19話 守るべき日常
───警察庁・警備局フロア。
午前の慌ただしさが一段落した頃、課内には少しだけ落ち着いた空気が流れていた。
会議室から出た春菜は、周囲をきょろきょろと見回している。
デスクに向かう公安警察の刑事たち。
電話のやり取り・資料の束。どれも、今まで見たことのない世界だった。
春菜は小さく言った。
「なんか……本当に警察なんだね」
龍二は隣を歩きながら答える。
「当たり前だろ」
春菜は苦笑する。
「龍二くん、普段はここで働いてるんだよね」
「ああ」
「なんか不思議……」
龍二は少しだけ考える。
「何が言いたいんだ?」
春菜は言った。
「学校では、普通のクラスメイトなのに」
龍二を見る。
「ここでは、すごい偉い人みたい」
龍二は淡々と言う。
「偉くはない。ただの係長だ」
春菜は呆れたように言った。
「いやいや。警察庁の係長って十分すごいと思うけど……」
その時だった。背後から声がした。
「確かに、そうかもな」
振り向くと、そこに立っていたのは、須藤だった。
スーツ姿のまま、腕を組んでいる。春菜は少し驚く。
「須藤さん」
須藤は軽く頷いた。
「よう、鈴木さん」
そして龍二を見る。
「それに大黒」
龍二は、敬語になる。
「お疲れ様です」
須藤は苦笑した。
「そんな堅い挨拶いらん」
そして春菜を見る。
「ところで鈴木さん。こいつ、ちゃんと鈴木さんのこと、守ってるか?」
春菜は笑った。
「はい」
龍二は淡々と言う。
「もちろん。任務ですから」
須藤は鼻で笑った。
「お前は相変わらずだな」
そして、春菜に小声で言う。
「こいつ昔からこうなんだ」
「仕事人間ってことですか?」
春菜は少し笑う。須藤は続けた。
「そうだ。でもな」
龍二をちらっと見る。
「今回の件は、よくやった」
龍二は短く答える。
「ありがとうございます」
須藤は肩をすくめる。
「ただし」
春菜を指す。
「次は、あのような危険な現場に警護対象者を連れてくるな」
龍二はすぐに言った。
「承知しています」
須藤はため息をついた。
「本当に分かってるのか?」
だが次の瞬間、少し笑う。
「まぁいい」
そして歩きながら言った。
「ところで、これからどうするんだ?」
龍二は答える。
「セーフハウスへ移動しようかと思います」
須藤が眉を上げる。
「どこのだ?」
「霞ヶ関……すぐそこのです」
須藤が吹き出した。
「お前って、本当にセーフハウス多いよな」
龍二は平然と言う。
「職業柄ですよ」
須藤は春菜を見る。
「これから大黒と一緒にいる鈴木さんに言っておこう。まず、こいつと一緒にいると何かと大変だぞ。なんせ、こいつといると普通の生活は間違いなく無理だからな」
春菜は少し考えてから言った。
「確かに……でも」
龍二を見る。
「退屈は、しなさそうです」
須藤は笑った。
「確かにそうだな」
そして須藤は、背を向ける。
「じゃあな。2人とも」
軽く手を振る。
「何かあったら連絡しろ」
龍二は頭を下げた。
「はい」
須藤は去っていった。そして、春菜は小さく言った。
「優しい人だね」
龍二は答える。
「俺の昔の上司だからな」
そして言う。
「あの人には昔、よく怒られたもんだよ」
春菜は笑った。
「なんだか想像できる」
───警察庁地下駐車場。
巨大なコンクリートの空間に、多くの公用車が並んでいる。
龍二は、その中の黒いセダンの前で止まった。鍵を開け、2人は、車へ乗り込む。
エンジンが静かにかかった。そして車は、地下駐車場を出て、霞が関の街へ出る。
───数分後、静かな住宅街へ入った。
そして、一軒の家の前で車が止まる。春菜が聞く。
「ここが?」
龍二は頷いた。
「そうだ。俺のセーフハウスの一つだ」
春菜は驚く。
「なんだかぱっと見は、普通の家なんだね」
龍二は言った。
「だからいいんだよ」
2人は、家中へ入る。
家具は最小限だが、生活するには十分だった。そして春菜はソファに座る。
「なんかスパイみたいだね」
龍二は冷蔵庫を開ける。
「実際、公安警察っていうのは、日本のスパイ組織みたいなもんだからな」
俺がそんな風に言うと、春菜は少し笑った。
2人はその日、ここで静かに過ごした。久しぶりに平穏な時間だった。
───夕方。
龍二は、時計を見る。
「そろそろ移動する」
春菜が立ち上がる。
「次はどこに行くの?」
「学校近くのセーフハウスだ」
車で移動すること20分。住宅街のアパートの一室に到着した。
そこには2人分の荷物が用意されていた。
春菜は学校の制服を手に取る。
「明日から学校かぁ」
龍二は言った。
「普通の生活を保つのも任務のひとつだ」
春菜は笑う。
「はいはい、わかってわよ龍二くん」
次の日、2人は制服姿になっていた。
鏡を見る春菜。
「なんか不思議……」
龍二が聞く。
「何がだ?」
春菜は言った。
「昨日まで、あんなに命狙われてたのに、今日は普通に登校だなんて……」
龍二は答える。
「それが一番安全であり、いいんだよ」
玄関を出る。朝の空気が少し冷たい。春菜は、龍二の横を歩く。
「ねえ龍二くん」
「なんだ?」
「学校では、普通の恋人だよね?」
龍二は言った。
「設定上はな」
春菜は少し笑う。
「設定じゃなくてもいいけど」
龍二が見る。春菜は前を向いたまま言った。
「実際、設定であり本物だし」
龍二は小さく笑った。2人は並んで歩く。その先には、湊高校の校門が見えていた。
だが、2人はまだ知らない。
この日常が、再び大きく揺らぐ日が来ることを……。
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