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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第3章 記憶少女の警護編
18/22

18話 警備局の女王

 ───翌朝。東京・霞が関。


 巨大な官庁街の中でも、一際厳重な警備が敷かれている建物がある。


 【警察庁】


 その正面玄関前に、1台の黒い車が停まった。助手席の春菜は、窓の外を見上げて息を呑む。


「……大きい」


龍二はエンジンを切りながら言った。


「日本警察の総本部だからな」


 春菜は少し緊張している。昨日まで普通の高校生だった自分が、今から警察庁へ入る。それも警護対象者として。

 想像もしていなかった状況だ。

 車から降りた後、そこで待っていた黒服の男が車に乗って、龍二の車を地下駐車場へと移動させた。

 そして、警察庁の庁舎を見ていた春菜が、小さく言う。


「龍二くん」

「なんだ?」

「私、場違いじゃない?」


 龍二は即答した。


「そんなことはないさ」


 そして、自動ドアが開く。


「それじゃあ行くぞ」


 2人は、庁舎内へと入る。

 警察庁の入口では、警備員が立っている。龍二は慣れた動きで警察手帳を見せた。

 警備員が敬礼する。


「失礼しました」


 春菜は、その様子に驚いていた。


「龍二くん……すごい」


 龍二は軽く言う。


「ただの警察職員だよ」


 2人は、警察庁の中へ入る。

 長い廊下。すれ違う警察官たちは、どこか緊張した雰囲気を持っている。

 エレベーターに乗って、龍二がボタンを押す。


 ───警備局


 春菜が聞く。


「ここからが、龍二くんの職場?」

「そうだ」


 エレベーターの扉が開く。

 廊下を歩くと、いくつもの部署のプレートが見える。やがて龍二が止まった。

 プレートにはこう書かれている。


 【警備企画課】


 龍二がドアを開ける。室内には、多数のデスクが並び、多くの公安警察官が働いていた。

 その瞬間、数人の視線が春菜へ向く。

 当然だ。制服でもない高校生の少女が、警察庁にいるのだから。

 その時だった。奥のデスクから、女性の声が響いた。


「大黒警部」


 龍二が振り向く。そこに立っていたのは、1人の女性だった。

 黒髪を後ろでまとめた知的な雰囲気に鋭い視線。そして、圧倒的な存在感。

 警察庁警備局警備企画課課長補佐で、警視の今野麻耶だった。また、裏では警備局の女王とも呼ばれる人物だ。

 龍二は、すぐ姿勢を正す。


「お疲れ様です。今野警視」


 今野は、静かに春菜を見る。その視線は鋭かった。


「その子が鈴木春菜さん?」


 春菜は、慌てて頭を下げた。


「は、はい!鈴木春菜です!」


 今野は数秒間、春菜を観察する。まるで、人を分析する研究者のようだった。やがて今野が口を開く。


「なるほど」


 龍二を見る。


「確かに普通ではないわね」


 春菜が困惑する。


「え?」


 今野はデスクに書類を置いた。


「完全記憶能力・“ノクティス”の研究対象・国際テロ組織の重要資産」


 淡々と並べる。春菜は完全に固まった。しかし、今野は続ける。


「つまり」


 春菜を指す。


「日本で、一番狙われやすい女子高生って事ね」


 春菜の顔が青くなる。龍二が言った。


「今野警視!」


 今野は肩をすくめる。


「事実よ」


 そして再度、春菜を見ると、少しだけ優しい声になる。


「だけど安心して、ここは日本で自衛隊基地の次に安全な場所だから」


 それを聞いて、春菜は、少しだけ安心した。だが、次の言葉で凍りつく。


「ただし」


 今野は龍二を見る。


「あなたの専属警護担当者は、今まで通りその男よ」


 春菜は、龍二を見る。今野は冷静に言った。


「だけど、問題はそこなのよ」


 龍二が眉を動かす。


「どういう意味でしょうか?」


 今野はため息をつく。


「大黒警部。あなた……本当に高校生と恋人関係になったの?」


 課内の空気が、一瞬止まった。春菜が真っ赤になる。


「ち、違……!」


 龍二は、真顔だった。


「事実です」


 全員が固まる。そして今野はこめかみを押さえた。


「……頭が痛いわ」


 ───数分後・会議室。


 龍二と春菜は向かい合わせに座っていた。そして正面には、今野が座っている。

 そして、今野は書類を見ながら言う。


「状況は理解したわ」


 見ていた書類を閉じる。


「結論から言います」


 春菜を見る。


「これからあなたには、警察庁が定める規定に基づく、国家警護対象者となってもらいます」


 春菜は小さく頷く。更に今野は続ける。


「そして、正式に公安警察の保護プログラムへ入ってもらいます。ただし、学校生活は継続してもらいますが常時警護がいることになります」


 春菜は少し安心した。


「学校は行けるんですね?」


 今野は頷く。


「普通の生活を保つことが安全にも繋がりますので」


 そして龍二を見る。


「大黒警部。あなたには、彼女の正式に専属警護を命じる」


 龍二は答える。


「承知しました」


 今野は続ける。


「ただし警護を命じるに当たって条件があります」


 春菜を見る。


「周囲には、恋人という設定で通すように」


 春菜の顔が再び赤くなる。


「えっ!?」


 今野は、冷静に言った。


「その方が自然だからです。なんせ、恋人同士であれば、四六時中一緒にいても不自然じゃない」


 そして龍二を見る。


「これは、責任重大よ」


 龍二は真剣に答える。


「承知しています」


 今野は少しだけ笑った。


「それにしても」


 春菜を見る。


「あなたも大変ですね」


 春菜が聞く。


「え?」


 今野は、龍二を指す。


「この男は、警備局の中で一番面倒な存在だから」


 龍二が少しだけ眉をひそめる。


「それは心外ですね」


 今野は言った。


「あら?どこが心外なのかしら?潜入捜査で問題ばかり起こして、私を含む上司に怒られる。なのに成果だけはしっかりと出す。これを聞いて、どこが心外なのかしら?」

「そ、それは……」


 龍二は、今野の言葉に何も言い返すことができず、顔を横に向けることしかできなかった。

 その様子を見ていた春菜は思わず笑った。

 龍二は、小さくため息をつく。そして、今野が立ち上がる。


「とにかく、今日からあなたの生活は変わることになります」


 春菜を見る。


「覚悟はいい?」


 春菜は少し考えてから言った。


「はい」


 そして龍二を見る。


「龍二くんがいるなら、私は平気です」


 龍二は小さく笑った。今野はそれを見て言う。


「青春ねぇ」


 そしてドアへ向かう。


「大黒警部」


 龍二が答える。


「はい」


 今野は振り向かず言った。


「その子こと、絶対守りなさい」


 それは、静かな声だった。


「これは、課長補佐としてであり、そして、一人の女としての命令よ」


 龍二は、真っ直ぐ答える。


「承知しました!」


 会議室に静けさが戻る。そして、春菜は小さく息を吐いた。


「なんか……」


 龍二を見る。


「すごい世界に来ちゃったなぁ……」


 龍二は言った。


「こんなのまだ序の口だ」


 春菜は驚く。


「え?」


 龍二は窓の外を見る。

 霞が関の街。そして静かに言った。


「“ノクティス”の件は、まだ終わってないのだから……」


 その言葉は、これからの戦いを予感させていた。

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