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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第2章 記憶の鍵
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14話 黒幕の正体

 港での事件から2日後。

 湊高校は、表面上はいつも通りの空気を取り戻していた。

 朝のホームルーム前。教室には、生徒たちの雑談が広がり、窓からは柔らかな光が差し込んでいる。

 だが龍二は、その空気の中でも、1人だけ別の緊張を抱えていた。

 神谷が逮捕されてから極秘裏に、公安の内部調査が始まっている。だが、神谷は核心を語らない。

 残された言葉は1つ。


『今回の事件の本当の黒幕は別にいる』


 そしてもう1つ。


『その子はきっと、覚えているはずだ』


 龍二は隣の席を見る。春菜は、いつものようにノートを開いていた。だが、少しだけ表情が硬い。


「春菜」


 小さく呼ぶ。春菜が顔を上げた。


「なに、龍二くん」


 龍二は少しだけ声を落とした。


「神谷の言葉、気になってるんだろ?」


 春菜は黙る。数秒後、静かに頷いた。


「……うん」


 彼女は、ノートの端を指でなぞりながら言う。


「私、いろんな人の顔を思い出してた」


 龍二は黙って聞く。そして、春菜は続ける。


「駅前で見た人、港で見た人、学校の外にいた人」


 そして、小さく息を吐いた。


「でも」


 顔を上げる。


「一番引っかかる人がいる」


龍二の目が鋭くなる。


「それは誰だ?」


 春菜は少し迷った。だが、はっきりと言った。


「先生」


 龍二の眉がわずかに動く。


「教師か」


 春菜は頷いた。


「うん」


 そして、ゆっくり言う。


「理科の……村上先生」


 その瞬間、龍二の頭の中で、いくつかの情報が繋がった。


 村上隆志。


 3年前に赴任して来た、湊高校の理科教師。

 高校教師になるより以前の経歴は、大学研究員。

 そして、その専門は化学研究。

 龍二の思考が鋭く回転する。


(爆弾事件。テロ組織。そして神谷警部補の一件……)


