3話 港の影と最初の共闘
2人が校門を出た頃には、空の色はすっかり夕闇へと変わり始めていた。
街灯がぽつぽつと灯り始め、住宅街の道路には、帰宅する人の姿が増えている。
龍二は歩きながら、ポケットのスマートフォンを取り出した。その画面には、簡易地図が表示されている。
───港湾地区。
湊高校から車で15分ほどの距離。さっきの黒いワンボックスが、そこへ向かった可能性は高い。
「鈴木」
龍二が言う。
「さっきの男、地図見てたって言ったな」
「うん」
春菜はすぐ答えた。
「スマホの画面が、一瞬だけ見えた」
「どの倉庫だ」
春菜は目を閉じた。自身の記憶を探るように、ゆっくり言う。
「港の第三埠頭。倉庫番号……たぶん“E-7”」
龍二の足が一瞬止まった。
「本当に見たのか?」
「一瞬だけ」
春菜は少し笑った。
「でも、ちゃんと覚えてる」
龍二は深く息を吐いた。
“完全記憶”
改めて、その能力の異常さを実感する。普通の人間なら見逃す一瞬の情報を、この少女は確実に拾っている。
「わかった」
龍二は言った。
「タクシーを使うぞ」
道路へ出て、手を上げる。
数秒後、一台のタクシーが止まった。2人は、後部座席に乗り込む。
「第三埠頭まで」
龍二が短く告げた。
車は静かに走り出す。車内にはしばらく沈黙が流れた。春菜は窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「なんか変な感じ」
「何が?」
「放課後に港に向かってる高校生って」
龍二は苦笑した。
「ははは。確かに、普通じゃないな」
「うん」
春菜は振り向く。
「でも私は、嫌じゃないよ」
龍二は一瞬だけ視線を向けた。その表情は、いつもより少し柔らかかった。
「言っておくが、相棒候補だからな」
「まだ候補なんだ」
「当然だ」
龍二は続ける。
「これから危険な場所に行く」
春菜を見る。
「怖くはないか?」
春菜は少し考えた。そして静かに答えた。
「少しは」
正直な答えだった。
「でも」
続ける。
「大黒くんがいるから、そんなに怖くはないかな」
龍二は何も言わなかった。だがその言葉は、心のどこかに残った。タクシーはやがて、港湾地区へ入る。
コンテナが並び、巨大なクレーンが夜空に黒い影を作っている。
海水の匂いが、窓の隙間から流れ込んできた。
「ここでいい」
龍二は料金を払い、車を降りた。
タクシーが走り去る。辺りは静かだった。遠くで波の音が聞こえる。倉庫街は、夜になるとほとんど人がいない。
龍二は、周囲を確認した。そして歩き出す。
「E-7はこっちだ」
春菜も後ろについていく。倉庫が並ぶ道を進む。やがて1つの建物が見えてきた。
鉄製の大きなシャッター。壁には白い文字。
“E-7”
春菜が小さく言った。
「ここだ」
龍二は頷く。そして、倉庫の影に身を隠した。
中から微かな声が聞こえる。人の気配。少なくとも3人。龍二は、ゆっくり拳銃を抜いた。
「鈴木」
小さく言う。
「ここから先は危険だ」
春菜は頷いた。
「うん」
龍二は、倉庫の隙間から中を覗いた。中には例の黒いワンボックスが止まっている。そして、その周りに男が3人。そのうち1人は、さっき逃げた運転手。残り2人は、見慣れない顔だった。
床には、大きな木箱が置かれている。龍二は、目を細めた。
箱の隙間から見えるもの。金属。形状。それらから判断して恐らく……銃器。
「武器取引か」
龍二が呟く。
その時だった。春菜が袖を軽く引いた。
「大黒くん」
「どうした?」
「今の人」
小声で言う。
「学校の近くで見たよ」
龍二の視線が鋭くなる。
「どいつだ?」
春菜は倉庫の中を指した。
「左の人」
龍二は、もう一度見る。その男は、携帯を操作している。
「あの男は、何してた?」
春菜は、ゆっくり答えた。
「学校の写真、撮ってた」
龍二の背中に冷たいものが走った。学校が狙われている。
その可能性が、一気に現実味を帯びた。龍二は、拳銃を握り直す。
そして静かに言った。
「鈴木」
「うん」
「ここからが試験だ」
春菜を見る。
「俺の相棒になれるかどうかのな」
その瞬間、倉庫の中で、木箱が開けられた。
