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潜入警部と忘れない少女  作者: 青山春彦
第2章 記憶の鍵
13/15

13話 見えない敵

 港の倉庫に、赤色灯の光が断続的に揺れていた。

 警察車両が次々と到着し、現場はすぐに封鎖される。確保された犯人たちは、地面に伏せさせられ、手錠をかけられていた。

 その光景を、少し離れた場所から、龍二は静かに見ていた。

 隣には春菜。まだ、完全に疲れが抜けていない様子だったが、立っていられる程度には回復している。

 海風が、2人の間を吹き抜けた。

 しばらくして、須藤慎一が歩いてくる。


「派手な単独行動だったな」


 口調は軽いが、目は笑っていない。龍二は短く答えた。


「時間がなかったんです」


 須藤はため息を吐く。


「まあ、結果的に人質は無事だ。そこは評価してやる」


 そして視線を春菜へ向ける。


「春菜。大丈夫か?」


 春菜は小さく頷いた。


「うん」


 須藤は、数秒だけ彼女を見つめていたが、やがて視線を龍二に戻す。


「事情を聞かせてもらおうか」


 3人は倉庫の外、簡易テーブルが置かれた場所へ移動した。

 夜の港は静かだ。だが、その静けさの中で、龍二は1つの違和感を感じていた。

 須藤の背後に、もう一人の男が立っている。公安調査官の神谷警部補だ。

 彼は腕を組み、黙ったままこちらを観察していた。須藤が言う。


「犯人は、どうだった?」


 龍二は答える。


「末端でしょうね?」

「黒幕は?」


 龍二は少し間を置いて言った。


「別にいます」


 須藤の眉がわずかに動く。


「理由は?」


 龍二が答えるより早く、春菜が口を開いた。


「指示していた者がいました」


 その場の空気が少し変わる。そして、須藤がゆっくり聞く。


「覚えているのか?」


 春菜は頷いた。


「はい」


 そして静かに言う。


「声も、顔もバッチリ」


 龍二は、横目で春菜を見る。

 彼女の記憶は絶対だ。須藤が身を乗り出す。


「それはいったい誰だ?」


 春菜は、一瞬だけ考えた。だが次の言葉は、すぐに出てきた。


「そう。この人です」


 そう言って、春菜は指を向けた。

 その指を向けられたのは、神谷だった。

 その瞬間、空気が凍りついた。そして、それが信じられないようで、須藤の目が大きく見開かれる。


「……何だと」


 神谷は数秒、何も言わなかった。だが、次の瞬間、彼の口元がわずかに歪む。


「面白い」


 静かな声だった。すると、龍二の目が鋭くなる。


「神谷警部補」


 神谷はゆっくり拍手した。


 パチ……パチ……。


 乾いた音が夜に響く。


「さすがは“完全記憶”を持つ存在だ。実にお見事。そう。組織から警察組織……いや、公安警察に潜入し、情報を組織に流していたのは、この私だ。ついでに言うと、指示なんかも出したりしていたのもこのら私さ」


