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5.名前のない歌劇団


彼らの劇団に名前はない。

正確にいえば「名もなき歌劇団」という名前はある。


でも観客はこう呼ぶ。


「今夜、名無しが来る」


人伝の口コミだけで観客が集まる。


場所は毎回変わる。

倉庫、地下、廃ビル、船の中。


観客は、家を出る時からスマホの扱いを徹底させられる。それに文句を言う人はいない。


もちろん配信などない。


なぜなら、

見つかれば全員拘束されるからだ。




国家AI=ARGOSアルゴスにとって、

台本にない芸術は「システムエラー」だ。


それでも人は来た。


一度でも観た人は、次を心待ちにした。



理由は簡単だ。


ここでは、


俳優が予定外を起こす。



間違えてもいい。

そしてその間違えが、新たな奇跡を生む。





その夜の演目は、この劇団の代表作

「アウローラ」だった。


主演はRay。


役によって雰囲気をまるで変えるその人物を、

観客はその呼び名以外は何も知らない。


年齢も、性別も。



舞台中央にスポットライトがあたる。


白い椅子がひとつ。


アウローラはそこに座っている。


世界で最も美しい姫。

すべてを持つ少女。


ただ一つ "外の世界" を除いて。



彼女は窓のない宮殿で育った。


正確には、窓はあった。

ただ、そこから見える空が偽物だと知っていた。


ある日、侍女に尋ねる。


「あなたが知ってる空は、どんな色?」


侍女の表情が、ほんの一瞬だけ動いた。


アウローラはそれを見逃さない。


「姫様が今、ご覧の空と同じにございます。」


その瞬間、


確信する。




自分は守られているのではない。

この美しいだけの箱庭に閉じ込められているのだと。




舞台の上で、アウローラが立ち上がる。

その姿は座ってた時より、なぜか大人びて見えた。



そこで予定された台詞は


「そう。ここが私の、世界。」



だが、その夜のRayはこう言った。


「そう。でも私は、外が知りたい。

ここからは "見えない空" をこの目で。」



客席の空気が変わる。


無音の中、Rayは舞い始める


諦めきれない外の世界を求め、

生えたての翼に戸惑うように、そしてやがて力づよく……

それを追いかけるように、音楽が流れ始める。



客席に静かな興奮が広がっていき劇場の体温が上がる。



ーー次の展開を、誰も知らなかった。





劇団員たちは、

台本を飛ばすことを恐れない。


だがアドリブは決して、誤魔化しではない。


その代わり、自ら考えることを徹底される。


自ら考え抜いたその役を

舞台上で、生きている時に自然と口からついて出たセリフ。


それが、台本と違っていた。それだけだ。



そしてその偶然をいかに調理して最高のディナーに仕上げるのか。

そのために日々、歌い、舞い、研鑽する。



同じ演目でも、セリフが同じでも

名もなき歌劇団の公演に同じものはない。


それは時に観客の温度に影響されることだってある。



「物語が呼吸する舞台」



それはこの社会では禁じられた体験だった。



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