16話 終焉の銃声
───夜の廃研究施設。
割れた窓から吹き込む風が、古い廊下を不気味に鳴らしていた。
その静寂を引き裂いたのは、乾いた銃声だった。
パンッ!
龍二の放った一発が廊下を貫く。村上は、即座に横へ飛び、壁の陰に身を隠した。
弾丸がコンクリートを砕き、粉塵が舞い上がる。
春菜は思わず息を呑んだ。
「龍二くん……!」
龍二は低く言う。
「下がれ、春菜!」
それは短く、鋭い声だった。
龍二は、廊下の壁に背をつけながら拳銃を構える。視線は、一瞬も前方から離さない。
村上の声が響いた。
「さすが、公安の潜入捜査官だ」
暗闇の向こうから、くぐもった笑い。
「反応が早い」
龍二は冷静に返す。
「教師のふりはもう終わりか?」
「元から教師などではないさ」
その瞬間───
パンッ!パンッ!
村上が二発撃った。
龍二は即座に身を伏せる。弾丸が壁を抉り、コンクリート片が飛び散った。
春菜のすぐ横の壁にも弾痕が走る。春菜は、思わず目を閉じた。
龍二は低く叫ぶ。
「目を開けろ!」
春菜が驚いて龍二を見る。龍二の声は、冷静だった。
「状況を見ろ」
「分かった……!」
春菜は、震えながらも前を見る。
その時だった。龍二の拳銃がカチッと乾いた音を出した。
弾切れだ。
龍二は、すぐにマガジンリリースを押す。空のマガジンが床へ落ちる。それと同時にポケットから新しいマガジンを取り出す。
春菜の目には、その動きが信じられないほど速く映った。
“カチン”
マガジン装填。
“ガシャン”
スライドを引く。装填完了。ほんの数秒だった。だが、その瞬間を狙うように、村上が飛び出す。
「隙ありだ!」
パンッ!!
弾丸が、龍二へ飛ぶ。龍二は、すぐに横へ転がる。弾は壁を貫き、火花が散った。
龍二は、床を滑りながら撃ち返す。
パンッ!パンッ!
村上が再び壁に飛び込む。村上は、息を荒くしながら笑った。
「いい腕だ、大黒龍二」
暗闇から声が響く。
「だが君1人では勝てない」
龍二は冷静に答える。
「いや、そうでもないさ」
村上は、再び顔を出し――
パンッ!パンッ!パンッ!
連射した。
龍二も撃ち返す。
銃声が連続して廊下を震わせる。火花に粉塵。そして、硝煙の匂い。
春菜は壁の陰で必死に状況を見ていた。
完全記憶の能力が働く。弾道。動き。そして位置。
すべてが頭に焼き付いていく。
その時、遠くから音が聞こえた。サイレン音だ。
そして、建物の外から怒号が響く。
「警察だ!!」
「武器を捨てろ!!」
次の瞬間――
ガシャァァン!!
窓が破壊された。黒い装備の隊員たちが突入する。
「SATだ!!その場を動くな!!」
レーザーサイトが一斉に村上へ向けられる。さらに廊下の入口から公安捜査官たちが、一斉になだれ込んできた。
その先頭に立っていたのは、須藤慎一だった。
「銃を捨てろ、村上!」
村上は、一瞬だけ笑った。だが、次の瞬間、銃口を向けようとした。
その瞬間───
ドンッ!!
SAT隊員の一発が村上の腕を撃ち抜いた。そしてその拳銃が床へ落ちる。
村上は膝をついた。それを見た隊員たちが、一斉に押さえ込む。
「確保!!」
「対象制圧完了!!」
廊下に静寂が戻った。
龍二は、ゆっくり拳銃を下ろす。
深く息を吐き、そして後ろを見る。そこには、春菜が立っていた。
無事だった。
その瞬間、重い足音が近づく。その音の主は、須藤だった。そして、須藤は、龍二の胸ぐらを掴んだ。
「大黒!!」
怒声が廊下に響く。
龍二は無言。須藤の顔は怒りで歪んでいた。
「お前は、いったい何を考えてる!!」
「民間人をこんな危険か現場に連れてくるとはどういう判断だ!!」
龍二は静かに言う。
「……申し訳ありません」
須藤はさらに怒鳴る。
「お前は、警部なんだぞ!! 判断力をどこへ捨てた!!」
龍二は目を逸らさない。
「すべて私の責任です」
須藤は歯を食いしばる。
「もし、彼女に何かあったらどうするつもりだった!!」
龍二は答えた。
「……責任は私が取ります」
須藤は拳を握った。
だが、それ以上は言わなかった。その代わりに深く息を吐く。
そして春菜を見る。春菜は少し緊張していた。
須藤はしばらく見てから言った。
「……君、怪我はないか?」
春菜は、小さく頷いた。
「はい」
須藤は龍二を睨む。
「今回だけだ」
低い声。
「次はないからな」
龍二は深く頭を下げた。
「……はい」
須藤は背を向ける。
「撤収するぞ!!」
現場は一気に慌ただしくなった。SAT隊員が撤退し、公安が証拠を回収する。
そして、担架に乗せられた村上が運ばれていく。
その時、村上は春菜を見て笑った。
「まだ終わらない」
小さな声だった。
「ノクティスは、世界中にいる」
そして言った。
「君の記憶は、ノクティスにとって鍵だ」
担架は闇の中へ消えた。春菜はその言葉を、はっきりと覚えていた。
完全記憶の中に。深く。消えない形で。
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