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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第3章 記憶少女の警護編
20/22

20話 守られる日常─前編─

 朝の空気は少しだけ冷たかった。

 住宅街の道を、2人の高校生が並んで歩いている。

 春菜は、肩に鞄をかけながら、大きく息を吐いた。


「なんだか、久しぶりだね」


 隣にいた龍二は、前を見たまま答える。


「何がだ?」

「学校に行くの」


 事件のあと、湊高校は臨時休校になっていた。

 校内で起きた騒動。そして警察の捜査。

 生徒の安全確保のため、数日間学校は、閉鎖されていたのだ。

 春菜は空を見上げる。


「普通の登校って、こんなにありがたいんだね」


 龍二は、特に感慨もなく言った。


「そうか」


 春菜は、少し頬を膨らませる。


「龍二くん、もっと共感してよ」

「任務上は、普段と変わらない」


 春菜は、呆れたように笑う。


「もう」


 しばらく歩くと、学校の校門が見えてきた。だが、以前とは明らかに様子が違った。

 校門の横には警察車両。制服警察官が2人立っている。

 さらに少し離れた場所では、パトカーがゆっくりと巡回していた。

 春菜が小声で言う。


「……すごい警備」


 龍二は周囲を軽く見渡す。

 学校の外周や道路の向こう側。さりげなく立っている数人の男たち。

 一見すると、ただの保護者や通行人のようだが、歩き方や視線の動きで分かる。私服警官だ。

 龍二は短く言った。


「想定通りだな」


 春菜は聞く。


「全部警察なの?」

「ほとんどな」


 校門を通ると、さらに異変に気づく。

 校内にも数人の大人がいる。教師ではない。スーツ姿に無線機。そして、ジャケットの下の不自然な膨らみ。その不自然な膨らみを見た春菜は、小さく呟いた。


「……拳銃?」


 龍二は小さく頷く。


「ああ」


 私服警官たちは全員、防弾ベストを着用している。

 ジャケットの下には拳銃。さらに予備弾倉も携帯していた。

 校内は完全な警戒体制だった。

 春菜は苦笑する。


「なんか映画みたい」


龍二は淡々と答える。


「映画の方がまだ平和だ」


 昇降口に入ると、生徒たちの声が響いていた。久しぶりの登校で、皆どこか浮かれている。

 その中で、1人の男子生徒が龍二に気づいた。


「おーい大黒!」


 クラスメイトの高橋だった。龍二は、軽く手を上げる。すると、高橋が駆け寄ってくる。


「お前無事だったのか!」


 春菜を見る。


「それに鈴木も!」


 春菜は笑った。


「うん」


 そして高橋は、興奮気味に言う。


「学校すげーことになってるぞ。そこら中、警察だらけだ」


 春菜は、少し曖昧に笑う。龍二は平然としていた。

 高橋は、興奮気味のまま話を続ける。


「なんか、テロとか噂になってるけど、あれってマジなん?」


 春菜が答えに詰まりかけた瞬間、龍二が先に言った。


「それ、デマらしいぞ」


 落ち着いた声だった。


「どうやらこの学校も含めて、凶悪犯罪が増えたから警備強化するらしい」


 高橋は、納得したように頷く。


「まぁそうだよな」


 そしてニヤッと笑う。


「それよりさ」


 春菜を見る。


「2人、今日一緒に登校してきたよな?」


 春菜の顔が赤くなる。


「えっ」


 高橋は腕を組む。


「な〜んか、怪しいな」


 すると龍二は、普通に答えた。


「そんなの俺たちが付き合っているからだ」


 春菜が固まる。


「ちょっと龍二くん!?」


 高橋は大声を出した。


「マジかよ!!」


 廊下にいた数人の生徒が振り向いた。

 教室に入ると、クラスはすぐにざわついた。

 理由は単純だった。高橋がさっきの話をすでにクラス中に広めていたからだ。


「え!?2人とも付き合ってるの!?」

「ねぇ!いつから!?」

「マジで!?」


 春菜は、顔を真っ赤にしていた。机の前に立ったまま動けない。龍二は、自分の席に座りながら言った。


「まったく、少しは静かにしろ」


 だが、全く効果はない。女子生徒の1人が春菜に詰め寄る。


「ねぇ、告白はどっちから!?」


 春菜は、完全に混乱していた。


「え、えっと……」


 龍二は静かに窓の外を見る。

 校庭の端。そこに立っている男が目に入る。

 私服警官。無線機を触っている。さらに体育館の近くにも2人、校舎の屋上にも人影があった。

 完全な警戒配置だ。

 龍二は小さく息を吐く。すると、春菜が小声で言った。


「龍二くん」

「なんだ?」

「助けて」


 龍二は、一言だけ言った。


「……自力で頑張れ」


 春菜は、恨めしそうに見る。

 その時だった。教室のドアが開く。担任教師が入ってくる。


「はい席につけー」


 生徒たちは渋々席へ戻った。担任は、教壇に立つ。


「えー、今回の休校についてだが……」


 教室が静かになると、教師は続ける。


「学校の安全確保のため、警察の協力を受けている」


 窓の外を指す。


「まぁ、見ての通りだ」


 生徒たちはざわざわする。そんな中、教師は言った。


「しばらくこの体制が続くが、安心して学校生活を送ってほしい」


 話はそれで終わった。

 そして、授業が始まる。

 久しぶりの普通の授業だ。黒板のチョークの音にノートを取る音。

 春菜は、その光景を見ながら、少しだけ安心していた。

 だが、ふと気づく。

 龍二がほとんどノートを見ていない。

 窓の外・廊下・ドア。それらに対して、常に視線を動かしている。

 春菜は小さく言った。


「警戒してるの?」


 龍二は小さく答える。


「当然だ」


 春菜は言った。


「でも今日は何も起きないと思うよ」


 龍二は少しだけ笑う。


「本来は、それが一番いいんだよ」


 春菜も笑った。

 何事もない平和な授業。友達との会話。普通の高校生活。

 それは、守られているからこそ存在している。そして龍二は、その守る側の人間だった。


 ───放課後にチャイムが鳴る。

 授業をすべて終わった春菜が、背伸びをする。


「疲れたー」


 龍二は、鞄を持ち上げる。


「それじゃあ、帰るぞ」


 2人は教室を出る。廊下の向こうに、私服警官の姿が見えた。

 視線が一瞬だけ龍二と合う。小さく頷く警官。龍二もわずかに頷いた。それは、言葉のない確認だった。

 警戒は続いている。しかし今はまだ、平穏だった。

 春菜が歩きながら言う。


「ねえ龍二くん」

「なんだ?」

「今日」


 少し笑う。


「ちゃんと恋人っぽかったかな?」


 龍二は少し考える。そして言った。


「十分だ。それに実際俺の恋人なんだし、ぽかったとかっていうのはないと思うぞ。まぁ、少なくとも、クラスの連中は、俺たちが恋人関係になったって知っても、なんも疑いもしなかったから、自然な恋人関係には、見えていたんじゃないか?」


 春菜は満足そうに笑った。そうして2人は、夕方の校門を出る。

 その先には、また新しい日常が待っていた。

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