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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第1章 潜入と記憶の導き
3/4

3話 港の影と最初の共闘

 2人が校門を出た頃には、空の色はすっかり夕闇へと変わり始めていた。

 街灯がぽつぽつと灯り始め、住宅街の道路には、帰宅する人の姿が増えている。

 龍二は歩きながら、ポケットのスマートフォンを取り出した。その画面には、簡易地図が表示されている。


 ───港湾地区。


 湊高校から車で15分ほどの距離。さっきの黒いワンボックスが、そこへ向かった可能性は高い。


「鈴木」


 龍二が言う。


「さっきの男、地図見てたって言ったな」

「うん」


 春菜はすぐ答えた。


「スマホの画面が、一瞬だけ見えた」

「どの倉庫だ」


 春菜は目を閉じた。自身の記憶を探るように、ゆっくり言う。


「港の第三埠頭。倉庫番号……たぶん“E-7”」


 龍二の足が一瞬止まった。


「本当に見たのか?」

「一瞬だけ」


 春菜は少し笑った。


「でも、ちゃんと覚えてる」


 龍二は深く息を吐いた。


 “完全記憶”


 改めて、その能力の異常さを実感する。普通の人間なら見逃す一瞬の情報を、この少女は確実に拾っている。


「わかった」


 龍二は言った。


「タクシーを使うぞ」


 道路へ出て、手を上げる。

 数秒後、一台のタクシーが止まった。2人は、後部座席に乗り込む。


「第三埠頭まで」


 龍二が短く告げた。

 車は静かに走り出す。車内にはしばらく沈黙が流れた。春菜は窓の外を見ながら、小さく呟いた。


「なんか変な感じ」

「何が?」

「放課後に港に向かってる高校生って」


 龍二は苦笑した。


「ははは。確かに、普通じゃないな」

「うん」


 春菜は振り向く。


「でも私は、嫌じゃないよ」


 龍二は一瞬だけ視線を向けた。その表情は、いつもより少し柔らかかった。


「言っておくが、相棒候補だからな」

「まだ候補なんだ」

「当然だ」


 龍二は続ける。


「これから危険な場所に行く」


 春菜を見る。


「怖くはないか?」


 春菜は少し考えた。そして静かに答えた。


「少しは」


 正直な答えだった。


「でも」


 続ける。


「大黒くんがいるから、そんなに怖くはないかな」


 龍二は何も言わなかった。だがその言葉は、心のどこかに残った。タクシーはやがて、港湾地区へ入る。

 コンテナが並び、巨大なクレーンが夜空に黒い影を作っている。

 海水の匂いが、窓の隙間から流れ込んできた。


「ここでいい」


 龍二は料金を払い、車を降りた。

 タクシーが走り去る。辺りは静かだった。遠くで波の音が聞こえる。倉庫街は、夜になるとほとんど人がいない。

 龍二は、周囲を確認した。そして歩き出す。


「E-7はこっちだ」


 春菜も後ろについていく。倉庫が並ぶ道を進む。やがて1つの建物が見えてきた。

 鉄製の大きなシャッター。壁には白い文字。


 “E-7”


 春菜が小さく言った。


「ここだ」


 龍二は頷く。そして、倉庫の影に身を隠した。

 中から微かな声が聞こえる。人の気配。少なくとも3人。龍二は、ゆっくり拳銃を抜いた。


「鈴木」


 小さく言う。


「ここから先は危険だ」


 春菜は頷いた。


「うん」


 龍二は、倉庫の隙間から中を覗いた。中には例の黒いワンボックスが止まっている。そして、その周りに男が3人。そのうち1人は、さっき逃げた運転手。残り2人は、見慣れない顔だった。

