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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第1章 潜入と記憶の導き
5/12

5話 消えた証拠と迫る影

 あの爆弾事件から数日。

 湊高校は、再び静かな日常を取り戻していた。

 校門では、生徒たちがいつも通りに挨拶を交わし、校庭では運動部の掛け声が響いている。

 表面だけを見れば、何事もなかったような平和な学校だった。

 だが龍二は、その平和をまったく信じていなかった。

 昇降口で靴を履き替えながら、小さく周囲を見渡す。警戒心は、ますます以前より強くなっている。

 中村亮太が、テロ組織と繋がっていたことは確定した。しかし、あの程度の人間が、単独で即席の爆弾とはいえ、仕掛けるとは考えにくい。

 背後にまだ誰かいる。それが龍二の結論だった。


「おはよう」


 横から声がする。春菜だった。


「おはよう」


 龍二は短く答える。2人は、廊下を並んで歩き始めた。春菜は小声で言う。


「中村くん、どうなったの?」

「今は、公安警察の方で拘束してる」


 龍二は淡々と答える。


「だが、問題は別だ」

「別?」


 春菜が首を傾げる。龍二は、廊下の先を見ながら言った。


「中村は、テロ組織の中でも下っ端だ。つまり、使い捨ての捨て駒に過ぎないと言うことだ」

「え?」

「本当に計画した奴は、別にいる」


春菜の表情が少し真剣になる。


「つまり」

「まだ終わってないってことだ」


 龍二の声は静かだった。その時、2人の前を数人の生徒が通り過ぎた。

 笑い声。雑談。普通の高校生活の光景。

 春菜は、それを見ながら小さく言った。


「なんか怖いね」

「何が?」

「この人たち」


 龍二は視線を向ける。


「どういう意味だ?」


 春菜は少し迷った。それから言う。


「この中に、まだ犯人がいるかもしれないんでしょ?」


 龍二は答えなかった。だが、否定もしない。

 その沈黙が答えだった。そうして2人は、教室の中へと入る。

 いつもの席。クラスメイトたちはすでに集まっていた。


「おー大黒」


 高橋が手を振る。


「ニュース見たか?この間の爆弾事件」

「ああ、見たよ」


 龍二は短く答えた。


「怖いよなー」


 高橋は、大げさに肩をすくめる。


「もし、この学校だったらヤバかったな」


 春菜は、思わず龍二を見た。だが、龍二は表情を変えない。


「そうだな」


 それだけ言った。そして授業が始まる。

 だが、龍二の意識は、教室の空気を観察することに集中していた。

 誰が不自然か。誰が落ち着きすぎているか。

 しかし、明確な違和感は見つからない。


 ───昼休み。


 春菜が弁当を広げながら言った。


「ねえ」

「なんだ?」


「中村くんのスマホってどうしてる?」


 龍二の視線が向く。


「解析してる最中だ」

「中身見た?」

「まだ全部じゃないが、見れる範囲では見た」


 春菜は少し考える。そして言った。


「写真ってあった?」


 龍二は、眉をひそめた。


「何の?」

「学校の」


 龍二は少し考えた。そしてスマートフォンを取り出す。

 公安のデータベースへアクセス。押収した写真の一部が表示された。

 春菜は、画面を見つめる。

 校舎。体育館。校門。様々な角度から撮られた写真。

 春菜の視線が止まる。


「これ」


 龍二が覗く。


「どうした?」


 春菜は写真を指差した。


「この人」


 写真の端。ほんの小さく写っている人物。帽子を被った男。


「私、見覚えある」


 龍二の目が細くなる。


「どこで?」


 春菜はゆっくり答えた。


「ちょうど、あの爆弾事件の日」


 龍二の心拍が上がる。


「学校で?」


 春菜は首を横に振った。


「ううん。違う」


 そして言った。


「校門の外」


 龍二は、それを聞いてすぐに理解した。

 そいつはおそらく監視役。テロリストは、複数人で動いていた。

 そして、その人物はまだ捕まっていない。

 龍二は静かに言った。


「顔、覚えてるか?」


 春菜は、迷わず頷いた。


「うん」


 その瞬間だった。教室の外の廊下から、大きな音が聞こえた。


 ドン!


