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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
4章 “ノクティス”戦争編
31/33

31話 ECLIPSE

 警察庁の朝は早い。

 霞が関の官庁街には、まだ柔らかな朝の光が差し込んでいた。

 だが、警察庁警備局のフロアは、すでに慌ただしく動き始めている。

 大型モニターには都内の地図。そして、机の上には大量の資料の束。

 電話と無線の音が絶えず飛び交っていた。

 その中で、大黒龍二は静かに席に座っていた。

 コーヒーのカップから薄く湯気が立つ。しかし龍二の視線は、机の上の資料に落ちていた。

 そこに並ぶ名前。

 ルーカス・ヴァイス セルゲイ・ヴォルコフ マルコ・ダ・シルバ

 そして最後に。アレクシス・レーヴェン

 ノクティスの中枢。それが今、日本にいる。

 その事実だけで、状況は異常だった。龍二は、ゆっくり資料を閉じる。

 その時だった。


「大黒警部」


 顔を上げる。部下の公安刑事が立っていた。


「作戦室にお越し下さい」


 龍二は立ち上がる。


「今野警視か?」

「はい」


 2人は、そのまま作戦室へ向かった。

 警備企画課の作戦室は、通常の会議室よりも大きい。

 壁一面のモニター・都内の地図・複数の映像。すでに十数人の刑事が集まっていた。

 公安・警備。そして外事4課。3つの部署の人間が同じ部屋にいる。

 それだけで、今回の事態の重さが分かる。

 前に立っているのは、総指揮を執る今野麻耶だった。

 腕を組み、全員を見渡す。龍二が席に着くと、今野が言った。


「揃ったわね」


 静かな声だった。だが、部屋の空気は、一瞬で引き締まる。

 今野は、リモコンを押す。モニターに写真が映し出された。金髪の男。ルーカス・ヴァイスだ。


「“ノクティス”作戦指揮官であるルーカス・ヴァイスが現在、港区のホテルに潜伏」


 次の写真。巨体の男。セルゲイ・ヴォルコフ。


「そして、爆発物専門のセルゲイ・ヴォルコフ及び」


 そして三枚目。マルコ・ダ・シルバ。


「資金管理のマルコ・ダ・シルバ。この3人が、確実に日本にいる事が判明している」


 部屋の空気が静かに重くなる。龍二は、モニターを見ていた。

 だが、今野はさらに続ける。


「そしてもう1人」


 リモコンを押す。すると、モニターの映像が切り替わる。そこに現れた男。黒髪に整った顔。アレクシス・レーヴェンである。

 部屋が一瞬静まり返った。今野の声が低くなる。


「ノクティスの創設者の1人にして、現在のリーダー」


 誰も言葉を発しない。今野は言った。


「まだ入国確認は取れていない。だが……」


 少し間を置く。


「幹部がこれだけ動いている以上……」


 視線を全員に向ける。


「国内にいると考えるべきね」


 龍二が口を開いた。


「それで奴らの目的は?」


 今野は答える。


「それが問題なの」


 その時だった。後ろの席から声が上がる。外事4課の捜査官だった。


「我々外事4課の方で掴んだ、新しい情報があります」


 部屋の視線が集まる。その捜査官は、資料を机に置いた。


「先日、我々の方で、“ノクティス”の内部通信を一部傍受しました」


 今野が聞く。


「内容は?」


 捜査官は答える。


「作戦名です」


 そして言った。


「ECLIPSE」


 部屋の空気がさらに重くなる。今野が聞く。


「その意味は?」


 外事4課の捜査官が言った。


「直訳すれば───」


 少し間を置く。


「日食……」


 作戦室のモニターには、東京都の地図が表示されていた。


 今野は、ゆっくり歩きながら説明を続ける。


「……日食」


 その言葉を繰り返す。


「光が闇に覆われる現象」


 モニターの地図を指す。


「つまり」


 声が低くなる。


「社会の光を一時的に消す」


 誰かが呟く。


「大規模テロ……」


 今野は頷いた。


「可能性は高いわね」


 そして言う。


「1番の問題は場所ね」


 その瞬間、モニターに赤い点がいくつも表示される。

 東京駅・霞が関・大規模商業施設・政府関連施設。

 どれも人が多く集まる場所だった。今野は腕を組む。


「“ノクティス”がどこを狙うか、まだ分からない」


 龍二が言った。


「爆発物担当であるセルゲイ・ヴォルコフが現在、日本国内にいる」


 セルゲイ・ヴォルコフ。

 今野は頷く。


「そう。だから警備部が施設警戒を強化している」


 さらに続ける。


「外事4課は、サイバー攻撃対策センター及びサイバー犯罪対策本部と合同で国内外のネットワークの監視。そして我々公安は───」


 今野は、龍二を見る。


「対象の監視・追尾を」


 龍二は短く答えた。


「了解」


 その時、公安刑事が口を開く。


「1つ気になることがあります」


 今野が視線を向ける。

 公安刑事は言った。


「“ノクティス”の監視対象です」


 机の上に一枚の写真を置く。それは春菜だった。

 部屋の空気が変わった。そして公安刑事が説明する。


「“ノクティス”の工作員が、鈴木春菜を監視している可能性があります」


 今野が龍二を見る。龍二の表情は変わらない。

 公安刑事は続ける。


「理由は不明」


 だが、誰もが理解していた。春菜の能力である完全記憶。

 テロ組織にとっては、危険であるのと同時に、有用な存在。

 今野は言った。


「鈴木春菜の警護を強化しましょう」


 そして龍二に視線を向ける。


「大黒警部」


 龍二は答える。


「はい」


 今野は静かに言った。


「鈴木春菜の安全は」


 少し間を置く。


「あなたに任せるわ」


 龍二は迷わず言った。


「承知しました」


 作戦室の空気は張り詰めたままだった。

 会議はそこで終わる。公安刑事たちが席を立つ。そして、それぞれの任務へ散っていく。

 龍二も作戦室を出る。廊下を歩きながら、スマートフォンを取り出して、画面を見る。

 そこには、春菜からメッセージが届いていた。


『今日の帰り、買い物行かない?』


 龍二は、一瞬だけ止まる。今、東京ではテロ組織が動いている。

 だが、春菜はそれを知らない。普通の高校生として過ごしている。

 龍二はすぐに返信した。


『いいぞ』


 すると、すぐ春菜から返信が来る。


『やった!』


 龍二はスマートフォンをポケットに戻す。

 窓の外を見る。霞が関の空。雲がゆっくり流れていた。


 【ECLIPSE】


 日食……光を覆う闇。

 だが、龍二は静かに思う。その前に止める。それが、公安警察の仕事だった。

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