32話 潜伏者
夜の東京湾岸は、昼とはまったく違う顔を見せる。
街の明かりは遠く、海風だけが倉庫街を通り抜けていく。
巨大なコンテナに静まり返った道路。その暗い一角に、黒い車が停まっていた。エンジンは止めてある。運転席に座っているのは、龍二だった。
腕時計を見る。
午後22時03分。
助手席の上には小型無線機。そして、一枚の写真。
その写真に写っている男の顔は、セルゲイ・ヴォルコフ。
“ノクティス”の幹部であり、爆発物の専門家だ。
龍二は、窓の外を見る。
目的地は、道路の先にある古い倉庫だった。灯りは、ほとんどついていない。
だが数分前、そこへ1台のバンが入った。
監視班の報告はこうだった。
『こちら監視班。対象確認』
龍二は、イヤーピースを軽く押す。
「こちら大黒」
すぐ返事が来る。
『こちら監視班』
龍二は短く聞く。
「状況報告」
『対象は、倉庫内に入りました』
「人数は?」
『最低3人』
龍二は、数秒考える。そして言う。
「周囲は?」
『人影なし』
「了解」
通信を切る。龍二は、車のドアを開けた。すると、冷たい夜風が入り込む。
ジャケットの下には、薄型防弾ベスト。そして、肩のホルスターには拳銃。
マガジンの装填確認を行った後、スライドを軽く触る。
問題なし。
龍二は車を離れ、暗い道路を歩き出した。足音は、ほとんど立てない。
倉庫までの距離は約百メートル。
途中で立ち止まり、周囲を見る。
動く影はない。龍二は、倉庫の側面へ回り込んだ。
古い鉄の扉。隙間から中を覗く。倉庫の中には、弱い照明がついていた。
木箱がいくつも並んでいる。
そして───男たち。
中央に立っている大男……写真と同じ顔。セルゲイ・ヴォルコフだ。
龍二の視線が鋭くなる。
ヴォルコフは、箱の1つを開けていた。
中から見えたもの。
黒い塊に粘土のような形。
龍二はすぐ理解した。
特殊軍用爆薬……。しかも大量だった。
ヴォルコフがロシア語で何か言う。そして、隣の男が頷く。
そして、隣にあった別の箱を開けると、中には起爆装置のような物があった。
龍二は、ゆっくり息を吐いた。
間違いない。【ECLIPSE】の作戦は本物だ。
その時だった。倉庫の奥から足音がした。龍二は、すぐ壁の陰へ身を寄せる。だが遅かった。
扉が開くと、男が外へ出てきた。数歩歩き、そして止まる。
男の目が細くなる。
「……誰だ?」
低い声だった。
次の瞬間……男が拳銃を抜いた。そして、銃声が夜の倉庫街に響いた。
パンッ!
龍二は、壁の陰からすぐに横へ転がる。弾丸が鉄扉に当たり、火花が散る。
「侵入者だ!」
倉庫の中から怒鳴り声。
龍二はすぐ拳銃を抜いた。VP9を両手で構え、息を整える。
男が扉から飛び出してくる。そして、拳銃を構えた瞬間───
パンッ!
龍二が先に撃った。弾丸が男の腕をかすめる。すると、相手の拳銃が地面に落ちる。
だが、それだけでは終わらない。倉庫の中からさらに2人飛び出してきた。
銃口が龍二へ向く。
パンッ! パンッ!
連続の銃声。
龍二は、コンテナの陰へ飛び込む。弾丸が鉄板を叩く音・火花・金属の匂いが漂う中、龍二は深く息を吐く。
弾数を頭の中で数える。
残り12発。敵は3人。
さらに倉庫の中には、ヴォルコフがいる。
長期戦は不利だった。
龍二は無線を押す。
「こちら大黒」
すぐ返事が返って来る。
『こちら監視班!』
龍二は、短く言った。
「爆薬を確認」
通信の向こうが息を呑む。
龍二は続ける。
「“ノクティス”による、大規模爆破テロ準備を確認」
そして言う。
「その為、至急応援を求む!」
その瞬間、コンテナの端に弾丸が当たり、金属片が飛ぶ。
龍二は体勢を低くする。
敵が近づいてくる足音が、2人分聞こえる。
そして龍二は、拳銃を握り直す。
足音が角を曲がる。その瞬間、龍二はコンテナの横から飛び出した。
パンッ!
1人の肩に命中し、男が倒れる。すると、もう1人が撃つ。
パンッ!
龍二はすぐ横へ転がり、コンクリートの床を滑る。
体勢を立て直して、照準を合わせる。
パンッ!
男の足を撃ち抜く。
2人とも戦闘不能となった。
だがその時、倉庫の奥から巨体が現れた。セルゲイ・ヴォルコフの手には、サブマシンガンが握られていた。
龍二の目が細くなる。
ヴォルコフが、低く重い声で笑う。
「公安が」
そして引き金を引いた。
ダダダダダッ!!!
激しい連射。弾丸がコンテナを叩く。龍二は、すぐ後退する。
撤退。その2文字が脳裏に浮かび、イヤーピースを押す。
「こちら大黒。対象は、ヴォルコフ!」
龍二は、倉庫から距離を取る。
銃声はまだ続いている。だが、追撃は来ない。
ヴォルコフの声が倉庫から響いた。
「逃げたか」
龍二は、暗闇の中で止まる。
呼吸を整える。今夜の目的は達した。爆薬は存在する。【ECLIPSE】作戦は現実だ。
龍二は、夜空を見る。
遠くの街の灯り。あの光を守る。それが、龍二の……公安警察である自身の役目だった。
『良かった』『続きが気になる』などと思っていただけたなら、評価やブックマークをしてくださると、とても嬉しいです。これからもよろしくお願いします。