 その言葉で、全員が理解した。

 神谷はポケットに手を入れると、須藤が叫ぶ。


「神谷!!」


 だが、もう遅い。

 神谷の手には拳銃があった。そしてその銃口は、春菜へと向けられた。

 龍二の体が咄嗟に動く。そして、神谷が言った。


「動くな」


 低い声。


「撃つぞ」


 沈黙が落ちる。須藤の顔に怒りが浮かぶ。


「目的はなんだ?神谷」


 神谷は小さく笑った。


「目的?」


 神谷は、その目的を言う。


「この国は腐ってる」


 誰も動かない。神谷はそのまま続ける。


「俺はただ、それを壊す側に回っただけに過ぎない」


 龍二の声が低くなる。


「テロ組織か」


 神谷は答えない。だが、その顔から笑みは消えない。そして言った。


「この子は特別だ」


 銃口が春菜に向く。


「“完全記憶”それは、情報の宝庫だ」


 春菜は動かない。だが、龍二はわずかに前へ出た。

 神谷の目が細くなる。


「大黒」


 静かな声。


「そこから一歩でも動いたら撃つ」


 だがその瞬間、龍二の頭の中では、すでに距離と角度が計算されていた。

 距離は7メートル。神谷の銃と春菜の位置。

 そして撃つ瞬間、神谷が言う。


「さて」


 引き金に指がかかる。


「ここで終わりだ」


 その瞬間、龍二は動いた。龍二の体が地面を蹴る。

 ほとんど同時に、銃声が夜を裂いた。

 弾丸が空気を切り裂く。だが、龍二は横へ滑るように動き、春菜の腕を掴んで引き寄せた。

 2人の体が地面へ転がる。弾丸がその後ろの鉄柱に当たり、火花が散った。

 須藤が叫ぶ。


「神谷!!」


 神谷の目は完全に冷たかった。もう迷いはない。再び銃を構える。

 だがその瞬間、龍二の拳銃が火を吹いた。そして、その弾丸が神谷の肩を撃ち抜く。

 神谷の体がよろめく。だが倒れない。むしろ笑っていた。


「さすがだな」


 血が肩から流れている。だが、神谷はまだ銃を握っていた。

 その時、須藤が動いた。素早く神谷へ体当たりする。2人が地面へ倒れ込み、銃が弾き飛ばされた。

 周りにいた警官たちが、一斉に駆け寄る。


「確保しろ!!」


 警官たちによって、神谷はすぐに押さえつけられた。

 抵抗はしない。ただ笑っているだけだった。

 そうして、手錠がかけられる金属音が、夜に響いた。


 龍二はゆっくり立ち上がる。隣で、春菜も体を起こした。

 龍二はすぐに彼女を見る。


「怪我は?」


「ううん。大丈夫」


 春菜は、少し息を整えながら言った。だが次の瞬間、龍二の拳が強く握られる。

 神谷が笑っている。


「大黒」


 その声は穏やかだった。


「1つ教えておいてやる」


 龍二は何も言わない。だが、神谷は続けた。


「俺は組織にとって、ただの駒に過ぎない」


 須藤の顔が変わる。


「何……?」


 神谷は笑った。


「今回の事件の本当の黒幕は別にいる」


 龍二の目が鋭くなる。


「それはいったい誰だ?」


 神谷は首を横に振る。


「残念だが、それは私の口からは言わない」


 そして春菜を見る。その目は、異様なほど静かだった。


「でも」


 小さく言う。


「その子はきっと、覚えているはずだ」


 春菜の心臓が強く打つ。そして、神谷は続ける。


「お前を見ていた人間がいる」


 春菜の頭の中に、いくつもの記憶が流れる。

 駅前。校門。港。そして、1人の男の姿。だが、その瞬間、神谷は笑った。


「それ以上、その人間のことを思い出さない方がいい」


 その言葉に、龍二の背筋が冷たくなる。そして、神谷は最後に言った。


「もし、思い出したりしたら」


 ゆっくり笑う。


「次は、確実に殺されるぞ」


 そうして、警官たちが神谷を連行していく。

 港の夜が静かに戻る。だが、龍二の中では、すでに理解していた。

 敵はまだいる。しかも、かなり近くに。

 龍二は春菜を見る。春菜もまた、龍二を見ていた。

 2人の目が合う。そして、龍二は静かに言った。


「この事件」


 少しだけ間を置く。


「どうやらまだ、始まったばかりだったようだ」


 海風が強く吹き抜ける。遠くでサイレンが鳴る。

 そして、2人の戦いは、さらに大きな闇へと踏み込んでいくのだった。

『良かった』『続きが気になる』などと思っていただけたなら、評価やブックマークをしてくださると、とても嬉しいです。これからもよろしくお願いします。

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