 そのすべてが、一本の線になり始めていた。

 その時だった。教室の扉が開く。


「おはよう」


 入ってきたのは、村上隆志だった。

 白衣を着た、穏やかな教師。クラスの生徒たちが挨拶する。


「おはようございます」


 龍二は静かに村上を見る。村上は、いつも通りの笑顔だ。

 だが一瞬だけ、視線が春菜に止まった。

 その目は、ほんの一瞬だが、冷たい光があった。

 春菜もそれに気づいた。

 小さく息を呑むが、龍二が低く言う。


「春菜」

「……うん」

「今日、放課後は一緒に帰るぞ」


 春菜はすぐ頷いた。


「わかった」


 だが、その日の放課後。事件は、龍二の想像より早く動き出す。


 ───校舎の廊下。


 夕方の光が長い影を作っている。龍二と春菜は並んで歩いていた。

 春菜が小さく言う。


「龍二くん」

「どうした?」

「村上先生なんだけども……」


 少しだけ声を落とす。


「さっき、職員室で電話してた」


 龍二の目が細くなる。


「内容は聴けたか?」


 春菜は即座に答えた。


「“公安の連中は、まだ私の正体に気づいていない”って」


 龍二の足が止まる。

 そして次の瞬間、廊下の奥から声がした。


「気づいてるよ」


 静かな声。2人が振り向く。

 そこに立っていたのは───


 村上隆志。


 手には拳銃が握られている。そしてその銃口は、まっすぐ春菜へ向いていた。

 廊下に沈黙が落ちる。

 夕日の光が窓から差し込み、床に長い影を作っていた。

 村上はゆっくりと歩いてくる。その拳銃は微動だにしない。


「驚いたよ」


 穏やかな声。


「まさか、君たちが私の正体に気づくとはね」


 視線は春菜に向いている。龍二は、一歩だけ前に出た。


「村上」


 村上は少し笑う。


「大黒くん」


 そして言った。


「いや、警察庁警備局所属の大黒龍二警部」


 龍二の目が冷たくなる。


「やはり、俺の正体を知っていたか……」


 村上は頷いた。


「もちろんだとも」


 そして静かに続ける。


「なんせ、ずっと君たちを観察していたからね」


 銃口がわずかに動く。再び春菜へと向けられる。


「特に彼女を」


 春菜は動かない。だが、目は村上を真っ直ぐ見ている。


「あなた」


 小さく言う。


「テロ組織の中でもかなり上の人なんでしょ?」


 村上は、楽しそうに笑った。


「正解だよ」


 そして言った。


「そうだ。せっかくだし、君たちには、我々の組織名前を教えてあげよう」


 その声は、誇らしげだった。


「我々の組織名は“ノクティス”」


 廊下にその名が響く。龍二は記憶を探る。


 “ノクティス”


 その名は、公安の極秘資料で見たことがあった。

 国際テロ組織。

 目的は──日本の国家転覆。

 村上は、そのまま話を続けた。


「公安に潜入していた神谷も、我々の一員だ。まあ、ただの協力者に過ぎないどね」


 龍二は静かに聞く。


「お前の目的は、いったいなんなんだ?」


 村上は、すぐ答えた。


「彼女だよ」


 春菜を見る。その目には、狂気ではなく興味があった。


「“完全記憶”それは、素晴らしい能力だ」


 春菜は眉をひそめる。


「それだけ?」


 村上は少しだけ首を傾けた。


「……やはり知らないのか?」


 その言葉に、龍二の目が動く。


「いったい何をだ」


 村上は笑った。


「そうか、公安も彼女の記憶能力について知らないのか」


 そして言った。


「彼女のその能力は、生まれつきじゃない」


 春菜の呼吸が止まる。その言葉に、龍二も動揺する。

 村上はゆっくり続けた。


「10年前、ある研究施設で行われた極秘実験」


 静かな声。


「記憶拡張プロジェクト」


 春菜の頭の奥で、何かが揺れた。断片的な映像。白い部屋。眩しいライト。誰かの声。

 そして、村上が言う。


「君は、その実験の唯一の成功例だ」


 龍二の拳が強く握られる。


「人体実験か……」


 村上は肩をすくめる。


「そう呼ぶ者もいる」


 そして笑った。


「だからこそ、君の記憶には、価値があるのさ」


 春菜は震える声で言う。


「……嘘でしょ」


 村上は首を横に振る。


「残念ながらこれは事実だ」


 そして銃口を上げる。


「さあ」


 引き金に指がかかる。


「私と一緒に来てもらうよ」


 その瞬間、龍二が動いた。春菜を背後に押しやる。と同時に拳銃を抜く。

 二発の銃声。廊下に響く衝撃音。そして、弾丸が壁にめり込む。

 村上は横に跳び、階段へ走った。


「逃がすか!」


 龍二が追う。だが、村上は階段を駆け下りながら笑った。


「それでは、また会おう」


 そして言った。


「その時は、記憶ごと君をもらうから覚悟しておくといい」


 校舎の出口のドアが開く。

 外の光。そして、村上の姿は消えた。廊下に静寂が戻る。

 龍二は拳銃を下ろす。

 呼吸が荒い。

 後ろで春菜が立っていた。春菜の体は、少し震えている。

 龍二は振り向く。


「春菜」


 春菜は、ゆっくり龍二を見る。その目には、不安と決意が混ざっていた。


「龍二くん」


 小さく言う。


「私の記憶」


 少し間を置く。


「本当に作られたものなのかな?」


 龍二は、数秒黙っていた。そして、静かに言った。


「そんなの関係ない!」


 春菜が目を上げる。そして龍二は続けた。


「春菜は春菜だ!」


 その言葉に、春菜の目が少し潤む。

 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。だが、2人とも分かっていた。

 本当の戦いはこれからだ。


 テロ組織“ノクティス”


 そして黒幕、村上隆志。

 物語は、ついに核心へ踏み込もうとしていた。

『良かった』『続きが気になる』などと思っていただけたなら、評価やブックマークをしてくださると、とても嬉しいです。これからもよろしくお願いします。

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