17話 護るべき存在
夜の住宅街は静かだった。
街灯に照らされた一軒家の前で、黒い車が止まる。
エンジンを切った龍二は、助手席の春菜を見た。
「ここでいいんだな?」
春菜は小さく頷く。
「うん」
だがその表情は、どこか緊張していた。
当然だった。
研究施設での銃撃戦。自分の出生の秘密。そして公安の関与。すべてを、これから両親に説明しなければならない。
春菜は静かに言った。
「龍二くん」
「なんだ?」
「一緒にいてくれる?」
龍二は即答した。
「最初からそのつもりだ。だからこそ、一緒に来たんだろ?」
春菜は少しだけ笑った。2人は車を降り、インターホンを押す。
その数秒後、玄関の扉が開いた。
出てきたのは、春菜の育ての父──鈴木誠一だった。
その後ろには育ての母の鈴木美紀。
2人とも心配そうな顔をしている。
「春菜!」
美紀が駆け寄る。
「大丈夫なの!?」
春菜は頷いた。
「うん、怪我はないよ」
誠一の視線が龍二へ向く。
「ところで君は……」
龍二は、軽く頭を下げた。
「初めまして。大黒龍二です」
誠一は少し驚く。
「確か、春菜のクラスメイトの……?」
龍二は言った。
「今回は、その件も含めて、お話があります」
その声は落ち着いていた。だが、真剣だった。何かを察した誠一は、表情を変える。
「……分かった」
3人は、家の中へ入った。
───リビング。
テーブルを挟んで座る。
沈黙が流れる。そして、最初に口を開いたのは龍二だった。
「今日、春菜さんが巻き込まれた事件について説明します」
誠一と美紀の顔が強張る。
龍二は続けた。
「研究施設で起きた事件は、単なる銃撃事件ではありません。あの事件の背後には、とある国際テロ組織が関わっています」
美紀が息を呑む。そして誠一が言う。
「国際テロ組織……?」
龍二は答える。
「“ノクティス”という国際テロ組織です」
誠一は黙る。
龍二は、ゆっくり言葉を続けた。
「そして春菜さんは、その組織の研究対象でした」
美紀の顔が青くなる。
「研究……?」
龍二は頷く。
「完全記憶能力……記憶拡張プロジェクトの実験です」
部屋が静まり返る。春菜は小さく言った。
「お父さん、お母さん」
両親を見る。
「私、そこで実験されてたみたい」
美紀の目に涙が浮かぶ。
「そんな……」
その時だった。誠一が静かに言った。
「……やはりか」
春菜が顔を上げる。
「え?」
龍二も誠一を見る。そして誠一は、ゆっくり息を吐いた。
「いつか話さなければならない日が来ると思っていた……」
春菜の声が震える。
「どういうこと?」
誠一は春菜を見つめ、そして言った。
「春菜。お前は、私たちの本当の子ではない」
春菜は黙る。しかし、誠一は続けた。
「だが……」
優しく言う。
「私たちの大切な娘だということに、嘘偽りはない」
春菜の目に涙が浮かぶ。そして誠一は、ゆっくり語り始めた。
「あれは、今から10年前。ある警察関係者から頼まれたんだ」
龍二の眉が動くと、誠一は言う。
「この子を守ってほしいと」
美紀が誠一の言葉に続ける。
「危険な組織に狙われる可能性があるからって……」
春菜は驚いた。
「やっぱり私のことを知ってたの?」
美紀は、首を横に振る。
「詳しくは知らない。でも、春菜が特別なのは分かってた」
誠一が言う。
「だから2人で守ることにしたんだ」
春菜を見る。
「ただ、それだけだ」
春菜の涙がこぼれた。そして、龍二は静かに言った。
「そしてもう1つ、お話があります」
誠一と美紀が龍二を見る。龍二は胸ポケットから手帳を取り出した。
黒い革の手帳。それを開き、2人へ見せる。そこには警察の紋章。警察手帳だ。
それを見た誠一が息を呑む。
「君は……」
龍二ははっきり言った。
「警察官です。ただし、警察庁警備局 警備企画課所属」
美紀が驚く。
「警察庁……?」
龍二は続けた。
「現在の役職は、警備企画課特殊犯罪組織捜査係係長。階級は警部です」
誠一は、完全に言葉を失った。龍二は頭を下げた。
「今まで身分を隠していたこと、お詫びします」
春菜が横で小さく言う。
「龍二くんはね。ずっと私を守ってくれてたんだ」
美紀は龍二を見る。
「じゃあ……これから春菜は……」
龍二は真剣な表情で言った。
「はい。ご想像の通り、我々公安警察の警護対象者になります」
誠一の表情が変わる。
「そこまで危険なのか……」
龍二は頷いた。
「“ノクティス”はまだ存在しています。春菜の記憶を狙ってくる可能性が高いのです」
美紀が不安そうに言う。
「これからどうなるの?」
龍二は答えた。
「自宅には、私服警察官が常駐し、警護体制を敷きます」
誠一はゆっくり頷いた。
「……分かった」
そして龍二を見る。
「君はこれからどうするんだ?」
龍二は一瞬だけ春菜を見る。そして言った。
「私が彼女の専属警護を担当します」
春菜が少し驚く。龍二は続ける。
「ただし表向きは」
少しだけ笑った。
「春菜のクラスメイトです」
美紀が困惑する。
「それで大丈夫なの?」
龍二は言った。
「むしろその方が自然ですよ」
そして春菜を見るながら言う。
「なんせ、恋人なんですから」
春菜が固まった。
「え?」
誠一と美紀もその言葉に固まる。だが、龍二は真顔で言った。
「今日から春菜は、俺の恋人です」
春菜の顔が真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと龍二くん!?何言ってるの!?」
龍二は落ち着いている。
「恋人候補だっただろ。さっきの事件をもって昇格した」
春菜は、完全に混乱していた。
「昇格って何!?」
美紀は少し笑っていた。そして誠一も苦笑する。龍二は真剣に春菜を見る。
「春菜のことは俺が守る」
短い言葉。
「任務としても」
そして言った。
「そして一人の男としても」
春菜の心臓が強く鳴る。すると、春菜は小さく言った。
「……そんなのずるいよ」
龍二が少し悪戯っぽく聞く。
「何がだ?」
春菜は顔を赤くしながら言った。
「そんな言い方されたら」
少し俯く。
「断れないじゃん……」
龍二は静かに笑った。
その時だった、龍二のスマホが鳴る。画面を見る。
そこに表示されている名前は、警備局警備企画課課長補佐の今野麻耶という名前だった。
龍二は通話に出た。
「大黒です」
電話の向こうから女性の声。冷静で鋭い声だった。
「今野よ」
龍二は、敬語になる。
「お疲れ様です、今野警視」
今野は言った。
「明日。春菜さんを連れて警備局に来なさい。保護プログラムを正式に開始するわ」
龍二は答える。
「承知しました」
通話が終わる。すると春菜が聞く。
「誰から?」
龍二は答えた。
「俺の直属の上司だ」
そして少し笑う。
「かなり怖い人だよ」
春菜は、不安そうに言った。
「大丈夫かな……私」
龍二は言った。
「大丈夫だ」
春菜を見る。
「なんせ、俺がいるからな」
その言葉は、嘘ではなかった。
こうして、春菜の新しい生活が始まる。
公安の警護対象として。そして、大黒龍二の恋人として。
物語は、さらに大きな陰謀へと進み始めていた。
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