中に並んでいたのは、自動小銃だった。
木箱の蓋が完全に開いた瞬間、倉庫の中の空気が変わった。
並んでいたのは、数丁の自動小銃。黒い金属の光沢が、倉庫の照明に鈍く反射している。
男の1人が、それを手に取った。
「予定通りだな」
低い声。運転手の男が頷く。
「明日の朝には運ぶぞ」
龍二の眉がわずかに動いた。
明日。もう時間がない。
「大黒くん」
春菜が小声で言う。
「ところでこの倉庫にいるのってあの3人だけ?」
龍二は首を横に振る。
「いや、外にもう何人かいる可能性がある」
春菜は頷いた。
龍二は静かに状況を整理する。敵は3人以上。武器は、自動小銃と複数の武器。それに対して、こちらは拳銃一丁。そして、隣には一般女子高生。
本来なら撤退する場面だった。
だが、武器がこのまま運ばれれば被害は大きくなる。
龍二は決断した。
「鈴木」
「うん」
「俺が中に入る」
春菜の目が少し大きくなる。
「1人で?」
「当たり前だ」
龍二は倉庫の入口を見た。
「その間、お前はここで周囲を見張れ」
春菜は数秒考えた。そして言った。
「わかった」
その返事には、迷いがなかった。それに対して、龍二は少しだけ驚く。
「今からでも、逃げてもいいんだぞ」
春菜は首を横に振った。
「だって私、大黒くんの相棒候補だから」
龍二は、小さく笑った。
「ほんと、物好きだな」
そして、ゆっくり倉庫へ近づく。
足音を消す。影から影へ。男たちは、まだ俺に気づいていない。
龍二は、入口の柱の影に滑り込んだ。距離、約7メートル。
拳銃を構え、呼吸を整える。
そして、中へと踏み込んだ。
「警察だ!全員、その場を動くな!」
鋭い声が倉庫に響いた。男たちが一斉に振り向く。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、銃声が鳴った。
男の1人が撃った。その弾丸が柱に当たる。
龍二はすぐ横に飛んだ。床を滑りながら撃ち返す。
ニ発撃つが、一発目は外れた。だが、ニ発目が男の肩に当たる。
そして男が倒れた。残り2人が銃を構える。
その時、倉庫の外から声が聞こえた。
「大黒くん!」
春菜だった。
「もう1人来る!」
龍二の視線が入口へ向く。そこに男が走り込んできた。手には拳銃。龍二は、即座に方向を変えた。一発撃つと、その弾丸が男の足を撃ち抜く。撃ち抜かれたことにより、その男は転倒した。
だが、残りの1人が龍二へ突っ込んでくる。
距離が近い。銃が使えない状況で、男がナイフを抜いた。
龍二は腕を掴み、体を回転させ、関節を極める。
それによって、ナイフが床に落ちた。
男を投げ飛ばすと鈍い音が鳴り、男は動かなくなった。
倉庫に静寂が戻る。
龍二はゆっくり息を吐いた。そして外を見る。
春菜が入口に立っていた。彼女は、少し息が上がっていた。
「怪我は?」
龍二が聞く。
「ないよ」
春菜は中に入ってきた。床に倒れた男たちを見て、小さく目を見開く。
「すごい……」
龍二は拳銃をしまった。
「これが俺の仕事だ」
春菜は倉庫の中を見回す。そして木箱を見た。
「これ……全部?」
「たぶんな」
龍二は無線を取り出し、短く報告する。応援部隊が来るのは、時間の問題だった。
通信を終えると、春菜が隣に立った。
「大黒くん」
「なんだ」
「試験の結果って……」
龍二は、少し笑った。
「合格だ」
春菜の顔が明るくなる。
「本当に?」
龍二は頷いた。
「今日から正式に俺の相棒として認める。ただし、表向きには、君は公安警察の協力者として登録する」
春菜は少し黙った。そして言った。
「じゃあもう1つ」
「なんだ」
春菜は、少し照れながら言った。
「大黒くんの恋人候補にもなれる?」
龍二は一瞬固まった。そして小さく笑った。
「それは……」
少し考えてから言う。
「どうやら、試験期間は長そうだな」
春菜は笑った。
港の夜風が倉庫の中に吹き込む中、遠くでサイレンの音が近づいてくる。
公安警察の潜入捜査官と完全記憶の少女。
2人の奇妙なコンビは、この夜、本当の意味で動き始めた。
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