19.見せかけの退院
「うぅーっす」
いつも通りの挨拶をして捜査一課の部屋へと入って行く。驚いたような目で皆から見られた。どこか、亡霊を見るような目で。
「あっ! 大我さんもう大丈夫なんですか? まともに爆発受けたんですよね?」
真っ先に理玖が入口へ出迎えてくれた。本当にいい元相棒だ。ところで、俺の現相棒の顔が見えないが、どこにいったのやら。
「ふふっ。近藤さんなら、今来ると思いますよ?」
キョロキョロして律を探していたのがバレたようだ。
恥ずかしくなり、頭を掻きながら様子を窺っていると。
部屋の奥からやってきた律。手には花束を持っていた。
「退院おめでとうございます!」
俺は渋々花束を受け取るとどうしていいかわからず、所在なさげに目が泳いでしまった。すると、律が耳元で「こうやった方が人間らしいですよ?」というのだから頭が上がらない。
そんなことまで考えてくれていたのか。皆心配してくれていたらしい。病院も教えてくれないし、お見舞いにも行けないって言われたからだそうだ。
おそらくだが、部長も俺の正体を知っているのだろう。まさか修理工場にいるなどとは言えない為に、極秘で入院しているということにしてくれたのかもしれない。
今日はゆっくりするといいと言われたが、そうなるとなんだか居心地が悪いなと思っていた。だが、律が連れ出してくれたのだ。ちょっと連れて行きたいところがあるという。
「お父さんのAIありますか?」という問いに胸ポケットへしまっていたSVを取り出す。
肌身は出さずお守りのようにずっと持っていたのだ。それを今回は使いたいという。律は俺がいない間、自分の祖父のプロテクトを突破する方法をずっと考えていたのだという。
それでたどり着いたのが、もしかしたら俺の父のAIがキーになるかもしれないということだった。今から連れて行くところというのが、律がしているようにAIを統合することのできる人の所らしい。
なんとなく抵抗があるが仕方がない。自分が父のAIに飲み込まれなければいいのだが。
「緊張してます? 大丈夫ですよ。信用できる人ですから」
「あぁ。心配しているわけではないのだが……」
自分の心の中を読まれている様な気がしてつい嘘をついてしまう。俺は自分をAIだとは思っていない。それが不思議なことで、生きている時となんら変わらない思考をしているのだ。
だから、自分には脳があるという感覚があるし、心があるという感覚がある。これがAIを自分で信用できないところなのだ。
外見は人間の言うことを聞いているように見せて置いて、実は人のことを見下して悪事を考えていたりするのではないかと思ってしまっている。
実際、一週間前の事件のメデューサの首謀者は人間ではあったが、その人間が学習させたAIを使って悪さをしていたということだった。
あのあと、家宅捜索へと入り男の部屋を捜索したところ色々な証拠が見つかったんだそうだ。そして、メデューサとして実際に指示を出していたのは人間ではない。
悪いことを学習して楽しんでいたのはAIだったのだ。その事実は警察の者たちを震撼させた。そんなことがあり得るんだという衝撃を与えたんだそう。
俺はそれをずっと恐れていた。人間も恐ろしい生き物だが、AIというのは馬鹿ではないから逆にタチが悪いと思っている。
着いたのは真っ白くて真四角の建物。律がインターホン越しに何かを話すと扉が勝手に開いた。中へと入っていくと髪があちらこちらはねていて、青白い顔。
体のサイズにあっていないのではないかというくらい大きなスウェットを引きずっている。だらしがないようにしか見えないが、そういうのが好みなのだろうか。
「教授、またそんな格好してるんですか? 平成中期の……B系ファッションでしたっけ? だらしなく見えますよ?」
「ふっ。今の時代の最先端を行っている君の脳では理解できないだろうね。そっちの男は?」
「私の上司です」
その男は下から舐め回すように俺を見ると目を光らせた。背中をゾワリと何かが這う感覚が襲う。教授と呼ばれる男は何かに気が付いたのかもしれない。
「上司が我に何のようだい?」
「私が連れてきたんですよ。須藤さんもお父様のAIを統合したいとのことで」
「ふーむ……須藤さんとやら、どっちのAIと統合するんだい?」
やはりこの男。俺がエクシードヒューマンだということがわかっている。どこでバレたのか。いったいコイツ何者だ。律は目を見開いてしばらく固まっていた。
俺自身も口から声をどう発するのかを忘れてしまったかのようにパクパクと口を開く。
「我がなぜ気が付いたのか。それが不思議なんだろう」
いまだに声を出せないでいるこの体は、頷くことしかできなかった。
「君には匂いがないのだよ。皮膚から発せられる人間独自の匂いがね」
それは盲点だった。匂いでバレるなんて考えたことがなかったから。これを機にその辺の対策もした方がいいかもしれない。
知られるくらいなら香水でもつけてごまかした方がいいかもしれないな。優にでも選んでもらって好きな匂いの香水でもつけるか。
今度の休みにでも買い物に付き合ってもらおう。そうすれば、ここ最近一緒にいられなかったから喜ぶかもしれないな。アイツにも入院は極秘だから教えられないということにしているからな。
「なら、話が早いです。SVの方ですよ」
「そうか。残念だ。貸したまえ」
コイツ。いったい俺の脳で何しようとしてやがったんだ。研究に良いとか考えていたんじゃねぇだろうな。嫌なヤローだ。教授と呼ばれているだけあってサイコパスなやつなのかもしれない。
付き合い方を考えていかなきゃならんな。律にもあんまり関わらないように言っておかないと何を考えているか、何をするかがわからん。しっかりと俺が監督してやらないとなと誰の立場かよくわからないことを考えてしまった。
俺の左耳に装着していた装置と父の装置を渡す。生きている状態なのに装置を外すとアラームが鳴るのだが、それを教授はなんなく解除し、そして機械へと接続してなにやら作業を始めた。
手持無沙汰になり、律に促されるがまま、ソファーへと座って渡されたコーヒーに口を付ける。コーヒーを口に含んだことで肺がムズムズとしてくる。
この感覚は、人間の物だと思うのだが。
不思議な物だ。
意を決して、教授へ質問することにした。




