22話 初めての休日
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
静かな住宅街。
その一角にあるアパートの一室、龍二と春菜が生活しているセーフハウスだった。とはいえ、完全な同棲というわけではない。
部屋は別々。生活も基本的には独立している。
ただし玄関は1つ。そして今日は、いつもとは少し違う日だった。
玄関の前で龍二が腕時計を確認する。
───午前9時五 5分。
待ち合わせは9時。龍二は、特に焦る様子もなく、壁にもたれたまま静かに待っていた。
服装はいつもと違う。黒のジャケットにシンプルなシャツ。そして落ち着いた色のパンツ。警察官というよりかは、都会の社会人のような雰囲気だった。
ただし、外見とは別の装備がある。ジャケットの下の肩のホルスターには拳銃。『H&K VP9』事件後、龍二が使用する拳銃は、変更されていた。
さらに、シャツの内側には薄型の防弾ベスト。外からは分からない。だが、完全に警護用装備だった。龍二は、小さく息を吐く。
その時、奥の部屋から慌ただしい音が聞こえた。そしてドアが開く。
「遅くなってごめん!」
春菜が走ってきた。龍二は、一瞬だけ目を見開く。春菜は、少し息を切らしていた。
「ちょっと着替えに時間かかっちゃって……」
そう言いながら立ち止まる。今日の春菜は、いつもの制服とはまったく違った。
柔らかい色のワンピースに薄いカーディガン。それに髪も少しだけ整えている。
完全に、デート用の服装だった。そして、春菜は少し恥ずかしそうに言う。
「どう?変じゃないかな?」
龍二は、数秒間黙る。すると春菜が段々不安になる。
「龍二くん?」
龍二は答えた。
「ん?ああ、問題ないぞ」
春菜は少し頬を膨らませた。
「それだけ?」
龍二は、少し考えた後に言った。
「その服、すごく似合っているよ」
春菜の顔が赤くなる。
「もう……」
そして、春菜は龍二を見た。今度は、春菜が固まる番だった。
「龍二くん」
「なんだ?」
春菜は驚いた顔で言う。
「私、初めて見たかも」
龍二は、首をかしげる。
「何をだ?」
春菜は指を指す。
「龍二くんの私服姿」
確かにその通りだった。龍二が、春菜に私服姿を見せるのは、これが初めてだった。
春菜は少し笑う。
「なんだか大人っぽいね」
龍二は、淡々と言う。
「普通だと思うけどなぁ」
春菜は首を横に振る。
「普通じゃないよ」
少し照れながら言う。
「とってもかっこいいよ」
龍二は、恥ずかしそうにしながら、少しだけ視線を逸らした。
「そ、それじゃあ行くぞ」
それを見て、春菜は笑った。
「うん」
2人は玄関を出た。外は、穏やかな朝だった。だが、周囲には見えない警戒線が張られている。
通りの向こう側。コンビニ前に停車している車。何気ない風景の中に、数人の男たちが紛れている。
公安警察の刑事たちだった。
さらに遠くの警察庁のモニタールームでは、街の監視カメラ映像が確認されている。
もし何かあれば、公安直属の特殊部隊が即応する体制だった。
春菜は、もちろんそのことを知らない。ただ、嬉しそうに歩いている。龍二はその隣で、静かに周囲を観察していた。
電車を降りると、街はすでに賑わっていた。
休日のショッピング街。家族連れやカップル。そして学生たち。普通の休日の光景だった。春菜は楽しそうに周囲を見回す。
「久しぶりに来たなぁ」
龍二は、歩きながら言う。
「人が多いな」
春菜は笑う。
「デートなんだから、そんなこと気にしなくてもいいでしょ」
そして聞く。
「まずどこ行く?」
龍二は少し考えた。
「任せる」
春菜は嬉しそうに言う。
「じゃあ」
前を指さす。
「あのショッピングモール」
2人は、そのショッピングモールの中へ入った。店内は、さらに賑やかだった。
服屋・雑貨屋・カフェ等々。春菜は、1つ1つの店を楽しそうに見ている。
だが、龍二だけは違った。
ガラスの反射で人の動きや出口の位置、それらを自然に全てを確認している。それは、公安としての習慣だった。春菜が振り向く。
「龍二くん」
「なんだ?」
「仕事モードになってない?」
龍二は少しだけ笑って言った。
「半分は、そうかもな。これは単に職業病みたいなもんだ」
春菜は言った。
「もう、今日はせっかくのデートなんだから。それで?あとのもう半分は?」
龍二は答える。
「春菜との休日デートだな」
それを聞いた春菜は、満足そうに頷いた。そしてしばらく歩くと、小さなアクセサリーショップが目に入った。
春菜が足を止める。ショーケースの中に、小さなペアリングが並んでいた。それを春菜はじっと見つめる。
そして龍二が聞く。
「それ、欲しいのか?」
春菜は慌てて首を横に振る。
「違う違う」
少し笑う。
「まだ早いよ」
龍二は、それ以上何も言わなかった。だが、龍二は、無言で店内に入り、春菜が見ていたショーケースの中にあったペアリングを購入して戻って来た。
「はい。欲しかったんでしょ?」
「でも、指輪はまだ私たちには早いんじゃないかなぁ……」
「ん〜それじゃあ、婚約指輪っていうのはどう?それなら受け取ってくれるか?」
「それなら、うん。ありがとね、龍二くん」
春菜は、龍二からもらったペアリングを早速、薬指に嵌める。また、龍二も同じく薬指に嵌めた。
そして、2人はまた歩き出す。
その時だった。遠くで、1人の男がスマホに向かって小さく話す。
「対象、異常なし」
イヤホンの向こうで声が返る。
『了解』
───別の場所にある車内。
「監視継続」
───警察庁警備局・モニター監視室。
モニター監視室のモニターには、複数の映像が映る。その中に、楽しそうに歩く2人の姿があった。
そしてオペレーターが言う。
「現在、問題なし」
すぐ横で、腕を組んでいる女性がいた。今野だった。そして小さく呟く。
「平和ね」
今野は、モニターの中の2人を優しい目で見る。
「せめて今日くらいは……」
一方その頃、春菜は笑っていた。
「龍二くん」
「なんだ?」
「楽しい?」
龍二は答える。
「こういう日も悪くないな」
春菜は満足そうに笑った。
初めてのデート。
だがそれは、同時に、国家レベルの警護任務の中でのデートでもあった。
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