4話 校内に潜む影と迫る爆破時間
港の倉庫での事件から、3日が経っていた。
湊高校の朝は、いつもと変わらない穏やかな空気に包まれている。
校門の前では生徒たちが笑いながら登校し、グラウンドでは、運動部が朝練をしている。そして、遠くからは吹奏楽部の演奏練習の音も聞こえていた。
その中を、龍二は静かに歩いていた。
制服姿の高校生。だがその内側には、いつも通り、拳銃と警察手帳が隠されている。
潜入捜査は続いている。むしろ状況は、以前よりも深刻だった。
港で押収した武器の量。そして、学校周辺を撮影していたテロリスト。
それは偶然ではない。湊高校が標的である可能性が極めて高い。
龍二は、昇降口で靴を履き替えながら、小さく息を吐いた。
その時。
「おはよう、大黒くん」
後ろから声がした。振り向くと、春菜が立っていた。
「おはよう」
龍二は短く答える。それに対して、春菜は少し笑った。
「相棒なのに冷たーい」
「学校では普通に接する」
龍二は言った。
「潜入任務中なんだからな」
春菜は肩をすくめる。
「はいはい」
2人は、廊下を並んで歩いた。その途中、春菜が小さく言う。
「公安って大変なんだね」
「今さらか?」
「うん。でも」
春菜は窓の外を見た。
「この学校が狙われてるかもしれないんでしょ?」
龍二は少しだけ黙った。それから答える。
「我々公安としては、その可能性は高いと思ってる」
春菜は静かに頷いた。その時、廊下の向こうから1人の男子生徒が歩いてきた。
三年生。同じ学年の生徒だ。
「おー大黒」
気軽な声。
「最近見ないと思ったら忙しいのか?」
彼の名前は中村亮太。クラスでも明るいタイプの生徒だった。
「まあな」
龍二は、軽く答える。中村は、笑いながら通り過ぎていった。
その背中を、春菜がじっと見ていた。龍二は、それに気づく。
「どうした?」
春菜は小さく言った。
「今のって確か……」
「中村だ」
「うん」
春菜の表情が少し真剣になる。
「見覚えある」
龍二の足が止まった。
「そりゃあ、同じ学校の生徒だからって言いたいところだが……鈴木のことだし、たぶん違うんだろ?どこだ?」
春菜は少し考える素振りを見せ、そして言った。
「港の倉庫」
龍二の目が、一気に鋭くなる。
「それは確かか?」
春菜は迷わず頷いた。
「見たのは横顔だけ。でも間違いない」
“完全記憶”その能力は、曖昧さをほとんど残さない。
龍二は、静かに息を吐いた。学校の中に内通者がいる。それが事実なら、状況はさらに危険になる。
「鈴木」
龍二は、低く言った。
「このことは誰にも言うな」
「うん」
春菜は頷いた。
「でも」
続ける。
「もし、本当に内通者だったらどうするの?」
龍二は答えた。
「証拠を掴むまで待つ」
その時だった。校内放送が流れた。
『生徒の皆さんは、速やかに教室へ――』
途中で、音が切れた。そして、わずかな沈黙の後、電子音が鳴り始めた。
ピッ……ピッ……ピッ……
その音を聞いた瞬間、龍二の表情が一気に変わる。その音を、彼はよく知っていた。
爆弾のタイマー。春菜も気づいた。
「これって……」
龍二は廊下の奥を見る。音は近い。しかも複数。
「鈴木」
低い声。
「間違いなく爆弾だ」
春菜の呼吸が一瞬止まる。龍二は、すぐに周囲を確認した。
まだ生徒たちは状況を理解していない。
普通に歩いている。この状況下で、もし爆発すれば……大惨事になる。
龍二は、速やかに決断した。
「俺が爆弾を停止させる」
春菜を見る。
「だからお前は、生徒を避難させろ」
だが、春菜は首を横に振った。
「私なら、爆弾の場所がわかる」
龍二が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
春菜は耳を澄ませていた。完全記憶だけではない。彼女は、音の位置を正確に捉えていた。
「2階、理科準備室」
そして続ける。
「もう1つは、体育館倉庫」
龍二の心拍が一気に上がる。
同時爆破。明らかに計画的なテロだった。
そしてその瞬間、廊下の向こうに、走り去る人影が見えた。それは、中村だった。
龍二の目が鋭くなる。
「やっぱりあいつか」
そして龍二は言った。
「鈴木、来い」
春菜を見る。
「相棒としての本番だ」
その言葉を聞いた瞬間、春菜は強く頷いた。
2人は、一気に走り出した。廊下を全力で駆ける。
電子音は徐々に大きくなっている。
ピッ……ピッ……ピッ……
