13話 見えない敵
港の倉庫に、赤色灯の光が断続的に揺れていた。
警察車両が次々と到着し、現場はすぐに封鎖される。確保された犯人たちは、地面に伏せさせられ、手錠をかけられていた。
その光景を、少し離れた場所から、龍二は静かに見ていた。
隣には春菜。まだ、完全に疲れが抜けていない様子だったが、立っていられる程度には回復している。
海風が、2人の間を吹き抜けた。
しばらくして、須藤慎一が歩いてくる。
「派手な単独行動だったな」
口調は軽いが、目は笑っていない。龍二は短く答えた。
「時間がなかったんです」
須藤はため息を吐く。
「まあ、結果的に人質は無事だ。そこは評価してやる」
そして視線を春菜へ向ける。
「春菜。大丈夫か?」
春菜は小さく頷いた。
「うん」
須藤は、数秒だけ彼女を見つめていたが、やがて視線を龍二に戻す。
「事情を聞かせてもらおうか」
3人は倉庫の外、簡易テーブルが置かれた場所へ移動した。
夜の港は静かだ。だが、その静けさの中で、龍二は1つの違和感を感じていた。
須藤の背後に、もう一人の男が立っている。公安調査官の神谷警部補だ。
彼は腕を組み、黙ったままこちらを観察していた。須藤が言う。
「犯人は、どうだった?」
龍二は答える。
「末端でしょうね?」
「黒幕は?」
龍二は少し間を置いて言った。
「別にいます」
須藤の眉がわずかに動く。
「理由は?」
龍二が答えるより早く、春菜が口を開いた。
「指示していた者がいました」
その場の空気が少し変わる。そして、須藤がゆっくり聞く。
「覚えているのか?」
春菜は頷いた。
「はい」
そして静かに言う。
「声も、顔もバッチリ」
龍二は、横目で春菜を見る。
彼女の記憶は絶対だ。須藤が身を乗り出す。
「それはいったい誰だ?」
春菜は、一瞬だけ考えた。だが次の言葉は、すぐに出てきた。
「そう。この人です」
そう言って、春菜は指を向けた。
その指を向けられたのは、神谷だった。
その瞬間、空気が凍りついた。そして、それが信じられないようで、須藤の目が大きく見開かれる。
「……何だと」
神谷は数秒、何も言わなかった。だが、次の瞬間、彼の口元がわずかに歪む。
「面白い」
静かな声だった。すると、龍二の目が鋭くなる。
「神谷警部補」
神谷はゆっくり拍手した。
パチ……パチ……。
乾いた音が夜に響く。
「さすがは“完全記憶”を持つ存在だ。実にお見事。そう。組織から警察組織……いや、公安警察に潜入し、情報を組織に流していたのは、この私だ。ついでに言うと、指示なんかも出したりしていたのもこのら私さ」
その言葉で、全員が理解した。
神谷はポケットに手を入れると、須藤が叫ぶ。
「神谷!!」
だが、もう遅い。
神谷の手には拳銃があった。そしてその銃口は、春菜へと向けられた。
龍二の体が咄嗟に動く。そして、神谷が言った。
「動くな」
低い声。
「撃つぞ」
沈黙が落ちる。須藤の顔に怒りが浮かぶ。
「目的はなんだ?神谷」
神谷は小さく笑った。
「目的?」
神谷は、その目的を言う。
「この国は腐ってる」
誰も動かない。神谷はそのまま続ける。
「俺はただ、それを壊す側に回っただけに過ぎない」
龍二の声が低くなる。
「テロ組織か」
神谷は答えない。だが、その顔から笑みは消えない。そして言った。
「この子は特別だ」
銃口が春菜に向く。
「“完全記憶”それは、情報の宝庫だ」
春菜は動かない。だが、龍二はわずかに前へ出た。
神谷の目が細くなる。
「大黒」
静かな声。
「そこから一歩でも動いたら撃つ」
だがその瞬間、龍二の頭の中では、すでに距離と角度が計算されていた。
距離は7メートル。神谷の銃と春菜の位置。
そして撃つ瞬間、神谷が言う。
「さて」
引き金に指がかかる。
「ここで終わりだ」
その瞬間、龍二は動いた。龍二の体が地面を蹴る。
ほとんど同時に、銃声が夜を裂いた。
弾丸が空気を切り裂く。だが、龍二は横へ滑るように動き、春菜の腕を掴んで引き寄せた。
2人の体が地面へ転がる。弾丸がその後ろの鉄柱に当たり、火花が散った。
須藤が叫ぶ。
「神谷!!」
神谷の目は完全に冷たかった。もう迷いはない。再び銃を構える。
だがその瞬間、龍二の拳銃が火を吹いた。そして、その弾丸が神谷の肩を撃ち抜く。
神谷の体がよろめく。だが倒れない。むしろ笑っていた。
「さすがだな」
血が肩から流れている。だが、神谷はまだ銃を握っていた。
その時、須藤が動いた。素早く神谷へ体当たりする。2人が地面へ倒れ込み、銃が弾き飛ばされた。
周りにいた警官たちが、一斉に駆け寄る。
「確保しろ!!」
警官たちによって、神谷はすぐに押さえつけられた。
抵抗はしない。ただ笑っているだけだった。
そうして、手錠がかけられる金属音が、夜に響いた。
龍二はゆっくり立ち上がる。隣で、春菜も体を起こした。
龍二はすぐに彼女を見る。
「怪我は?」
「ううん。大丈夫」
春菜は、少し息を整えながら言った。だが次の瞬間、龍二の拳が強く握られる。
神谷が笑っている。
「大黒」
その声は穏やかだった。
「1つ教えておいてやる」
龍二は何も言わない。だが、神谷は続けた。
「俺は組織にとって、ただの駒に過ぎない」
須藤の顔が変わる。
「何……?」
神谷は笑った。
「今回の事件の本当の黒幕は別にいる」
龍二の目が鋭くなる。
「それはいったい誰だ?」
神谷は首を横に振る。
「残念だが、それは私の口からは言わない」
そして春菜を見る。その目は、異様なほど静かだった。
「でも」
小さく言う。
「その子はきっと、覚えているはずだ」
春菜の心臓が強く打つ。そして、神谷は続ける。
「お前を見ていた人間がいる」
春菜の頭の中に、いくつもの記憶が流れる。
駅前。校門。港。そして、1人の男の姿。だが、その瞬間、神谷は笑った。
「それ以上、その人間のことを思い出さない方がいい」
その言葉に、龍二の背筋が冷たくなる。そして、神谷は最後に言った。
「もし、思い出したりしたら」
ゆっくり笑う。
「次は、確実に殺されるぞ」
そうして、警官たちが神谷を連行していく。
港の夜が静かに戻る。だが、龍二の中では、すでに理解していた。
敵はまだいる。しかも、かなり近くに。
龍二は春菜を見る。春菜もまた、龍二を見ていた。
2人の目が合う。そして、龍二は静かに言った。
「この事件」
少しだけ間を置く。
「どうやらまだ、始まったばかりだったようだ」
海風が強く吹き抜ける。遠くでサイレンが鳴る。
そして、2人の戦いは、さらに大きな闇へと踏み込んでいくのだった。
『良かった』『続きが気になる』などと思っていただけたなら、評価やブックマークをしてくださると、とても嬉しいです。これからもよろしくお願いします。