 床には、大きな木箱が置かれている。龍二は、目を細めた。

 箱の隙間から見えるもの。金属。形状。それらから判断して恐らく……銃器。


「武器取引か」


 龍二が呟く。

 その時だった。春菜が袖を軽く引いた。


「大黒くん」

「どうした?」

「今の人」


 小声で言う。


「学校の近くで見たよ」


 龍二の視線が鋭くなる。


「どいつだ?」


 春菜は倉庫の中を指した。


「左の人」


 龍二は、もう一度見る。その男は、携帯を操作している。


「あの男は、何してた?」


 春菜は、ゆっくり答えた。


「学校の写真、撮ってた」


 龍二の背中に冷たいものが走った。学校が狙われている。

 その可能性が、一気に現実味を帯びた。龍二は、拳銃を握り直す。

 そして静かに言った。


「鈴木」

「うん」

「ここからが試験だ」


 春菜を見る。


「俺の相棒になれるかどうかのな」


 その瞬間、倉庫の中で、木箱が開けられた。

 中に並んでいたのは、自動小銃だった。

 木箱の蓋が完全に開いた瞬間、倉庫の中の空気が変わった。

 並んでいたのは、数丁の自動小銃。黒い金属の光沢が、倉庫の照明に鈍く反射している。

 男の1人が、それを手に取った。


「予定通りだな」


低い声。運転手の男が頷く。


「明日の朝には運ぶぞ」


 龍二の眉がわずかに動いた。

 明日。もう時間がない。


「大黒くん」


 春菜が小声で言う。


「ところでこの倉庫にいるのってあの3人だけ?」


 龍二は首を横に振る。


「いや、外にもう何人かいる可能性がある」


 春菜は頷いた。

 龍二は静かに状況を整理する。敵は3人以上。武器は、自動小銃と複数の武器。それに対して、こちらは拳銃一丁。そして、隣には一般女子高生。

 本来なら撤退する場面だった。

 だが、武器がこのまま運ばれれば被害は大きくなる。

 龍二は決断した。


「鈴木」

「うん」

「俺が中に入る」


 春菜の目が少し大きくなる。


「1人で?」

「当たり前だ」


 龍二は倉庫の入口を見た。


「その間、お前はここで周囲を見張れ」


 春菜は数秒考えた。そして言った。


「わかった」


 その返事には、迷いがなかった。それに対して、龍二は少しだけ驚く。


「今からでも、逃げてもいいんだぞ」


 春菜は首を横に振った。


「だって私、大黒くんの相棒候補だから」


 龍二は、小さく笑った。


「ほんと、物好きだな」


 そして、ゆっくり倉庫へ近づく。

 足音を消す。影から影へ。男たちは、まだ俺に気づいていない。

 龍二は、入口の柱の影に滑り込んだ。距離、約7メートル。

 拳銃を構え、呼吸を整える。

 そして、中へと踏み込んだ。


「警察だ!全員、その場を動くな!」


 鋭い声が倉庫に響いた。男たちが一斉に振り向く。

 一瞬の静寂。

 そして次の瞬間、銃声が鳴った。

 男の1人が撃った。その弾丸が柱に当たる。

 龍二はすぐ横に飛んだ。床を滑りながら撃ち返す。

 ニ発撃つが、一発目は外れた。だが、ニ発目が男の肩に当たる。

 そして男が倒れた。残り2人が銃を構える。

 その時、倉庫の外から声が聞こえた。


「大黒くん!」


 春菜だった。


「もう1人来る!」


 龍二の視線が入口へ向く。そこに男が走り込んできた。手には拳銃。龍二は、即座に方向を変えた。一発撃つと、その弾丸が男の足を撃ち抜く。撃ち抜かれたことにより、その男は転倒した。

 だが、残りの1人が龍二へ突っ込んでくる。

 距離が近い。銃が使えない状況で、男がナイフを抜いた。

 龍二は腕を掴み、体を回転させ、関節を極める。

それによって、ナイフが床に落ちた。

 男を投げ飛ばすと鈍い音が鳴り、男は動かなくなった。

 倉庫に静寂が戻る。

 龍二はゆっくり息を吐いた。そして外を見る。

 春菜が入口に立っていた。彼女は、少し息が上がっていた。


「怪我は?」


 龍二が聞く。


「ないよ」


 春菜は中に入ってきた。床に倒れた男たちを見て、小さく目を見開く。


「すごい……」


 龍二は拳銃をしまった。


「これが(公安警察)の仕事だ」


 春菜は倉庫の中を見回す。そして木箱を見た。


「これ……全部?」


「たぶんな」


 龍二は無線を取り出し、短く報告する。応援部隊が来るのは、時間の問題だった。

 通信を終えると、春菜が隣に立った。


「大黒くん」

「なんだ」

「試験の結果って……」


 龍二は、少し笑った。


「合格だ」


 春菜の顔が明るくなる。


「本当に?」


 龍二は頷いた。


「今日から正式に俺の相棒として認める。ただし、表向きには、君は公安警察の協力者として登録する」


 春菜は少し黙った。そして言った。


「じゃあもう1つ」

「なんだ」


 春菜は、少し照れながら言った。


「大黒くんの恋人候補にもなれる?」


 龍二は一瞬固まった。そして小さく笑った。


「それは……」


 少し考えてから言う。


「どうやら、試験期間は長そうだな」


 春菜は笑った。

 港の夜風が倉庫の中に吹き込む中、遠くでサイレンの音が近づいてくる。

 公安警察の潜入捜査官と完全記憶の少女。

 2人の奇妙なコンビは、この夜、本当の意味で動き始めた。

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