周囲の生徒たちはまだ異変に気づいていない。中には、笑いながら歩いている者もいる。その日常の光景が、逆に恐ろしかった。
「鈴木」
龍二が走りながら言う。
「先に避難誘導を頼む」
春菜は首を横に振った。
「時間ないんだ」
短い言葉だった。龍二も理解していた。爆弾のタイマーはかなり短い。おそらく数分程度。
2人は階段を駆け上がる。
2階の廊下。理科準備室の前で足を止めた。そこで、電子音がはっきり聞こえる。
「ここだよ」
春菜が言う。龍二は扉を開けた。
部屋の中は暗い。棚や器具が並んでいる。そして机の上に、黒いバッグがあった。
ピッ……ピッ……ピッ……
龍二はすぐに近づいた。そしてそのバッグの中を見る。
即席の時限爆弾。
配線にタイマー。そして、プラスチック爆薬。それは間違いなく本物だった。
「残り2分」
龍二が呟く。すると、春菜が隣に来る。
「解除できるの?」
「とにかく今は、やるしかない」
龍二は、ポケットから持っていたナイフを取り出した。
そして配線を見る。
赤。青。黄色。
よくアニメやドラマなんかで観るような、典型的な爆弾だが、もちろん罠の可能性もある。
春菜が小さく言った。
「黄色」
龍二が見る。
「理由は?」
春菜はバッグの内側を指した。
「中村くんのスマホ」
そこで、龍二の頭に情報が繋がる。港の倉庫。テロリスト。そしてこの間のテロリストと中村のスマホの画面。
春菜は続けた。
「黄色の線に触ってる写真あった」
龍二は、数秒考えた。
彼女の完全記憶がもたらす情報。信頼できる。そして龍二は、ナイフを配線へ近づけた。
タイマーの残り時間は1分。
ピッ……ピッ……
一瞬の静寂。
そして、黄色の線を切った。
電子音が止まる。
完全な沈黙。春菜が息を吐いた。
「止まった……」
龍二も小さく頷く。だが、まだ終わりではない。
「残るはもう1つ」
体育館倉庫。2人は、すぐに走り出した。
階段を駆け下りる。その途中、廊下の曲がり角から人影が飛び出した。それは中村だった。その手には、スマートフォン握られている。
龍二と目が合うと、中村の顔が歪む。
そして次の瞬間、走り出した。
「止まれ!」
龍二が叫ぶ。だが、中村は逃げる。龍二は春菜を見る。
「お前は、体育館倉庫へ行け!」
春菜は頷いた。2人は、別方向へ走る。
龍二は中村を追った。廊下を全速力で走る。段々と距離が縮まる。昇降口の前で、龍二は中村の肩を掴んだ。
「もう終わりだ」
中村は振り向いた。その顔には、焦りが浮かんでいる。
「なんで気づいた……」
龍二は、冷たい声で言う。
「単にお前のミスだ」
「ミス?」
「写真だよ」
中村の目が揺れる。
「お前は、学校の写真を撮りすぎたんだ。普通の高校生は、学校の写真なんて撮らないもんだ。だからこそわかったんだよ」
その瞬間、中村が拳を振った。だが、龍二はそれを簡単に避ける。
そして腕を掴み、床へ押さえつけた。
「もうやめろ」
低い声。
「俺は、公安の者だ。これ以上無駄な抵抗をするんじゃない」
一方その頃。
春菜は、体育館倉庫へ走っていた。そして、体育館の扉を開ける。
広い空間。そして、倉庫の奥から電子音が聞こえる。
ピッ……ピッ……ピッ……
春菜は迷わず中へ入った。箱の上にバッグ。
さっきと同じ爆弾だった。タイマーの残り時間は、30秒と表示されていた。
春菜は、配線を見た。
赤、青、黄色。そして思い出す。
スマホの写真。指が触れていた線。さっきの爆弾とまったく同じ物だ。
春菜は深く息を吸った。
「黄色」
ナイフで切る。
一瞬の沈黙。そして、さっきまで鳴っていた電子音が止まった。
春菜は、その場に座り込んだ。
「はぁ……」
数分後、体育館に龍二が入ってきた。
中村は、すでに別の公安警察へ密かに引き渡されている。
龍二は春菜を見る。
「無事か?」
春菜は笑った。
「大黒くんの相棒だから」
龍二は小さく笑う。
「完璧な回答だ」
外では、パトカーのサイレンが鳴り始めていた。こうして、テロは未然に防がれた。
そして、龍二は静かに言った。
「鈴木」
「うん?」
「お前、本当にすごいな」
春菜は少し照れながら言った。
「相棒として?」
龍二は頷く。
「それと」
少し間を置く。
「恋人候補としてもな」
春菜の顔が赤くなる。
湊高校の危機は去った。だが2人の関係は、ここからさらに深くなっていくのだった。
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