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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
4章 “ノクティス”戦争編
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29話 見えない包囲

 午前11時過ぎ。

 警察庁の廊下は、先ほどまでの会議の余韻を残していた。

 警備局フロアの空気は張り詰めたままだ。

 会議は終わった。だが、それは始まりでもあった。

 “ノクティス”幹部来日。

 それは、警察庁にとって明確な警告だった。

 龍二は、会議室を出て、ゆっくりと廊下を歩いていた。

 ポケットの中のスマートフォンが小さく震える。

 短い着信。龍二は画面を見る。表示されたのは内線番号。

 警備企画課の作戦室だった。すぐに通話ボタンを押す。


「大黒です」


 すぐに返事が返ってくる。


「こちら監視チームです」


 落ち着いた声。


「対象の1人が、動きました」


 龍二の足が止まる。


「誰だ?」

「ルーカス・ヴァイスです」


 昨夜入国した幹部の1人で作戦指揮官だ。

 龍二は短く聞く。


「場所は?」

「港区のホテルです。また現在、公安・外事の合同で監視中です」


 龍二は頷く。


「分かった」


 通話を切る。廊下の窓から外を見る。

 霞が関の街。遠くに国会議事堂が見える。

 この街のどこかに、ノクティスの幹部がいる。龍二は、小さく息を吐いた。

 そして踵を返す。

 課内に戻ると、すでに動きが始まっていた。

 机の上には地図。大型モニターには、都内の監視カメラ映像。

 数人の公安刑事が無線で会話している。

 龍二が席に着くと、部下の公安刑事がすぐ資料を持ってきた。


「大黒警部。こちらが合同チームの配置です」


 龍二は、資料を受け取る。ページには、各部署の名前が並んでいた。

 公安警察・外事4課・警備部の3つの部署。

 通常なら別々に動く組織だ。だが今回は違う。

 完全な合同作戦。

 公安刑事が説明する。


「“ノクティス”幹部の行動をそれぞれ追跡します」


 龍二は頷いた。


「役割分担はどうなっている?」


 公安刑事は答える。


「外事4課は、国外ネットワークの解析。警備部は爆発物と施設警戒」


 そして最後。


「そして我々公安は……」


 龍二の顔を見る。


「対象の追跡と潜入となっています」


 龍二は静かに言った。


「いつも通りの仕事だな」


 公安刑事は、少し笑う。だが、その顔はすぐ真面目になる。


「それともう1つ」


 龍二が目を上げると、公安刑事は言った。


「“ノクティス”のリーダーであるアレクシス・レーヴェン」


 声を落とす。


「姿はまだ、確認できていません」


 龍二は、資料を見る。

 リーダーの写真。それを見ながら、龍二は小さく呟いた。


「本命は、まだ出ていないだろうな」


 公安刑事は頷く。


「はい。恐らく、幹部の方は、陽動の可能性もあります」


 龍二は、資料を閉じた。そして腕時計を見る。

 午後の授業が始まる時間帯だった。

 龍二は席を立つ。すると、公安刑事が聞く。


「学校ですか?」


 龍二は答えた。


「ああ」


 春菜の警護。それが龍二の任務の最優先だった。


 ───午後、高校の校門。


 制服姿の生徒たちが行き交っている。

 笑い声・部活の話・放課後の予定……。

 平和な光景だった。その中を、龍二は歩いていた。制服姿。周囲から見れば、普通の高校生だ。

 だが違う。そのジャケットの内側には、ホルスターに入った拳銃。そして薄型防弾ベスト。完全な任務用装備だった。

 校舎へ入る。廊下を歩くと、前から春菜が走ってきた。


「あ、龍二くん!」


 龍二は立ち止まる。春菜は笑顔だった。


「おかえり」


 龍二は軽く頷く。


「ただいま」


 春菜は少し首を傾げる。


「今日は、警察庁の方だったんでしょ?」

「そうだ」

「こんな時間まで大変だったの?」


 龍二は、少し考えてから答えた。


「いや、いつも通りだ」


 春菜は、安心したように笑う。


「そっか」


 そしてふと龍二の手を見る。

 婚約指輪。

 春菜も自分の指を見る。そして、小さく笑った。


「まだ慣れないね」


 龍二は言った。


「そうだな」


 春菜は嬉しそうに言う。


「なんかさ、今だけなら、普通のカップルみたいだね」


 その言葉に、龍二は少しだけ黙った。

 普通……その言葉は、この状況では少しだけ重かった。

 だが、龍二は何も言わない。

 春菜は続ける。


「今日ね、数学のテストあったんだけど」


 楽しそうに話し始める。龍二は、聞きながら歩く。

 校舎の窓の外を見る。遠くの道路に停まっている黒い車。

 その車の中で、男が双眼鏡を下ろした。

 耳には、小型通信機。男は小さく言う。


「対象……鈴木春菜を確認」


 声は低かった。数秒後、通信の向こうから声が返る。


『引き続き監視を続けろ』

「了解」


 男はもう一度、双眼鏡を構える。

 視線の先には、春菜と龍二。

 そして2人は、普通の会話をしながら校舎へ入っていく。

 男は呟いた。


「なるほど」


 そして言う。


「公安の男も一緒か」


 通信の向こうで誰かが聞く。


『大黒龍二か?』


 男は答える。


「そうだ」


 短い沈黙。そして、通信の向こうの声が言った。


『まだ手を出すな』

「ああ、分かってるさ」


 男は、双眼鏡を下ろす。その声は、とても冷たかった。


「作戦は、これから始まる」


 男は空を見上げる。

 曇り空。低い雲が広がっていた。

 それは、これから始まる、嵐の前の静けさだった。

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