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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
4章 “ノクティス”戦争編
32/33

32話 潜伏者

 夜の東京湾岸は、昼とはまったく違う顔を見せる。

 街の明かりは遠く、海風だけが倉庫街を通り抜けていく。

 巨大なコンテナに静まり返った道路。その暗い一角に、黒い車が停まっていた。エンジンは止めてある。運転席に座っているのは、龍二だった。

 腕時計を見る。


 午後22時03分。


 助手席の上には小型無線機。そして、一枚の写真。

 その写真に写っている男の顔は、セルゲイ・ヴォルコフ。

 “ノクティス”の幹部であり、爆発物の専門家だ。

 龍二は、窓の外を見る。

 目的地は、道路の先にある古い倉庫だった。灯りは、ほとんどついていない。

 だが数分前、そこへ1台のバンが入った。

 監視班の報告はこうだった。


『こちら監視班。対象確認』


 龍二は、イヤーピースを軽く押す。


「こちら大黒」


 すぐ返事が来る。


『こちら監視班』


 龍二は短く聞く。


「状況報告」

『対象は、倉庫内に入りました』

「人数は?」

『最低3人』


 龍二は、数秒考える。そして言う。


「周囲は?」

『人影なし』

「了解」


 通信を切る。龍二は、車のドアを開けた。すると、冷たい夜風が入り込む。

 ジャケットの下には、薄型防弾ベスト。そして、肩のホルスターには拳銃。

 マガジンの装填確認を行った後、スライドを軽く触る。

 問題なし。

 龍二は車を離れ、暗い道路を歩き出した。足音は、ほとんど立てない。

 倉庫までの距離は約百メートル。

 途中で立ち止まり、周囲を見る。

 動く影はない。龍二は、倉庫の側面へ回り込んだ。

 古い鉄の扉。隙間から中を覗く。倉庫の中には、弱い照明がついていた。

 木箱がいくつも並んでいる。

 そして───男たち。

 中央に立っている大男……写真と同じ顔。セルゲイ・ヴォルコフだ。

 龍二の視線が鋭くなる。

 ヴォルコフは、箱の1つを開けていた。

 中から見えたもの。

 黒い塊に粘土のような形。

 龍二はすぐ理解した。

 特殊軍用爆薬……。しかも大量だった。

 ヴォルコフがロシア語で何か言う。そして、隣の男が頷く。

 そして、隣にあった別の箱を開けると、中には起爆装置のような物があった。

 龍二は、ゆっくり息を吐いた。

 間違いない。【ECLIPSE】の作戦は本物だ。

 その時だった。倉庫の奥から足音がした。龍二は、すぐ壁の陰へ身を寄せる。だが遅かった。

 扉が開くと、男が外へ出てきた。数歩歩き、そして止まる。

 男の目が細くなる。


「……誰だ?」


 低い声だった。

 次の瞬間……男が拳銃を抜いた。そして、銃声が夜の倉庫街に響いた。


 パンッ!


 龍二は、壁の陰からすぐに横へ転がる。弾丸が鉄扉に当たり、火花が散る。


「侵入者だ!」


 倉庫の中から怒鳴り声。

 龍二はすぐ拳銃を抜いた。VP9を両手で構え、息を整える。

 男が扉から飛び出してくる。そして、拳銃を構えた瞬間───


 パンッ!


 龍二が先に撃った。弾丸が男の腕をかすめる。すると、相手の拳銃が地面に落ちる。

 だが、それだけでは終わらない。倉庫の中からさらに2人飛び出してきた。

 銃口が龍二へ向く。


 パンッ! パンッ!


 連続の銃声。

 龍二は、コンテナの陰へ飛び込む。弾丸が鉄板を叩く音・火花・金属の匂いが漂う中、龍二は深く息を吐く。

 弾数を頭の中で数える。

 残り12発。敵は3人。

 さらに倉庫の中には、ヴォルコフがいる。

 長期戦は不利だった。

 龍二は無線を押す。


「こちら大黒」


 すぐ返事が返って来る。


『こちら監視班!』


 龍二は、短く言った。


「爆薬を確認」


 通信の向こうが息を呑む。

 龍二は続ける。


「“ノクティス”による、大規模爆破テロ準備を確認」


 そして言う。


「その為、至急応援を求む!」


 その瞬間、コンテナの端に弾丸が当たり、金属片が飛ぶ。

 龍二は体勢を低くする。

 敵が近づいてくる足音が、2人分聞こえる。

 そして龍二は、拳銃を握り直す。

 足音が角を曲がる。その瞬間、龍二はコンテナの横から飛び出した。


 パンッ!


 1人の肩に命中し、男が倒れる。すると、もう1人が撃つ。


 パンッ!


 龍二はすぐ横へ転がり、コンクリートの床を滑る。

 体勢を立て直して、照準を合わせる。


 パンッ!


 男の足を撃ち抜く。

 2人とも戦闘不能となった。

 だがその時、倉庫の奥から巨体が現れた。セルゲイ・ヴォルコフの手には、サブマシンガンが握られていた。

 龍二の目が細くなる。

 ヴォルコフが、低く重い声で笑う。


「公安が」


 そして引き金を引いた。


 ダダダダダッ!!!


 激しい連射。弾丸がコンテナを叩く。龍二は、すぐ後退する。

 撤退。その2文字が脳裏に浮かび、イヤーピースを押す。


「こちら大黒。対象は、ヴォルコフ!」


 龍二は、倉庫から距離を取る。

 銃声はまだ続いている。だが、追撃は来ない。

 ヴォルコフの声が倉庫から響いた。


「逃げたか」


 龍二は、暗闇の中で止まる。

 呼吸を整える。今夜の目的は達した。爆薬は存在する。【ECLIPSE】作戦は現実だ。

 龍二は、夜空を見る。

 遠くの街の灯り。あの光を守る。それが、龍二の……公安警察である自身の役目だった。

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