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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
4章 “ノクティス”戦争編
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28話 動き出す影と偽りの平和

 翌日の朝。

 警察庁の地下駐車場に1台の車が滑り込んだ。エンジンが止まり、運転席のドアが開く。その車から降りて来たのは、龍二だった。

 地下の空気はひんやりしている。

 コンクリートの壁に反響する足音。

 龍二は、ジャケットを整え、エレベーターへ向かった。


 ───警察庁警備局フロア。


 まだ午前9時前だというのに、課内はすでに騒がしかった。

 電話の声・キーボードの音・資料を運ぶ職員。

 ただ、いつもと違う空気があった。明らかにいつもより空気が張り詰めている。

 龍二が席へ向かうと、部下の刑事がすぐ立ち上がった。


「大黒警部。おはようございます」


 龍二は頷く。


「何かあったのか?」


 刑事は、すぐ資料を差し出した。


「昨夜、入ってきた情報です」


 龍二は、紙を受け取る。そこには入国記録が並んでいた。

 外国人名が複数載っている。日付は、すべてここ24時間以内だ。

 龍二の視線が止まる。


「これは……」


 刑事が低く言う。


「偽造パスポートの可能性が高いです」


 龍二は、ページをめくるのと同時に、別の資料にも目を通す。

 空港の監視カメラの画像。男の顔。

 そして名前。


 ───ルーカス・ヴァイス


 龍二の眉がわずかに動く。刑事が続ける。


「ヨーロッパの過激派ネットワークで、名前が出ている人物です」


 龍二は静かに聞く。


「まだあるのか?」

「はい」


 次のページ。


 ───セルゲイ・ヴォルコフ


 元軍人で、爆発物の専門家。


 さらに一枚。


 ───マルコ・ダ・シルバ


 資金管理担当。

 龍二は資料を閉じて、そして短く言った。


「この件についての会議は?」


 刑事は頷いた。


「今野警視が、すぐ招集するそうです」


 龍二は席に鞄を置き、そのまま会議室へ向かった。


 ───数分後、警備企画課の会議室。


 机の周りには10人ほどの刑事が座っている。壁の大型モニターには写真が映し出されていた。

 今野が前に立っている。腕を組み、全員を見渡した。


「全員揃ったわね」


 静かな声だった。そして言う。


「昨夜から今朝にかけて」


 モニターを指す。


「“ノクティス”の幹部クラスが次々と日本に入国している」


 部屋の空気が一瞬で重くなった。そして!今野が続ける。


「現在、確認できているのは3人」


 写真が切り替わる。


 ───ルーカス・ヴァイス


 金髪の男で鋭い目をしている。


「次に、“ノクティス”の作戦指揮官」


 ───セルゲイ・ヴォルコフ


 無精髭の大男。


「最後に、爆発物専門」


 ───マルコ・ダ・シルバ


 整ったスーツ姿の男。


「資金管理担当」


 今野は言った。


「つまり」


 ゆっくり言う。


「組織の中枢が動いた」


 龍二は、黙って聞いていた。今野は、さらに一枚の写真を映す。

 その人物だけ、雰囲気が違った。


 黒い髪に落ち着いた表情。

 名前が表示される。


 ───アレクシス・レーヴェン


 部屋が静まり返ると、今野の声が低くなる。


「“ノクティス”の創設者のひとりにして、現在のリーダー」


 誰かが小さく息を呑んだ。

 会議室の空気は、完全に変わっていた。今野はモニターを見ながら言う。


「アレクシス・レーヴェン」


 写真の男は三十代後半に見える。

 整った顔。だが目は冷たい。

 今野が続ける。


「過去10年間。ヨーロッパ・中東・アジア。複数のテロ事件に関与している」


 龍二が口を開いた。


「日本に来る理由は?」


 今野は答える。


「まだ断定できない」


 だが、と続ける。


「例の文化祭事件などとの関連は極めて高い」


 モニターに別の写真が映る。文化祭の会場にあった爆弾。

 警察車両。

 そして春菜。今野は、写真を一瞬だけ見た。だが何も言わない。

 龍二は、その視線に気付いていた。

 今野が言う。


「警察庁は、本件を重大警備案件として扱う」


 部屋を見渡す。


「よって、公安・警備・外事の合同で動く事となった」


 刑事たちが頷く。今野は最後に言った。


「大黒」


 龍二が顔を上げる。


「あなたはいつも通り」


 少しだけ言葉を区切る。


「鈴木春菜の警護を最優先に」


 龍二は短く答えた。


「承知しています」


 会議は、そこで終わった。刑事たちが次々と席を立つ。

 作戦の準備が始まる。龍二は、会議室を出て廊下を歩く。すると、ポケットのスマートフォンが震えた。

 画面を見る。

 春菜からのメッセージだった。


『龍二くん、今日のお弁当どうだった?』


 龍二は、一瞬止まる。

 緊迫した空気に包まれる警察庁の廊下。その中で、画面の文字は妙に平和だった。龍二は短く返信する。


『うまかったよ』


 数秒後。すぐ返信が来る。


『よかった!』


 さらに続く。


『今日も学校平和だよ』


 龍二は、スマートフォンを見つめた。普通の授業・友達との会話や笑顔。

 すべては、公安警察が守っている偽りの平和だった。

 龍二は、スマートフォンをポケットに戻す。

 そして歩き出す。

 敵はもう動いている。

 “ノクティス”の幹部。そしてリーダーのアレクシス・レーヴェン。

 次の戦いは、すぐそこまで来ていた。

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