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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第3章 記憶少女の警護編
23/33

23話 近づく距離

 ショッピングモールの通路を、2人はゆっくり歩いていた。

 休日の人波は相変わらず多い。子どもの笑い声に買い物袋を持った家族。そして、手を繋ぐカップル。どこにでもある休日の風景だった。

 その中で、春菜は何度も自分の左手を見てしまう。

 薬指……そこに、小さなリングが光っていた。

 銀色のシンプルなデザイン。

 飾り気はない。だが、確かな存在感があった。春菜は、また薬指を見つめる。そして、小さく呟いた。


「……本当にいいのかな?」


 隣を歩く龍二が聞く。


「何がだ?」


 春菜は、少し照れながら手を見せる。


「これ」


 龍二の左手にも、同じリングがあった。

 数分前。アクセサリーショップを出た直後のことだ。

 春菜が驚いたのは当然だった。店の前で、眺めていただけのはずのペアリング。それを龍二が、いつの間にか購入していたのだから。

 春菜は、少し笑いながら言った。


「私、見てただけだったのに」


 龍二は、平然と答えた。


「欲しそうに見てたから」

「それは、遠慮してただけというか……」


 春菜は困った顔になる。


「まぁ、確かにそうだけど……」


 そして、少しだけ小声で言う。


「これ、普通のペアリングじゃないよね?」


 龍二は、短く答える。


「ああ」


 春菜が聞く。


「龍二くんは、この指輪の意味、ちゃんと分かってる?」


 龍二は、春菜を見る。真っ直ぐな視線だった。


「もちろん、分かっているさ」


 そして静かに言った。


「婚約だろ?」


 龍二がその単語を言った瞬間、春菜の顔が、一瞬で赤くなる。


「龍二くん!」


 思わず周囲を見る。幸い誰も気にしていない。

 春菜は慌てて小声になる。


「普通、こういうのってもっと……」


 言葉を探す。


「雰囲気とか、タイミングとかあるでしょ?」


 龍二は少し考える。


「何か問題があるか?」


 春菜はしばらく黙った。そして、小さく笑う。


「……ないけど」


 また薬指のリングを見る。春菜の表情は、少しだけ嬉しそうだった。

 龍二は周囲に視線を向ける。

 人の流れに店の配置。そしてガラスの反射。警戒はまだ、続いている。だが、それを感じさせないように歩く。

 春菜がふと聞いた。


「龍二くん」

「なんだ?」

「さっき、私が欲しそうにしてたから買ってくれたって言ってたけど、もしあの時、アクセサリーショップで私が立ち止まらなかったら、婚約指輪とかってどうしてたの?」

「そうだなぁ。付き合ってもう少し経ってから渡してたと思う」


 それを聞いて、春菜は安心した。

 春菜の心のどこかでは、龍二はただ、仕事のために私と無理して付き合ってると思ってだからだ。

 だが、龍二自身も春菜のことを将来を夫婦となろうていることを知って、嬉しかった。

 2人は、ショッピングモールを出る。

 外の空気は少し暖かかった。春菜は、またリングを見る。

 指先の感触が、まだ少し不思議だった。

 

 2人は、近くの公園へ歩いていた。街の喧騒から少し離れた場所。ベンチが並び、木々が風に揺れている。

 春菜は、ベンチに座った。龍二も隣に腰を下ろす。少し静かな時間が流れる。そして、春菜がぽつりと言う。


「なんか夢みたい」


 龍二が聞く。


「何がだ?」

「これ」


 春菜は手を上げる。薬指のリングが光る。


「恋人になって、一緒にデートして」


 少し照れながら笑う。


「しかも婚約まで……」


 龍二は、静かに聞いていた。

 春菜は続ける。


「私たち、もう……普通の高校生じゃないよね」


 龍二は短く言った。


「確かに、普通ではないな」


 春菜は笑う。


「うん」


 少し風が吹くと、木の葉が揺れる音が聞こえる。

 春菜は、少し真面目な顔になる。


「龍二くん」

「なんだ?」

「私ね」


 少し言葉を探す。


「怖くないわけじゃないんだ」


 “ノクティス”に研究施設。そして銃撃戦の数々。あの出来事は、まだ終わっていない。

 春菜は静かに言う。


「でも」


 龍二を見る。


「1人じゃないなら」


 少し笑う。


「私は平気」


 龍二は、春菜の言葉を聞いて、ゆっくり頷いた後に言う。


「安心しろ。決して春菜を1人にはしない」


 春菜はまた笑った。

 その時だった。少し離れた場所。公園の入口付近で、男がイヤホンに小さく話す。


「対象、異常なし」


 遠くの車の中で別の男が答える。


『了解』


 さらに警備局のモニター監視室。そのモニターを見ている公安のオペレーターが報告する。


「警護対象、現在状況安定」


 そして、その横で腕を組んでいる女性。それは今野だった。

 モニターの中には、公園のベンチに座る2人の姿。

 今野は、小さく息を吐いた。


「婚約指輪ね……」


 誰も聞いていない独り言だった。そして呟く。


「本当に守りきりなさいよ、大黒」


 一方その頃。

 春菜は立ち上がった。


「次は、どこに行くの?」


 龍二も立ち上がる。


「春菜に任せるよ」


 春菜は、少し考えてから笑う。


「じゃあ」


 龍二の手を軽く引く。


「もう少しデートしたいな」


 2人は歩き出す。

 春の風が静かに吹いていた。指先のリングが、陽の光を受けて、小さく輝いていた。

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