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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第3章 記憶少女の警護編
21/23

21話 守られる日常─後編─

 放課後のチャイムが校舎に響いた。

 教室の空気が一気に緩む。椅子を引く音や鞄を閉じる音が重なり、さっきまでの静かな授業の雰囲気が嘘のように消えていく。

 春菜は、机の上で軽く腕を伸ばした。


「はぁ……やっと終わったぁ」


 久しぶりの一日授業だったせいか、思っていたよりも疲れていた。

 隣の席では、龍二がノートを鞄に入れている。

 春菜は、少し身を乗り出した。


「ねぇ、龍二くん」

「なんだ?」

「ちゃんと授業聞いてた?」


 龍二は短く答えた。


「聞いていたぞ」


 春菜は、疑いの目を向ける。


「本当?」

「ああ、本当だ」


 その様子を、前の席から振り向いて見ている男子がいた。

 そう、高橋だった。そして高橋が、少し笑いながら言う。


「大黒ってさ」


 龍二が顔を上げる。


「なんだよ」


 高橋は腕を組む。


「授業中、全然黒板見てなかったよな?」


 春菜が小さく笑う。


「あ、やっぱり?」


 龍二は、平然としている。


「いやいや、ちゃんと見てたぞ」


 高橋は、肩をすくめた。


「いや、見てないだろ」


 そして冗談っぽく言う。


「ずっと周りばっかり見てたぞ」


 龍二は、一瞬だけ黙る。そして、春菜が慌てて言う。


「ほら、龍二くん目いいから!」


 高橋は笑った。


「いや、どういう意味だよそれ」


 だが、それ以上追及はしなかった。

 そして高橋は、鞄を持ち上げる。


「まぁいいや」


 そして、ニヤッとする。


「それよりさ」


 春菜を見る。


「2人は、本当に付き合ってるの?ほら、朝クラス中に広めたはいいけど、本当にそんなのか冗談だったのかわかんなくなったからさ」


 春菜の顔が赤くなる。


「えっと……」


 龍二が答えた。


「隠す気もないし、改めて言うが、本当に俺たちは付き合ってる」


 高橋は、驚いた顔をしたあと、大きく笑った。


「マジかよ」


 そして言う。


「なんか意外だな」


 春菜が聞く。


「どうしてだ?」


 高橋は言った。


「なんか大黒ってさ」


 龍二を見る。


「そういうの全然興味ないタイプだと思ってたからさ」


 龍二は少しだけ考えた。


「興味がないわけではない」


 高橋はさらに笑う。


「へぇ」


 そして立ち上がった。


「まぁとにかくお幸せに」


 軽く手を振る。


「それじゃあな」


 高橋は教室を出ていった。その後、春菜は小さく息を吐いた。


「なんか、また一気に広まりそうだね」


 龍二は言った。


「問題ないだろ。それに、恋人関係になっているのを知られると言うのも上からの指示でもあるし、さらに、俺たちの関係も本当にその通りだからいいだろ?」


 春菜は笑う。


「龍二くんはね。でも、私はちょっと恥ずかしいの」


 龍二は鞄を持ち上げた。


「じゃあ、帰るか」


 春菜も立ち上がる。そうして2人は教室を出た。廊下にはまだ多くの生徒が残っている。そして、その中に自然に混ざる数人の大人。私服警官だった。

 制服ではないが、歩き方や視線の動きで分かる。

 春菜も気づいていた。そうして小さく言う。


「まだいるね」


 龍二は短く答える。


「この状態が、しばらく続くだろうな」


 2人は、階段を下りる。窓の外を見ると、校門の近くにパトカーが停まっているのが見えた。

 警戒は終わっていない。だが、それでも生徒たちは普通に笑いながら帰っていく。

 そして、2人も帰るために、昇降口で靴を履き替える。

 外に出ると、夕方の光が校庭を赤く染めていた。

 春菜は少しだけ空を見上げる。


「なんだか平和だね」


 龍二は周囲を軽く見渡す。

 道路の向こう。電柱の近くに停まっている車の中。警戒の目は、確かに存在している。だが、それでも、今は静かだった。

 そして、春菜が歩き出す。


「帰ろっか」


 龍二も隣に並ぶ。

 2人は校門を出た。歩きながら、春菜が言う。


「ねえ」

「なんだ?」

「授業、本当に聞いてた?」


 龍二は少し考える。


「内容は把握している」


 春菜は笑った。


「やっぱり聞いてないでしょ」


 龍二は否定しなかった。でも、春菜は続ける。


「でもさ」


 少し真面目な声になる。


「龍二くん、授業受けてていいの?」


 龍二は答えた。


「任務に支障はないから問題ない」


 春菜は首をかしげる。


「警護って、もっとこう……」


 手で銃の形を作る。


「ずっと戦ってる感じかと思ってた」


 龍二は小さく笑った。


「それはドラマなんかの見過ぎだ。実際の警護は、そんな仕事ばかりじゃない」


 そして言う。


「むしろこういう時間の方が多いんだ」


 春菜は、少し安心した顔になる。


「そっか」


 少し歩いたところで、住宅街に入る。2人のセーフハウスがある方向だった。

 春菜がふと立ち止まる。すると、龍二が振り向く。


「どうした?」


 春菜は言った。


「今日さ」

「うん」

「なんかいつもよりも普通だったね」


龍二は答える。


「そうだな」


春菜は小さく笑う。


「なんか嬉しい」


 龍二は、少しだけ春菜を見る。春菜はそのまま話を続ける。


「最近、事件だとか、銃だとか、そういうのが多かったけど、こうやって学校行って、友達とかと話して」


 少し照れながら言う。


「恋人と一緒に帰るの」


 龍二は静かに聞いていた。そして、春菜は言った。


「私、この時間が好き」


 龍二は短く答えた。


「守るさ」


 春菜が聞き返す。


「え?」


 龍二は前を向いたまま言う。


「その時間を守るのが、俺たち警察の仕事だ」


 春菜は、少しだけ笑った。


「うん」


 2人はまた歩き出す。

 夕暮れの住宅街。遠くで子供の声が聞こえる穏やかな景色だった。

 だが、その静けさの中で、龍二は、一瞬だけ視線を動かした。

 道路の向こうに停まっている白いワゴン車。その運転席に人影がある。

 ほんの一瞬、龍二の視線と合った。そしてすぐに逸らされた。龍二の表情は変わらない。

 春菜は、気づいていない。2人は、そのまま歩いていく。

 だが、龍二の警戒は、静かに強まっていた。

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