「本当に計画した奴は、別にいる」
春菜の表情が少し真剣になる。
「つまり」
「まだ終わってないってことだ」
龍二の声は静かだった。その時、2人の前を数人の生徒が通り過ぎた。
笑い声。雑談。普通の高校生活の光景。
春菜は、それを見ながら小さく言った。
「なんか怖いね」
「何が?」
「この人たち」
龍二は視線を向ける。
「どういう意味だ?」
春菜は少し迷った。それから言う。
「この中に、まだ犯人がいるかもしれないんでしょ?」
龍二は答えなかった。だが、否定もしない。
その沈黙が答えだった。そうして2人は、教室の中へと入る。
いつもの席。クラスメイトたちはすでに集まっていた。
「おー大黒」
高橋が手を振る。
「ニュース見たか?この間の爆弾事件」
「ああ、見たよ」
龍二は短く答えた。
「怖いよなー」
高橋は、大げさに肩をすくめる。
「もし、この学校だったらヤバかったな」
春菜は、思わず龍二を見た。だが、龍二は表情を変えない。
「そうだな」
それだけ言った。そして授業が始まる。
だが、龍二の意識は、教室の空気を観察することに集中していた。
誰が不自然か。誰が落ち着きすぎているか。
しかし、明確な違和感は見つからない。
───昼休み。
春菜が弁当を広げながら言った。
「ねえ」
「なんだ?」
「中村くんのスマホってどうしてる?」
龍二の視線が向く。
「解析してる最中だ」
「中身見た?」
「まだ全部じゃないが、見れる範囲では見た」
春菜は少し考える。そして言った。
「写真ってあった?」
龍二は、眉をひそめた。
「何の?」
「学校の」
龍二は少し考えた。そしてスマートフォンを取り出す。
公安のデータベースへアクセス。押収した写真の一部が表示された。
春菜は、画面を見つめる。
校舎。体育館。校門。様々な角度から撮られた写真。
春菜の視線が止まる。
「これ」
龍二が覗く。
「どうした?」
春菜は写真を指差した。
「この人」
写真の端。ほんの小さく写っている人物。帽子を被った男。
「私、見覚えある」
龍二の目が細くなる。
「どこで?」
春菜はゆっくり答えた。
「ちょうど、あの爆弾事件の日」
龍二の心拍が上がる。
「学校で?」
春菜は首を横に振った。
「ううん。違う」
そして言った。
「校門の外」
龍二は、それを聞いてすぐに理解した。
そいつはおそらく監視役。テロリストは、複数人で動いていた。
そして、その人物はまだ捕まっていない。
龍二は静かに言った。
「顔、覚えてるか?」
春菜は、迷わず頷いた。
「うん」
その瞬間だった。教室の外の廊下から、大きな音が聞こえた。
ドン!
何かが倒れた音。そして、誰かの悲鳴。龍二と春菜は同時に立ち上がった。
廊下を見る。そこには、血を流して倒れている教師がいた。
そして、その横を、帽子の男が走り去っていった。
春菜が小さく呟く。
「あの人……」
龍二が言った。
「例の男か?」
春菜は強く頷いた。龍二はすぐ動いた。
「追うぞ」
龍二の声は、低く鋭かった。
そして次の瞬間、彼はすでに廊下を走り出していた。
春菜もすぐ後を追う。廊下には、生徒たちが集まり始めている。
倒れた教師を見て、ざわめきが広がっていた。だが、龍二の視線は、逃げた男だけを追っていた。
帽子。黒いジャケット。
階段を駆け下りていく姿が見える。
「止まれ!」
龍二が叫ぶ。だが、男は振り向きもしない。
そのまま1階へ飛び降りるようにして走った。
龍二も階段を一気に下りる。春菜は、息を切らしながら追いついた。
「大黒くん!」
「決して見失うな!」
2人は、昇降口へ飛び出した。だが、男はすでに校庭へ出ている。
グラウンドの向こうへ走っていく。部活動の生徒たちが驚いて道を空けた。
龍二は、一瞬だけ周囲を確認する。
ここでは銃は使えない。あまりにも一般生徒が多すぎる。
龍二は速度を上げた。
距離が縮まる。あと10メートル。
男が振り向いた。その手にナイフが握られている。だが、龍二は速度を落とさない。
その男がナイフを振るう。しかし、龍二は体をひねって避ける。それと同時に腕を掴み、関節を極める。
男の手からナイフが落ちた。だが、男は抵抗する。その男は、肘で龍二の腹を狙う。しかし龍二は、一歩下がり、男の足を払った。男はバランスを崩して倒れる。
そのまま龍二は、その背中を押さえつけた。
「これで終わりだ」
低い声で言う。
男は、荒い息を吐いている。
するとその時、春菜が近づいてきた。
春菜が、男の顔を見た瞬間、確信したように言った。
「この人」
龍二が聞く。
「間違いないか?」
春菜は強く頷いた。
「写真の人」
龍二は男の腕を拘束した。
そして、その刺された先生の周囲では、生徒たちがざわめいている。
「先生が刺されたって…」
「警察呼べ!」
そんな声が聞こえる。龍二は静かに言った。
「鈴木」
「うん」
「救急を呼んでくれ」
春菜は、すぐスマートフォンを取り出した。龍二は男を押さえながら尋ねる。
「誰の指示だ?」
男は黙っている。だが、龍二は続けた。
「この学校を狙う理由は何だ?」
男の目が龍二を見る。その視線には、どこか狂気があった。そして小さく笑う。
「もう遅い」
龍二の眉が動く。
「何?」
男は言った。
「次は、止められない」
その言葉に、龍二の背筋に冷たいものが走る。
「どういう意味だ?」
男は、それ以上何も言わなかった。遠くからサイレンの音が近づいてくる。救急車と警察だ。
龍二は、ゆっくり立ち上がった。春菜が戻ってくる。
「先生、救急車来るって」
龍二は頷いた。そして小さく言う。
「鈴木」
「うん?」
「事件は、まだ終わってない」
春菜は男を見た。そして、龍二を見る。
「うん」
静かな声だった。龍二は空、を見上げた。
青い空。平和な学校。だがその裏で、まだ見えない敵が動いている。
そしてその敵は、次の事件を準備している。
春菜は、龍二の隣に立った。
「相棒……」
龍二は小さく笑う。
「なんだ?」
「絶対に止めよう」
龍二は頷いた。
「当然だ」
2人は、迫りくる次の事件へと、同じ方向を向いていた。
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