4.地下の劇団
東京の郊外のやや寂れた古い商業施設。
地下に続く通路の壁には、剥がれかけた古いポスターが残っていた
それはAI俳優が登場する以前の、
人間のスターたちの舞台のものだ。
人通りのある大通りから、一本路地を入る。
その立地も、この商業施設が寂れた理由の一つだろう。
ある日、そこに向かう人々がいた。
彼らに共通点は見当たらない。
上品そうなご婦人。
変革の時代を生きたであろう老人。
ダウナー系の若者。
学生。
強いていうなら、みな印象に残りにくそうな服装をしていた。
周辺には多くないながら、飲食店もある。
不自然さはない。
だが、注意深く見ればわかる。
彼らの瞳の奥には、同じ光が宿っていた。
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その目的の場所には、小さな舞台があった。
錆びた鉄骨と木材で組まれた客席。
照明は中古の舞台ライト。
観客は三十人ほど。
家を出る際にスマホの位置情報をOFFにし
地下の入り口を潜る時に今度はスマホの電源をOFFにした。
そして座席番号と引き換えに、スマホはスタッフに預けるのだ。
ーー今夜は、ここで幕が上がる。
「今日も監視は?」
恐るおそる、ひじりが聞く。
「ない。ここはアルゴスのマッピング外だ」
答えたのは劇団の主宰、Rayだった。
その声を聴いてひじりは、少し笑う。
視覚と聴覚で受け取った情報に違和感があるのが、いまだに慣れない。
初めてRayを見たとき戸惑った。
男だと思った。
だが声を聞くと何かが違う。
そして舞台に立つと、
性別という概念が消えた。
Rayは、かつて有名な舞台俳優だったらしい。
本人は何も語らない。本名さえも。
だが古株の団員が珍しく酔った夜に一度だけ口を滑らせた事があった。
人混みに埋もれても隠せない華。
深い洞察に裏打ちされた表現。
それだけで、舞台は成立した。
オファーはいくらでもきた。
有名な作品に出て、
世界的スターの共演も果たした
輝かしい未来は約束されていた。
だが今は、公式の舞台には立っていない。
理由は単純だった。
アドリブを言った。
たった一度だけ。
観客が泣きすぎて舞台が見えなくなった夜。
台本とは異なる、魂からの台詞を言ったのだった。
「この夜の記憶を、演劇を愛するすべての人に。」
カテコでそう言い残して、表舞台から姿を消した。
しかしなぜか世の中の人々は、惜しまなかった。
代わりの美しいスターがさも最初からそこにいた様に人気を譲り渡されただけだった。
そんな無情の現実に
当人はただ笑い飛ばしたという。
そしてこう言った。
「やっと、表現することができる」