 何かが倒れた音。そして、誰かの悲鳴。龍二と春菜は同時に立ち上がった。

 廊下を見る。そこには、血を流して倒れている教師がいた。

 そして、その横を、帽子の男が走り去っていった。

 春菜が小さく呟く。


「あの人……」


 龍二が言った。


「例の男か?」


 春菜は強く頷いた。龍二はすぐ動いた。


「追うぞ」


 龍二の声は、低く鋭かった。

 そして次の瞬間、彼はすでに廊下を走り出していた。

 春菜もすぐ後を追う。廊下には、生徒たちが集まり始めている。

 倒れた教師を見て、ざわめきが広がっていた。だが、龍二の視線は、逃げた男だけを追っていた。

 帽子。黒いジャケット。

 階段を駆け下りていく姿が見える。


「止まれ!」


 龍二が叫ぶ。だが、男は振り向きもしない。

 そのまま1階へ飛び降りるようにして走った。

 龍二も階段を一気に下りる。春菜は、息を切らしながら追いついた。


「大黒くん!」

「決して見失うな!」


 2人は、昇降口へ飛び出した。だが、男はすでに校庭へ出ている。

 グラウンドの向こうへ走っていく。部活動の生徒たちが驚いて道を空けた。

 龍二は、一瞬だけ周囲を確認する。

 ここでは銃は使えない。あまりにも一般生徒が多すぎる。

 龍二は速度を上げた。

 距離が縮まる。あと10メートル。

 男が振り向いた。その手にナイフが握られている。だが、龍二は速度を落とさない。

 その男がナイフを振るう。しかし、龍二は体をひねって避ける。それと同時に腕を掴み、関節を極める。

 男の手からナイフが落ちた。だが、男は抵抗する。その男は、肘で龍二の腹を狙う。しかし龍二は、一歩下がり、男の足を払った。男はバランスを崩して倒れる。

 そのまま龍二は、その背中を押さえつけた。


「これで終わりだ」


 低い声で言う。

 男は、荒い息を吐いている。

 するとその時、春菜が近づいてきた。

 春菜が、男の顔を見た瞬間、確信したように言った。


「この人」


 龍二が聞く。


「間違いないか?」


 春菜は強く頷いた。


「写真の人」


 龍二は男の腕を拘束した。

 そして、その刺された先生の周囲では、生徒たちがざわめいている。


「先生が刺されたって…」

「警察呼べ!」


 そんな声が聞こえる。龍二は静かに言った。


「鈴木」

「うん」

「救急を呼んでくれ」


 春菜は、すぐスマートフォンを取り出した。龍二は男を押さえながら尋ねる。


「誰の指示だ?」


 男は黙っている。だが、龍二は続けた。


「この学校を狙う理由は何だ?」


 男の目が龍二を見る。その視線には、どこか狂気があった。そして小さく笑う。


「もう遅い」


 龍二の眉が動く。


「何?」


 男は言った。


「次は、止められない」


 その言葉に、龍二の背筋に冷たいものが走る。


「どういう意味だ?」


 男は、それ以上何も言わなかった。遠くからサイレンの音が近づいてくる。救急車と警察だ。

 龍二は、ゆっくり立ち上がった。春菜が戻ってくる。


「先生、救急車来るって」


 龍二は頷いた。そして小さく言う。


「鈴木」

「うん?」

「事件は、まだ終わってない」


 春菜は男を見た。そして、龍二を見る。


「うん」


 静かな声だった。龍二は空、を見上げた。

 青い空。平和な学校。だがその裏で、まだ見えない敵が動いている。

 そしてその敵は、次の事件を準備している。

 春菜は、龍二の隣に立った。


「相棒……」


 龍二は小さく笑う。


「なんだ?」


「絶対に止めよう」


 龍二は頷いた。


「当然だ」


 2人は、迫りくる次の事件へと、同じ方向を向いていた。

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